第四話 「残酷なる猫は夢見る」 16
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「あ」
予想はできていたとしても、現実はいち高校生が考える未来など簡単に凌駕してしまう。覚悟すら、現実に裏切られる。こうなることくらい予想していた、その上で俺はここに襲撃した。
「あ……あ」
しかし、目の前に立つ一人の少女を見るだけで、胸の底から得体のしれない感情が湧き上がり、血液の循環を著しく悪化させる。胸骨が圧迫され、心臓が止まる感覚に陥る。口が無意識に大きく開き、目も同じく丸くなる。呼吸は自然と荒くなる。
「あ、あああああああ!」
絶叫でも断末魔でもない。彼の口から漏れる声は、酷く情けない鳴き声だ。
令嬢舞歌が死亡した以降、彼女の姿を写真でも見なかった。彼女の姿を視認したのは、彼女が死んでから初めてなのだ。故に、彼は今まで彼女に寄せた全ての感情を爆発させてしまうのだ。
痛みが。
悲しみが。
懐かしさが。
喪失感が。
罪悪感が。
喪った痛みが、大切な人間を亡くす悲しみが、蘇る彼女との記憶への懐かしさが、果てしない喪失感が、何よりも押し寄せる罪悪感が、一度に津波が如く彼を打ち付けては彼の精神を粉砕していく。
目の前に立つ令嬢舞歌はそれでも笑顔でいる。片手に拳銃を持ちながら。
「やめてくれ……笑うな」
彼女の隣にいた頃の自分とは正反対のことを言うヨル。彼は彼女に「笑顔でいてくれ。それだけでいい」と言っていたはずだ。事実、彼女が死んでも尚彼は彼女の眩しいほど明るい笑顔を欲しがった。しかし今は違う。彼の精神は崩れた。
「俺は、おまえを……!」
ヨルだけにしか見えない幻影。霊猫は一人で怯える彼の姿をはっきり捉えていた。自分には見えない。霊猫を含めた全員は彼をただ見つめていたが、兵士の話声も目立ち、むしろその鬱陶しい声はBGMと変貌してこの空気に緊迫感を出させていた。
死亡したはずの恋人が目の前で笑顔のまま立っていれば、人間はどのような反応をするのだろうか。彼の場合は戦きだ。
俺は舞歌を殺した。実質俺がこの手で命を奪ったわけではないが、見殺したようなものだ。リナと同じ、俺は大切な人間を二度も見殺しにした。
罪悪感が彼を殺す。見えない圧力が彼を押し潰す。
「今だ、撃ち殺せ!」
正一が大声で兵へ命令した。それに従って兵が彼へ銃口を向ける。ゴーストがヨルを狙う理由などない。彼らは、侵入された為に彼を殺すのだ。この戦争に理由も目的もないのだ。復讐と防衛の戦争、ただそれだけ。
銃声が轟く。ヨルは咄嗟に転がり、避けた。超能力は気を乱していては到底扱えない高度な技なのだ。今の自分には正確に能力を使える自信がない。銃弾は彼をかすめて壁へ埋め込まれた。鉄板に釘を打ち付けるような音が響く。
兵は無慈悲に引き金を引き続けるが、やがて兵の内一人が壁へ張り付いた。血が辺りを舞い、衝突音が広い部屋に反響する――が、銃声に掻き消され、その音に気が付いた人間など近くにいた一人二人ほどだ。壁に張り付いた兵は痛みにもがき、その血を床と壁にまき散らす。
振り向いた兵士全員がその傷口に刺さった鋏に注目した。鋏、こんな武器を使う人間は一人しかしらない。
「ごめん、手が滑っちゃった」
ユイネは眩しい笑顔を兵士へ送り、鋏を再び投げる。それは近くに立ち銃を構える、本来仲間である男を薙ぎ払う。
彼女の裏切りは正一の眉を一瞬動かせたが、呆れたのか「あいつを含めた三人を撃ち殺せ」と指示し、自分も銃を構えて戦闘に参加した。隣で幻影を映し出すフィーアは、自分は撃たれまいと微妙に後退する。
「おまえも絶対にぶち殺してやる……!」と低い唸り声を発したのは、ユイネに攻撃された兵士だ。彼らには女に手をだしてはいけない、などという概念は存在しない。
