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仮想の現実は無法地帯  作者: 雪斎拓馬
仮想の現実は無法地帯 上
27/55

第三話 「過去の遺志は受け継がれず」 8


    8


「何のつもりだ」

「怒っているようだね、でも普通の人間とは全く違う。普通の人間なら顔を真っ赤にしてすぐに俺の顔面に拳を飛ばすはずなんだけどな」

 ヨルはその挑発には乗らない。ただ深く対する譲を睨むだけだ。しかし殺意がこもっている。群衆の中にはそのオーラを感じ取ったのか、逃げ出す人も何人かいた。譲は悪人の笑顔で、()()の笑みで、ヨルを侮蔑する。

「答えろ、何のつもりだ」

 ヨルは殺意を込めた力強い口調で問う。普通の人間ならば膝から崩れ落ちかねない言葉の重みに、群衆の人間は吐き気を覚えた。

「何って、データを見なかったのかい? おまえなら見ると思ったが――まあいいや、挑戦だよ。俺はおまえに挑戦する。その為の生中継ってね、おまえの知っている通り俺はよく中継をするから、それを利用して証拠動画を撮ろうってことさ」

「あいつを攫っておいて俺への挑戦だと? ふざけるな!」

 ヨルは怒鳴った。蔵里英司へ向けられた怒りとは異なるその怒りは頂点へ達しつつあった。

「大真面目さ! 俺はおまえの第一位が欲しい! まさか何かを欲する感情がふざけているとでも言いたいのか?」

 口調も定まらない譲は大笑いする。リナを攻撃した時とあからさまに違う。

「霊猫を返せ」

「嫌だね、そもそも霊猫はおまえの()()じゃないだろ。返せ、なんて言われてもね」

 ヨルは衝動を押し殺してもう一度言い放った。

「霊猫を返せ」

 群衆が一歩また一歩と後退する。そろそろ二人が衝突する頃だと恐怖を覚えているのだ。超能力者第一位と第三位の戦いは歴史に残るほどの大事件だ。しかしそれに圧倒され、群衆は二人を恐れているのだ。

「嫌だね、言っているだろう? それとも俺がぶちのめしたリナとかいう女の心配はしないのか?」

 とうとうヨルは自分の怒りを抑えることができなくなった。

 まるで弾丸のようにヨルが譲へ一直線に跳んでいく。わずか一秒にも満たない刹那、辺りを鼓膜が破れる程の衝撃音が覆った。落雷の炸裂音と何ら変わりがない。これが第一位の本気だった。

 その一瞬の中、ヨルは正確に譲の胴を拳で捕らえていた。その攻撃に譲は大きく後退するが、大して吹き飛ぶこともなく、数十メートル距離が離れただけだった。

「あまり舐めないでくれ。俺はこれでも頭が良くてね、力の行き場くらいはわかっている。おまえがエネルギー操作を主に使う超能力者だとしても、俺はそのエネルギーを受け流す準備くらいはできている」

 譲は俗に言う「受け流す」という言葉を具体的に説明した。しかし物理的にありえないことだった。ヨル自身、建物を崩壊しかねない強さで殴ったつもりだった。だが譲は数十メートルしか後退していない。

「俺の能力は無論、知っているよな。『完全治癒』だ、どんな傷を負っても痛みが伝わる前に完全に回復してしまう。まるで漫画作りがド下手な中学生が考えた最強キャラみたいにね」

 譲は歩み寄る。ヨルはもう一度攻撃するべく再び弾丸のように跳んで行った。もはや群衆の一人も、彼の動きを視認することができなかった。

 だが、気付くとヨルは宙を浮いていた。

 彼は先ほどよりも力強く殴ったつもりだ。しかしそれを何ともないかのように譲は弾き返した――否、彼の顔面を先手で殴っていた。カウンターである。

「動体視力って知っているか? 例えば特別快速の電車に乗っていて、過ぎていく駅名標を見るとか、そんな無茶なことをすればわかる話だが、実際さ、動体視力とか殴られる側の俺には関係がないんだ。殴られる側としては自分に向かって拳が飛んでくるわけだから、あまり目を凝らさなくてもいい」

 ヨルは態勢を整えると、譲が近くまで歩み寄っていた。

 何だ、まさか押されているのか? 俺が?

「第一位もこれくらいか、頭悪いな……流石()()ってところか?――ああいや、今は高校通っているんだったか」

「おまえ――!」

 やはり譲は個人情報を知れる。あるいはそれが可能な人間の近くにいる。彼はその証拠を聞き逃さなかった。そのまま攻撃態勢へと変えるが、今度は跳ね返りのエネルギーを発動させながらだ。ボールをバットで打ち返すように、銃弾を弾き返すそれを使いながら、彼は攻撃を試みるが、その前に譲の拳が飛ぶ。

 ヨルはそれをチャンスと考え、一瞬で防御態勢に変更する。腕を自分の胸の前で合わせ、典型的な防御を作る。

 そこへ譲の拳が衝突する――が、ヨルの考えとは真逆に、彼の腕が弾け飛んだ。譲ではなく、防御を作っていたヨルの腕が弾かれたのだ。

 馬鹿な! 俺は銃弾を跳ね返すような能力を使っているのだぞ?

