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マダニは森や草藪などの屋外に生息している虫のはず。
マダニに刺された痕は流石に見た事が無いが、アレに刺されるのは、かなり危険だったはず。
必ず専門機関で検査してもらった方が良い。
仮に、布団にマダニが付いてしまったのならば、問題は布団の干し方だ。
「マーヤ様……お布団はお庭に干されます? 物干し近くに藪があったりしませんか?」
「えっ?」「は?」「ええ??」
わたしの問いかけに、マーヤさんは元より、取り巻きの皆さんはじめ、何故か隣のシルヴィアさんも首を傾げた。
「その傷跡、万が一マダニなら、お命にかかわりますわ! 必ず、専門機関に受診なさってくださいませ!!」
「まっ!?」
それを聞いたマーヤさんが顔を真っ赤に染めた。
「マダニな訳ないじゃない!! しっかり見なさいよっ!!」
再度、傷跡を見せてくれたマーヤさん。
じっ………
わたしは、しっかりと、その傷を見つめた。
「マダニでないとしたら……ツツガムシ?」
いや、ツツガムシも『刺されると危険な虫』という知識は有るけど、それ以上詳しい生態や刺された際の傷跡は流石に記憶に無いな……
「虫から離れなさい?!」
マーヤさんが少しヒステリックな声を上げた。
だが、重要なのは専門機関への受診と布団の点検である。
「落ち着いてくださいませ、マーヤ様! まずは、治療院へ行きましょう? そのうえで、お布団に殺虫薬を焚く事をお勧めしますわ!」
「何の心配をされていらっしゃるの!? ワタクシ、アークヴェル様とご一緒だったと言っているのよ!」
そうか。
アークもマダニやツツガムシに刺されていないか確認しておいた方が良いってことだな。
まぁ、昨日は仕事を終えて帰って来てからお風呂に入られていたから、多分大丈夫だとは思うが、一応、虫刺され痕や微熱、倦怠感が無いかは聞いておいた方が良いだろう。
「ありがとう存じます。アークにも注意をしておきますわ」
「まぁ……わたくしなら、恐ろしくて……とても直接注意なんてできませんわ」「ええ、本当に」「お相手がマーヤ様では、仕方がありませんもの」「同じ女性であっても、マーヤ様に惹かれてしまうのならば、仕方ないと諦めてしまいますわ」「おっしゃるとおりですわ」
取り巻きの皆様方が、何故か気の毒そうな表情なのに、妙に楽しそうな声色でマーヤさんを褒めちぎっている。
「……これで、ご自分のお立場をお分かりになっていただけたかしら?」
「へ?」
いや、何が!?
わたしが頭の上に「?」マークを大量に浮かべているのを見抜かれたらしい。
マーヤさんが「これだよ、これ!」と言わんばかりに、黒いチョーカーに付いたリボンを指でくるくると弄りながら口を開いた。
「……これが、二人の愛の証ですの」
「まぁ、そうなんですね? 素敵なチョーカーですわ!」
えーと……?
マーヤさんはそのチョーカーを自慢したいのか?
うん、確かに。
首に巻いているチョーカーはとても良い品なのだろう。
質の良い太目のベルベット生地だし、大きなリボンの中央にはルビーや赤いガーネットが飾られていて華やかだ。
それに、マーヤさんには良く似合っている。
誰から贈られたのか分からないけど、わざわざ「愛の結晶」を謳うのだから、おそらく旦那様か婚約者さんなのだろう。
ただ、わたし……あんまりランクの高いブランド品に詳しくないんだよなぁ……
必要最低限の方なら分かるんだけど。
ほら、流石に5歳児の拙い手作りアクセサリーと市販品との見分けは付くけど、一流以上の装飾品はみんな綺麗で可愛い枠に入り切っちゃうんですよ!
まぁ、でも、何となく雰囲気的に、そのチョーカーを贈ってくださった方の自慢をしたいのかな?
「えーと……どなたからの贈り物ですの?」
「はぁっ!? だ・か・らッ!! 何で通じないのよっ!? ワタクシの話、聞いていました!?」
(……あの、パメリア様……)
流石に何か気づいたのか、笑いをこらえる様子のシルヴィアさんがわたしにコソコソと耳打ちをしてくれた。
(マーヤ様の首筋に付いた痕、あれはキスマークですわ)
(え? キスマークってあの、唇に塗った紅等が他の所にも付いてしまうものなのでは?)
(はい、それもキスマークですけれど、皮膚の薄い部分を強く吸いあげると「吸引性皮下出血」が残ってしまうんです。それもキスマークと呼ぶんですの)
え!? そうなの? そんなのも有るんだ?
(ですので、キスマークは2種類存在しているんですよ)
へ~……知らなかったわ。
なるほどな~。ありがとうシルヴィアさん!
わたしは大きく頷いた。
……となると、マーヤさんが自慢したかったのはチョーカーではなくキスマークの方って事か!!
でも、何でそんなものを自慢したがるんだ……?
!!
まさか!
「マーヤ様はお口を伸ばす魔術が使えるんですか!?」
「何でそうなるのよ!?」
「……いや、だって……そんなところにご自身でキスマークを付ける事ができるという事は、それを可能にするためには、口を伸ばす魔術を開発し、さらには皮下出血が起こせるほどの吸引力と肺活量をお持ちである事を自慢されたいって事ですよね?」
「ぶふぉっ!」
あれ? 隣のシルヴィアさんが噴き出されてしまった。
見れば、取り巻きの皆さんも顔を背けたり、センスで表情を隠しながらブルプルと震えている。
ただ、わたしの仮説が少々突飛だったのか、思わず口調が素に戻ってしまった事は、誰も問題にしていないご様子。
「愛の! 証ッ!! という言葉を忘れたの!?」
「いえ? あの……ですから、その新たな魔術が『愛の証』なんですよね? どなたかと共同開発を成されたんですか?」
「どうしてそういう方向に考えるのよっ!!」
流石のマーヤさんも淑女の仮面をかなり豪快に投げ捨てていらっしゃるご様子。
「普通は! こんなの見せられたら! 禁断の愛とか不倫だと考えるでしょ!!」
「いや、でも……公爵令嬢である未婚の女性が不倫なんて、はしたない事をなさる訳が無いじゃないですか?」
「ワタクシが『口を引き延ばす』なんて訳の分からない魔術を開発する可能性の方が、不倫するよりも高いとでも!?」
「どうされたんですか?」
その時、わたし達の後ろから聞き慣れた声が聞こえて来た。
「アーク!」「アークヴェル様ッ!?」
咄嗟に顔色を変えて目を逸らすマーヤさん。
「パメリア……あの、何が有ったんですか?」
アークヴェル様の困惑声に、ふと周りを見回すと、結構な人数の皆様がわたし達を取り囲み、顔を背けて笑いを堪えているご様子が見て取れた。
なお、隣に立っていたはずのシルヴィアさんは床にしゃがみ込んでしまっている。
「ちょ、シルヴィア、大丈夫!?」
「ふッ……ふふふ、お、おなかが……呼吸が……」
アークヴェル様と同時にお越しになったであろうシルヴィアさんの旦那様であるクロード様が困惑した様子でそんな彼女を介抱していた。
えーと……何から話せば良いんだろう?
とりあえずわたしは、その場を和ませるためにニッコリとほほ笑むと、未来の旦那様に向かって、それでも一応、念のため、愛の言葉を投げかけた。
「お仕事お疲れ様でございます、アーク……マダニに噛まれてはいませんよね?」




