17話 サレオの思惑
「私は探索者協会 王都本部のサレオと申します。ゴボー様はウロボロスの魔石をお持ちだと伺いましたが、間違いありませんか?」
「ああ、たくさん有るぜ。だけど探索者協会には売らないぞ。こっちの兄ちゃんが5倍で買ってくれるからな。」
「ほぅ、それは良い取り引きに恵まれましたね。今日のゴボー様は商業神エミール様がお近くにいらっしゃるとみえる。」
「俺もそう思うぜ。だから近くの酒場にでも行って早く話しを決めようぜ。なぁ兄ちゃんよう。」
ゴボーはアントニオの肩に手を回して早く行こうと出口を指差した。
「ちょっとお待ちを。その様な大きなお取り引きを誰が聞いているか知れない場所でするのは危のうございますよ。よろしければ当協会の一室をお貸しすることができますが如何でしょうか。もちろん無料と言う訳にはいきませんが、落ち着いて話せる事は場合によっては千金の価値があるものです。」
サレオは『さあ、こちらへ』と手招きするが当のゴボーは動かない。
不審に思い目を向けると小さく首を振る隣りの男に目配せをしている。
その男が妙な仕草、左手の赤い指輪に指を添え、何かを呟いていたが二人の様子に目が向いていて気にすることはなかった。もっとも仮に意識したとしても何も変わらなかっただろうが・・・。
普段のサレオであれば何か違和感を感じた時点で手を引いていたかもしれない。
探索者協会がウロボロスの魔石に拘る必要はないからだ。
確かに商業組合、正確には組合を通したガスパール商会からは値段や数量にかかわらず残らず集める様に指示されてはいるが、あくまで業務の範囲内の事。不要なリスクを負うつもりはないので本来ならこんな些末な取り引きに介入する必要などないのだ。それに毎年のウロボロスの討伐報告と魔石の取り引き数から推測すれば新たな出物は10もあれば良い方だし、それすらも個人や小さな工房が確保している分をかき集めた場合だ。だからゴボー氏が持っているのは2、3個程だろう。仮に隣りにいる商人が全部を買ったとしてもガスパール商会のジャマになる量ではない。
だが今回の魔石買い占め、そう買い占めだ、については大量でも高額でも必ず買い取ると正式な取り交わしをしている。しかもこちらは2割の利益を約束されているのだから高値になるほど探索者協会の利益、ひいてはサレオの業績が大きくなる。他の職員の手前、故意に高く買う事は出来ないがこの状況であれば顧客の要望なのだからと高値の買い取りができる。
「サレオ本部長。私は行商人のアントニオと言う者です。お話しはありがたいのですが、これは私とゴボー氏の取引きですのでご提案の件は遠慮させていただきます。」
酒場で商談をするのは行商では珍しくないので大丈夫なのだと・・・暗に『人の商談に割り込むな』と言っていた。サレオの提案は確かにマナー違反に違いなかった。
だが外に出られては口を挟む機会はない以上多少の無理があったとしても今仕掛けるしかない。
『さて、どうするかな。』
「ところで、高騰しているウロボロスの魔石にさらに5倍の値段をつけるとは・・・アントニオ様はよほど良い取り引き先をお持ちの様だ。参考までにどちらに持っていくおつもりなんですか。」
糸口を探すつもりで会話を仕掛ける。
「私の様に行商をしていると意外な出会いに恵まれる事もあるのですよ。使い道についてはお客様の事なので教えられませんが、特殊な用途らしいですよ。」
「ほぉー、それはまた!アントニオ様もいいご縁があったのですね。
『これは・・・不味いのではないだろうか。ガスパール商会とは別の所が魔石を集めている?』
「よろしければ、どれくらいの量をご希望されているか教えて頂けますか?もしかしたら私どもでご協力できる事があるかもしれませんので。」
『少数なら偶々極個人的な用途で問題ない。しかし大量に必要だった場所、ガスパール商会の思惑に支障が出るし、事によると同じ目的の可能性もある。』
「あればいくつでも。」
「えっ?」
「先方からは在庫があるなら幾つでも引き取るからと言われています。さっきは受付嬢から品不足だと聞いたので諦めていたのですが協力して貰えるなら助かりますよ。」
笑顔で答える男とは対照的にサレオからは殺気に似た張り詰めた気配が漏れていた。
『高騰している今の相場の更に5倍で無制限だと!依頼主は誰だ。ガスパール商会に対抗出来る程の商家はないが高位の貴族なら軍部へ売り込みをしても不思議ではない。いや、こんな採算度外視の買い方を考えれば国がらみ、それも他国の可能性もある。ウロボロスの魔石は他国でも取れるので輸出に規制はかかっていないが間違いなく軍事物資だ。もし大量の魔石を集めている国があるなら、あるいはこの国の軍事物資を不足させる狙いがあるなら非常に危険な兆候なのではないか。どうあれ私の独断で決められる範疇を超えている。欲を出せば火傷では済まない。』
サレオは組織を切り盛りしているので複雑な判断を迫られることに慣れており、引き際を弁えていた。その感覚がこの件に関わるべきではないと告げていた。
『早くこの場を切り上げて上の者に報告しよう。』
サレオの思惑が反転した。
一方でサレオの様子が変わったと感じ取ったアントニオは内心焦っていた。交渉の気配が消え、押せば押しただけ引いて行くので交渉を続けるためには譲歩さえ考えなければならなかった。しかしだからと言って安易に値段を下げることはできない。今までのやり取りが嘘だと言っているのと同じになり信用を失ってしまうからだ。
密かに指輪を使って見積りを更新すると内容が変わっていた。最初の理想的な流れからズレて戻せなくなっていたのだ。
「そこまでお考えであれば私どもからの提案は余分なことでしょう。貴重なお時間を使ってしまい申し訳ありませんでした。」
ついにサレオから終わりを告げられてしまう。
『なりふり構わずに蒸し返すか』
と口を開きかけた時、見積りには乗っていない人物が奥の扉から現れた。




