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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
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第四話 「残酷なる猫は夢見る」 14


    14


 無音の通路を進む三人は警戒を怠らずに周囲を見ていたが、敵が来るだろうとは思わなかった。ヨルは超能力者の中で最強だ。周りの健常者とはわけが違う、次元が違う。銃弾など跳ね返してしまうし、敵の超能力ですら操ることができるのだから。敵に触れていれば、その心臓を止めることすらわけもない。

 この先に熱海正一がいる。念のためにヨル達はユイネに正一の場所を訊いたが、このまま直進すればいるという。

「霊猫、さっきはありがとう。助かった」ヨルはぽつりと呟いた。無音の通路に響く為にそう大きな声は必要ないからである。

「え? 私は大丈夫だよ」霊猫はなんのことだか理解していない。

 ヨルは霊猫に引き金を引かせてしまった。護身用として所持させておいた彼女の猟銃を使ってしまった。人間というものは適応力がある。何度も銃を撃っていれば、その銃声にも引き金の重さにも慣れてしまう。

「それを私の前で言うかな。私を倒せたことの礼でしょ?」

「…………」ユイネの腹が立つ言葉を彼は無視した。

 何であれ、熱海正一がよこした刺客を一人無力化してしまった。これは順調だ。

「そうだユイネ、おまえは超能力者なのか?」

 おまえみたいな超能力者を俺は知らないが、と付け加えた。

 ユイネは首を傾げて自然に答えた。

「違うけど?」

 こいつも『イレギュラー』か、と彼は心の中で呟き、ユイネを睨んだ。この世界には超能力以外の特別な力がもう一つ存在している、と考えられる。リナは『イレギュラー』だ。ヨルの超能力の劣化した力を使用できる。しかし彼女は確かにこの世界で死んだことがあるが――その内一回はヨルが殺したようなものだが――一度として肉体を燃やし尽くされたことはない。彼女は超能力者ではない。

 しかしリナは異能力を使うことができる。他の力が存在しているのだ、この世界には。それにはあの魔法陣も関わってくるのだろう。

「じゃあおまえは何故あんなことができるのだよ。まさかその細い腕であれほどまでの力が出せる、とか言わないだろうな」

「え、細い腕? ありがとう!」

 何故かヨルにとびかかるユイネ。ヨルはそれを避ける。拳を握りしめていかにも「殴るぞ」と言いたげな表情の彼を見て、流石のユイネも言葉を失って笑った。

「それと、あの魔法陣は何なのだよ」

「私にもわからないよ、あれは。不思議だよね、というか綺麗だよね」

 彼女は唇に人差し指を置いて、首を傾げながら言う。

「まあいいんじゃないかな。君は超能力者、私は謎の少女!」

 彼の拳が再び握りしめられた。

 通路には多少の灯りがある。窓がないここの唯一の明かりと言えば間隔の広い蛍光灯だけだ。虫が群がっていそうな蛍光灯だが、残念ながらこの世界に虫はいない。

「そういえばリナさんはどうしたの?」

 霊猫がふと質問した。それにヨルはすぐに答えるが、彼女が望んだ回答は返ってこなかった。

「リナなら大丈夫だ。万が一のことがあれば、俺はすぐにわかる。でも基本あいつは大丈夫だ。危ないことに手を出しても、放っておいた方がいい。自分の行動が誰かに邪魔されると機嫌悪くする性格だからな」

 彼は軽い口調で話したが、その表情を見れば一目瞭然、心配していないわけがない。彼は彼女を信じているが、だからこそ万が一という事件の可能性を不安がってしまう。あいつなら事件があっても問題はない、が死ぬようなことがあれば俺は俺のことを何度も繰り返して殺すだろう、と。

 かつて俺がそうしたように。

 彼は令嬢舞歌という恋人を救えなかった。その後、流石に現実世界で死ぬこともできず、元々自殺願望があったわけでもないので、彼は生きる屍となり果てていた。ただ生きているだけ。両親からも離れ、学校を辞め、呼吸をするだけの有害生物として生きていた。腹立たしいことながら彼は今もこうして生きながらえている。

 通路を奥まで進むと、大きな扉が一つ見えた。扉にはプレートが打ち付けられていて、そこには「会場」と書かれている。

「開くぞ」ヨルは重い扉に手をかけ、開けた。心拍数が急上昇している自覚はある。今まで緊張や恐怖という感覚を失っていたが、譲戦以来かれはその感情を取り戻してしまった。最強に己惚れるヨルはもうここにはいない。

 会場は非常に広い空間だった。下手したら中学校の体育館ほどあるのではないだろうか。この建物の中では最も広い部屋だ。

 そこに兵士が何人も銃を構え立っており、その奥にソ連軍の士官の軍服のような、トレンチコートのような固い服を着ている老人と、外国人と見間違そうな長身で金髪の若い男が見える。

 睨み合いは暫く続いたが、この殺意でできた沈黙を最初に破った者はヨルだった。

「おまえが熱海正一か?」

 老人は橘のような風格を持っているが、橘のような嘲笑が見られない。無表情の一点張りである。ヨルを見下している。

「いかにも。しかし私の名を既に把握しているか、流石は有能な情報屋を二人も持つ組織だ。そして、流石はそこの馬鹿を倒せるほどの力を持つ第一位のいる組織だ」

 正一は自分の正体を隠す気などない。威風堂々たる態度は彼らを押し潰さんとする勢いで圧力をかける。

「おまえが第五位か?」

 ヨルは正一の隣にいる長身の男へ問うた。

「ああ、そうだ。名をフィーアという」

 フィーアは表情も変えないが、正一とは違って無機質な表情を浮かべている。要するに無表情である。瞬き一つしないのではないかというほど無機質である。

 第五位。能力は『幻想』だ。

 ヨルは十分に敵と睨み合ってから言った。全員が口を閉じた瞬間こそが恐怖である。沈黙は殺意でできている。下手をすれば殺される。

「おまえらの目標は何だ。世界征服か?」

「そうだな、それに近い。ただし、私はこの世界を支配したいわけではない。この世界を滅ぼしたいのだ。世界を一つ壊してみたい」

 正一は表情一つ変えずにそう答えた。世界を一つ壊す感覚を味わってみたい。

「子供だな、おまえは」

 ヨルは嘲笑う。何だ、その程度か。ただの餓鬼が見そうな夢か。ゴーストは有能でもリーダーがこれでは指揮官も大変だろう。

「さて、子供はどっちだろうかね?」

 彼へ放たれたその言葉に重みを感じた。正一が言い終えると、フィーアが手を伸ばす。指先はやがて彼へ向く。その瞬間彼の身体が自分のものではなくなったかのように、自由が利かなくなった。まるで金縛りだ。しかし徐々に力が戻っていく。

『幻想』が動き出した。彼がこの感覚に襲われた時思ったことがこれであるが、その直後現在の状況がいかに重大かを知ることになる。

 視線を自分の身体から離し、前へ向けた。もし、この時にヨルが目線を上げなければどうなっていたのだろう。彼はどんな人間になっていたのだろう。

 やがて荒い呼吸をしだす。心拍数が急激に上がり、目が恐怖と驚愕に開かれる。

 視線の先、正一とヨルの間に令嬢舞歌が立っているのだ。




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