第四話 「残酷なる猫は夢見る」 5
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上条譲は不可解な死を遂げた。それは鈴科夜神=ヨルの耳にも届いていた。
昨日、夜神は日比谷良一からその情報を聞いていた。
「寝転がりながら死んでいたのか?」
夜神がオウム返しに訊く。彼は一昨日譲を仮想世界にて殺していた。その翌日のニュースにて、上条譲という男が死んでいたと放送された。それを見た良一は、譲とヨルが戦闘していたという事実を知らないが、ただ日常の一環として夜神へ譲の話をしたのだ。彼なりに気になる事件があったら、彼は夜神へ時事ネタ、世間話としてよく話をする。
ただし、今回に限っては偶然だ。譲とヨルは昨日一戦交えていたのだから。
「そうなんすよ。それがね、原因がどうやら感電による心停止らしいんだ。いつしか言っていなかったっけ? 確か上条譲ってミハイルゲートの超能力者、それに第三位なんだったよね。蔵里英司に続く死刑囚か」
夜神は考えた。彼は譲と戦闘した記憶が微かにある。間違いなく俺はあいつと戦い、あいつを殺している。しかし彼は思い出せない。絶対優勢だった譲をどう殺したのか。それに、何故仮想世界で殺したはずの譲が現実世界で死亡したのかもわからない。
蔵里英司は運営の提示した法律に手を出し、殺された。リナが英司を銃殺したのだ。それは彼女が自ら話した事実だ。
しかし譲は法律に手を出す間もなく死んだ。何故なら、寝ていた状態で感電死したのだから。ニュースでは不可解な死として捜査を行っているというが、死亡時刻はどうやら深夜らしい。彼の部屋から無法地帯へログインする為の機械が見つからないのもまた謎だ。そのまま何かの事故で死亡したのなら、機械があるはずだ。
運営も、譲の行動に罰を与えるならば、英司と同じく対処するはずであろう。
それに、譲のしたことは憶えている癖に、ヨルの存在を全員が憶えていない。ミハイルゲートの広場にて、譲が騒動を起こしていたのは思い出せる。しかしそこで誰を拉致し、誰と戦闘していたのかを忘れているのだ。
当の鈴科夜神も憶えていない。自分が何をしたのかを。
「金髪、俺が譲と戦っていたことは知っているか?」
ヒビヤは事件の日にログインしていなかった。彼がその事実を知る場合、必然と大きな鐘の音が鳴った後になる。彼ならばヨルと譲の交戦という大スクープを逃すはずもない。彼は情報集めを得意とし、趣味としているからだ。
しかし彼は首を横に振って、驚いた。
「ヨルが戦ったのかい? そりゃまあヨルなら倒せるかもしれないけれど、第一位と第三位の争いなんて大スクープ中の大スクープじゃないか。僕の元に情報が回ってくるはずだよ。生憎僕は知らないっすね」
夜神は不思議に思い良一へ訊ねた。
「奴の能力は『完全治癒』だが、言葉と本質は全く違う。本質は『修復』だ。金髪、奴が空気すら修復できる能力を持っていて、能力を破壊する能力に対してそれすらも修復してしまい、それによってできたエネルギーで逆に攻撃できるとしたら、俺は勝てると思うか?」
長い夜神の言葉に少し考え、答えた。
「いや、勝てないね。もし、効果範囲が譲の体だけだったら引き分けかな――でも勝てるかも。けど、ヨルが言った条件だとすると、僕の考えではまず無理かな」
理由は自分の思うものと全く変わらなかった。完全一致である。
「だって、ヨルが譲の能力を操ろうとしても、反撃されるんでしょ? ヨルの十八番の空気で相手を縛るあれも効かないんでしょ? チートを使わない限りは倒せないと思うよ、僕には」
チート。そうか、そんな非常識なものもあったな、と夜神は思ったが、そもそも超能力そのものがチートであって、それ以上も以下もないと顔をしかめる。
例え仮想空間だとしても、仮に現実の仮想世界である、そこでチートなんてものが存在するのだろうか。それはつまり、現実世界で超能力を使うようなものだろう。例えやろうと思えば不可能のない仮想空間だとしても、彼がツールを所持していないのは当然のこと、それに運営もそんな非公式なものは許さないだろう。
言い換えるならばバグだ。何らかのバグがあったに違いない。夜神はそう考えるしかなかった。
譲がゴーストと関わりを持っていたことは明らかである。しかし幾らゴーストでも、仮想世界から現実世界の譲を殺すなど不可能だろう。それはもう超能力ではなく、バグかチートだ。でなければ、現実世界の人間を殺すことはできないのだ、無法地帯は。
「あともう一つすまない、金髪。おまえは譲が死んだ日、霊猫が奴に拉致されたことを知っているか?」
「そうなの? それは大変だ! じゃあ本当なのかい?――ヨルと君が戦ったのは」
知らない。良一はそう言った。霊猫のことすらも知らない。あの事件からヨルと譲、そして大きく言えば便利屋が、除外されている。関連がなくなっている。
意味がわからない。譲のしたことを誰かが憶えているならば、奴が少女を拉致したという情報はたちまち広がるはずだろうが。
襲撃された便利屋、人質とされた霊猫、譲と戦闘したヨル、そしてその一連を皆が忘れている。その記憶を失っている。彼らと事件の関連を断ち切るかのように。
謎が多過ぎる。夜神はただ悩んだ。
彼は事件の翌日、無法地帯にて情報を集めた。しかし霊猫やリナを除く、あの橘でさえ口々に答えたのである。
譲と対峙していた人物は誰だ?