霊猫も猟銃を構え、慎重に狙って敵の武器を無効化しようと試みたが、自分が成功される前に、敵に自分の武器を破壊されてしまった。彼女は破壊の超能力者である故、自分には銃弾が意味ないことを自覚し、それを戦闘へ生かそうとしたのだが敢え無く失敗した。
「ヨル、どうして逃げるの?」
その幻聴が彼の動きを止めた。金縛りにあったかのように動きを制止される。
「久しぶりだね」
と言いながら舞歌は右手に握る拳銃をヨルへ構える。それが幻影で、舞歌すら幻であることは頭で理解していても、どう対処すべきか咄嗟には判断しかねる。
引き金が引かれた。幻聴である銃声は耳を劈かんとばかり大きい。というのも、幻聴である故に直接脳に聞こえるからだ。幻である銃弾がヨルへ迫るが、人間には反射神経と呼ばれる機関があり、例えそれが実体を持たない物だとしても、反応してしまう。対応してしまう。
葛藤が起きた。反射的に銃弾を跳ね返す超能力を使う彼と、彼女を慮って銃弾を跳ね返さまいとする彼。超能力者である彼と、人間としての彼の葛藤は、しかし予想外の展開にて終わり、冷静さを持って対処に成功した。
刹那、幻聴でなくとも大きな銃声が響いたからだ。
一同は戦闘を中断し、その内一人の兵士がくずおれ、ヨルは幻の銃弾を避けてからその銃声の方向へ目をやった。
「リナ――!」
ドアの前に立ち、狙撃銃で至近距離の敵を撃ち殺したリナは、いつもより一層真面目な表情をしている。しかし彼女の服と言えば血だらけだ。それに戦闘をした傷がある。銃ではなく、ナイフのような。
「申し訳ない。遅くなった!」
リナはそう言うと、狙撃銃のスコープを見ずに敵を撃ち殺していく。
瞬間、ヨルを痛みが襲った。
頭部へ激しい痛みが伝わる。彼はその場で崩れてもがく。何だ、これは。頭に手をあてても血が出ていない。銃で撃たれたわけではない。今やこの広い部屋は、乱れた戦場と変貌していた。ゴーストの標的は定まらず、また便利屋側は勢力が弱すぎる。
舞歌の方へ向くと彼女が握る拳銃から煙が上がっている。彼女に撃たれたのだ。しかし痛みがある。まさかフィーアという第五位は痛みすら作ることができるのか?
ヨルは痛みに耐えながら立ち上がり、舞歌と対峙した。
「舞歌! おまえを見殺しにしてしまった……すまない!」
心なしか彼女の動きが止まっているように見えた。彼の放った謝罪の声は予想以上に大きく、一同を一瞬静まり返らせた。
「謝ったところで許されるわけがないのはわかっている!」
戦闘は再開した。兵士は一人ずつ殺されていくが、超能力者とイレギュラー、そしてユイネのいる便利屋でも簡単に人は殺せまい。
「だけど……だけど……」
口を濁すヨル。それを訝しんだのか、舞歌は無表情になり彼を撃った。彼の頭に再び着弾し、彼を薙ぎ払う。痛みが重なって響き、言葉を発することもままならない状況に置かれた。これではもう彼女に弁解の一つもできない。
正一とフィーアはそれをしかっりと見ていた。
「そろそろだ、やれ」と正一は短くフィーアへ命令すると、フィーアは右手を彼の方へ差し出し、能力を発動させた。
彼らは確かに便利屋に襲撃された為、防衛として戦闘していたわけだが、正一は一つ依頼をされていた。正確には、命令されていた。ゴーストの一員であった譲がされたものと同じ命令を、正一もされたわけだ。
フィーアはその依頼を果たす為に最も必要な存在だ。
能力が効いたヨルは、その一瞬に記憶を再体験した。第五位の超能力は記憶すら操作できるが、それによって人の名前を割り出すことができない。何故なら、記憶を見ることができる人間と言えば紛れもなく本人、つまりヨルなのだから。
ヨルは能力によって無理矢理、最悪の記憶を再体験する。




