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聖女(仮)を断固拒否!~推し活のために異世界で社畜になります~  作者: 済美 凛


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5/21

初案件は、現場と数字の板挟みです

朝礼の疲れが完全に抜けきらないまま、私は騎士団本部の執務室に戻っていた。

 そして――机の上に広がる光景を見て、思わず固まる。


「……いや、昨日より増えてるんだけど?」


 どう見ても“自然発生”した量じゃない。

 山が……盛り上がってる。積んだ覚えのない新しいファイルまである。


(異世界って、書類が繁殖する仕様でもあるの?)


「ルーナ殿」


 アリオスが、重たい足取りで入ってくる。

 その顔を見て、嫌な予感は確信に変わった。


「初仕事を任せたい」


「軽い案件からお願いします」


「北方の農村が魔物被害に遭っている」


「もう重いです」


「補給路が崩れ、物資が届かない」


「さらに重く……」


「加えて、現地の領主が“対応を遅らせている”可能性が高い」


「はい、地獄揃いましたー」


 私の乾いた声にも、アリオスは真剣そのものだ。


「……ルーナ殿、正直に言う。

 このままでは民が死ぬ。状況は逼迫している」


 その一言で、胸の奥が冷たくなる。


 異世界だろうが、数字の裏に“生活”があるのは同じだ。

 炎上プロジェクトに飲まれそうな人たちの顔を、私は何度も見てきた。


「状況、全部出してください」

 私は席に座り、資料に手を伸ばした。


 地図。報告書。補給記録。領主からの返答。

 視界に触れた瞬間――


(情報収集、起動)


 文字と数字が、一気に整理されて頭に流れ込む。


 魔物被害の推移、補給路の断絶ポイント、領主領の税収、兵力、過去の補修履歴――

 そのどれもが、一本の線につながっていく。


(……あ、はい。これ完全に黒ですね)


 私は羊皮紙を一枚、ひらりと置いた。


「現地領主、予算横領してますね」


 アリオスの顔が険しくなる。


「……証拠は?」


「金の流れが不自然。

 本来補給に使われるはずの費用が、不自然に“帳簿外”に消えてます」


「だが、帳簿には――」


「そりゃ隠しますよ。日本のブラック企業もそうでした」


(闇の仕組みは世界共通なのか……)


 私は淡々と手元の地図を指し示す。


「領主は、被害が拡大するほど王都から予算が降りると思ってる。

 だから、わざと対応を遅らせてるんです」


「……腐敗が深いな」


「深いですね。胃に悪いです」


 アリオスはしばらく沈黙し、それから私に向き直った。


「ルーナ殿。どう動けばよい?」


「三段階で行きます」


 私は指を三本立てた。


「1つ、魔物被害の鎮圧は“騎士団直行”。

 2つ、補給物資は“領主を通さず王都から直送”。

 3つ、領主が逃げられないように“金の抜け道を塞ぐ”。」


 アリオスが、少しだけ目を見開く。


「……策が速い」


「今日のうちに動けば、三日以内に現場の混乱は止まります」


「任せてもいいのか?」


「この案件、私にしか整理できませんよ」


 アリオスは深く頷いた。


「作戦室の準備をしよう。ゼノスにも声をかけておく」


「はーい。反発しながら来るんだろうなぁ、彼」


 案の定、数時間後。


 作戦室に来たゼノスは、案の定眉間に皺を寄せていた。


「聞きましたよ。今回の案件、あんたが主導するとか」


「そうですよ?」


「剣も振れない人間が現場を動かすんですか」


「現場が動けるように、私が地面を平らにするんですよ」


「意味が……」


「仕事ってそういうもんです」


 ぶっきらぼうなゼノスの態度は相変わらずだが、

 昨日より“敵意”が薄い。代わりに“警戒”が強い。


「で、あなたの部隊。

 今日、補給路の途中で“荷が消えた”って報告来てますけど」


「……っ、なぜそれを」


「ぜんぶ書類に残ってました」


 ゼノスの顔に、わずかな焦りが浮かぶ。


「あなた、無理して前線に立ちすぎです。

 腕、まだ完治してないでしょう」


「それは――」


「あなたが倒れたら、第二部隊が止まります。

 止まれば、農村が死にます」


 ゼノスは、言葉を失った。


 それでも反発は消えない。


「……あんた、本当に裏方ですか」


「生まれた時から裏方です。

 光の当たる場所に立つのは、推しだけで充分なので」


「意味がわからない」


「理解しなくていいです」


 そこへ、静かに扉が開いた。


「お二人とも、随分と熱心ですね」


 柔らかい声。

 白い神官服。整った顔立ち。


 シリウスだ。


「聞きましたよ。ルーナ殿が案件を主導していると」


「主導というか……整理しているだけです」


「整理できるのが異常だと言っているんですよ、私は」


 シリウスは微笑んだまま、私の目を覗くようにして言う。


「“腐敗の理由”を、あれほど正確に読み解ける人間は少ない。

 あなたの世界……ずいぶん厳しい場所なのでしょうね」


「まあ……地獄みたいなもんでしたね」


「では、こちらの地獄にも耐えられる?」


「心が死ななければ」


「心は、簡単に死にますよ」


 その言葉だけは、妙に真剣だった。


 シリウスの目に映る何かが、ほんの一瞬だけ冷たい。


(……やっぱこの人、危険度高いな)


 作戦室の空気が、少しだけ張り詰める。


 そんな中、私は静かに言った。


「初案件、必ず成功させます」


 推しのライブに間に合うためにも。

 帰る方法を探してもらうためにも。


 そして何より――


「この世界の“地獄の職場環境”を改善する第一歩なので」


 アリオスもゼノスもシリウスも、

 三者三様に反応した。


*アリオス:小さく頷く

*ゼノス:呆れながらも、どこか期待している

*シリウス:興味深そうに目を細める


(……よし)


 こうして私の初案件は、本格的に動き出した。


 表の戦場と、裏の金の流れ。

 どちらも止めなければ救えない。


 異世界の民のためでもある。

 でも、私の本音はもっと単純。


(帰るためだ。推しのためだ)


 今日も私は、異世界で仕事をする。

 誰かのために、そして――自分のために。初案件は、現場と数字の板挟みです

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