「おっとヒビヤからコールだ。何か思い出したのかね」
リナの声でヨルは我に返った。辺りは荒野の一色、気付かぬ内に大分奥へ進んだと見える。
リナ、そして霊猫、自分の前に『CALL』と書かれたダイアログが出現した。
「皆聞いてくれ!」三人が通信を承諾した途端、ヒビヤの大声が聞こえた。
何だ、とヨルは面倒臭そうに返す。
「思い出したんだ。ねえリナ、もしかしてさ、ゴーストは各街にある軍を制圧していった、とかあるかい?」
「情報によるとそうね、最近ニュースになっている軍隊の消滅もゴーストの仕業らしいわね。私が行った西軍もその襲撃された軍の一つだし」
「そうっすよね!」何が嬉しいのかヒビヤは声を明るくして言う。「英司が死ぬ前日、ヨル達がいなくなってかのんちゃんと二人きりになった時にその話をしたんだ」
蔵里英司が死亡する前日、ヨルと霊猫は橘の元へ、リナはストーキングを逆探知する為に外へ、スーシェは英司と喧嘩する為に広場の近くへ出かけていた。
ヒビヤとかのんは次々に制圧されていく軍の話をしていた。
「もしかしたら、ゴーストの目的は『世界制服』なんじゃないかな」
ヒビヤの性格と要領を知っているヨルは試しに根拠を訊いた。
「ほらだってさ、ゴーストが起こした事件を、僕達は事件が起こる前から知っていた。わかるかな、霊猫ちゃんと会う前にリバティーゲートの抗争を知っていた。英司が連続殺人鬼であることの事前に知っていたし、これは少し違うかもしれないけれど、組織があることに気付いていた。事実、こうして感付いたりもしてる」
僕達は事前に知っていたんだ、事件を、その発端を。
「もし奴らの狙いが僕達なら、普通は僕達に気付かれないようにするでしょ? それに、ヨルから送られてきた、橘さんの持っていた書類を見る限り、便利屋ができる前からゴーストは事件を起こしていた」
「結論は何だ?」ヨルがぶっきらぼうに問う。
「僕達を狙っていたわけじゃないってことさ。街の軍隊はある意味街の機関とも言えるっすよね。もしかしたら、その軍隊を全部制圧して、法律的に、政治的にではなく、武力的、暴力的に世界を掌握しようとしているんじゃないすか?」
世界征服。馬鹿な子供が口にしそうな寝言だ。それを仮想空間とはいえ一つの世界を本当に征服しようなど馬鹿な考えをする人間がいるのだろうか。結局は、超能力者にならない限り、明日の朝の五時になってしまえば目が覚めるのだから、意味がない。
熱海正一というリーダーは馬鹿な子供なのだろうか。
「まあ、僕が何を言いたいかというと、狙いは便利屋じゃないから、今回は単なる意趣返しだし、ゴーストの世界征服という目標を阻止できるのだし、ただの仕事だと思っていいよってこと。復讐だからといって無駄な罪悪感を背負う必要はない、奴らには僕達の復讐を受ける理由があるからね」
おまえも悪人になったものだ。ヨルは心の中で笑った。これは筋の通る汚れ仕事だから、罪悪感は抱くな。ヒビヤはそう言ったのだから。
「わかったわ、ありがとうヒビヤ」リナが言う。
「うん、それじゃあ、頑張って」ヒビヤは無邪気に返して通話を終了させた。
気付けば山の背が非常に高く見える場所まで来ていた。このアフガンゲートはどちらかと言えば村だ。街とは呼べない、家屋がないのだから。荒野と農家のような小屋と背の高い山々のみがある区域である。
「霊猫、不安か?」ヨルは静寂を恐れて霊猫に話を振った。彼女の反応を見て「あまり争いは好まないだろう?」と加えた。
「あ、ああ……私は大丈夫。もう吹っ切れたから。大切なものを守る為には、大切なものを傷つけなければ駄目だって、ようやく認められたから」
彼女は忘れていない。あの現場を、あの戦場を。
ヨルが譲をどうやって倒したのか、それを知っている。しかし、説明は不可能である。あの現場そのものが不可解なことであり、説明のしようがないのだ。ヨルがどうなったかを知っている、しかし彼がどうして譲を倒せたのかはわからないのである。理解不能。あの出来事をどう説明しろというのだろうか。
「到着したわ。ここから先は車での移動は危険だから徒歩で行く」
リナが車を停める。山の奥を指さして彼女はそう言った。この奥に奴らの拠点がある。山道から十分に警戒するように、と。
「そうか」ヨルは霊猫に向き、それはよかったと続け、車を降りた。
ヨルの目の前に自分の用意した銃を握った手が差し出された。リナが彼へ拳銃を渡そうというのだ。この意図を読み取った彼は次にこう言った。
「リナ……おまえは本当に凄いな。俺の考えていること全てを知っているようだ」
対して彼女は微笑み、いつものように、宛ら決まり文句のように言った。
「私は君を信じているからな」