 普通ならば譲の腕が木っ端微塵に粉砕されていたはずだ。しかし寧ろヨルの腕が粉砕されそうであった。譲は『完全治癒』ではなく、能力を変換する超能力でも持っているのではないか、と彼は一瞬で考えたが、譲の攻撃がそれを妨害した。

 ヨルの体は、反射の超能力が常に発動され守られているはずだったが、譲の容赦ない殴りが彼の顎を襲った。あまりの衝動に気付かなかったが、殴られる度に耳を劈く爆発音が轟いていた。

 そして次に気が付いたのは、自分の体が後方へ吹き飛んでいることだ。譲が()()の笑みを浮かべる。余裕に笑っている。どういうことだ、何が起こった。

 俺が殴られた? いや、それをまともに食らった?

 ヨルはアーキアにも使った、空気によって体を縛り付ける念力のような能力を発動したが、いとも簡単に譲は抜け出した。どういうことだ。

 それでも歩み続ける譲は、奇妙を通り越して気違いと言っても過言ではない、とヨルは思った。彼は銃を構え、撃つ。彼も握り慣れたものだ、サイトを覗かず、腰で撃ったが譲の胸あたりに命中した。血が一瞬飛ぶ。が譲はへらへらと笑いながら、何事もなかったかのように歩き続ける。

「俺は少し前にアーキアを殺した。その時におまえのこと、霊猫のことを吐き出させた。いやあ、あいつはいい仕事をした。おまえはどうやらあいつの超能力を操作したようじゃないか。俺は初めて知ったのだよ、超能力で超能力を操作できるなんてね。無論、俺は相手の能力を操作できるような類ではないのだが」

 大学生とは思えない悪人の笑み。譲は王様気取りで歩む。

「だから俺は自分の能力を操作することにしたわけさ。恐らくおまえは俺の能力も操作しようとしていた。俺の『完全治癒』を消せば俺はただの人間だ。超能力者から超能力を抜けば〝者〟つまり人だ」

 ヨルは久しぶりに殴り飛ばされた。その痛みを思い出す。口内に血の味が広がるのを感じつつ、負けられぬと態勢を整える。

「ああ、勘違いするなよ? 漫画とか読んでいて思うのだが、何故敵キャラって主人公に自分の能力を教えるのだろうね。そんなことしなければ勝っていたのに」

 譲は堂々と歩む。逃げも隠れもしない。

「でも今回の俺は自分に対してそうは思わない。今俺はおまえに自分の超能力の種明かしをしているわけだが、俺は自分のことを馬鹿だなとは思っていない。勘違いするなよ、これはおまえへの愚弄、侮辱だ。そう、辱めだ。おまえは第一位ながら下位の俺に馬鹿にされている」

 群衆が引きつった笑いを浮かべる。そしてまた一歩後退する。

「俺はおまえに負ける気がしない。全くだ、皆無だ。だから俺はおまえに自分の能力の種明かしをしても馬鹿だと思わない」

 ヨルが殴りかかり、譲がそれを弾き返す。その度に爆音が街を震う。

「『完全治癒』は俺自身を回復させる便利な能力だったが、俺はそれを『完全治癒』に使った。するとなるほど、どう破壊されようと俺の能力は復活する。おまえはきっと俺に跳ね返りと能力操作の能力を使っているのだろうが、それをされようと俺の体と俺の能力は無限に復活する。そして莫大なエネルギーが発生する」

 押されている。何故だ、何故俺はこいつに押されている。

「そのエネルギーは俺がそう呼んでいるだけだから、おまえが扱えるエネルギーとは少し違う。正確に言えば、誤差だ。演算の誤差。思わなかったか? 最強と最強、例えると何でも貫く矛と何でも弾き返す盾が衝突したらどうなるのか」

 譲は音のない空気の中一人延々と語る。

「まるでゼロで割ったかのように、あるいはマイナスの数字をルートにかけたように、演算が追い付かなくなる。答えが出なくなる。虚数だ! 残念ながら前者の方は虚数ではないが、要するにおまえでも操れないエネルギーが発生するんだ。だから俺はおまえの念力からも簡単に抜け出ることができる。マジックショーみたいにね」

 ヨルは考えた。何か打破する方法があるはずだ。

「おまえは俺の体と能力を壊す。俺は壊れたそれらを無限に復活させる。そして莫大なエネルギーが生まれ、おまえはそれに負ける。それが種明かしだ。それ以上もそれ以下もない。それこそが事の真実だ」

 譲は歩み続ける。孤高を維持するが如く、一人別世界に紛れ込んだように。

「第一位が最強とは限らない。時代は常におまえを頂点に置いておくつもりはない」

 焦ることもなく、語る。

「おまえは俺に勝てない。絶対、という言葉がある。不可能だと考えられるその言葉だが、実はあっさり解決することがある。例えば一と一の和は絶対に答えは二になる。何をどうしようと絶対だ。物理的にそうなるからだ。理論的にそうなるからだ」

 譲は嘲りを含めた慢心の笑みを崩さない。

「第一位のヨルは絶対に第三位の上条譲には勝てない」

 そこまで言うと譲は足を止めて、親指で後ろの方を指さした。

 すぐ後ろの二人の人間の姿を見てヨルは一瞬言葉を失い、激怒した。

 霊猫が譲の部下に拘束されていたからだ。



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