表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女(仮)を断固拒否!~推し活のために異世界で社畜になります~  作者: 済美 凛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/21

前例は、だいたい人の胃を削る

翌朝、私は書類の山に埋もれていた。

 正確に言うと、埋もれて「いる」のではなく、

 自分から潜り込んでいる。

(……ここまで来たら、

 途中でやめるほうが怖い)

 机の上には、昨夜まとめた草案。

 補給監査の流れ、現地判断の条件、王都と騎士団の連携手順。

 どれも必要で、どれも面倒で、どれも「後回しにすると必ず爆発する」タイプのやつだ。

「……よし」

 私は、ペンを走らせながら小さく頷いた。

(誰が読んでも、

 “勝手に動いた”って言われない書き方。

 でも、現場が止まらない余白も残す)

 このバランスが一番難しい。

 ――控えめなノック。

「どうぞ」

 入ってきたのは、ゼノスだった。

 手には、なぜか紙袋。

「朝飯、まだだろ」

「……忘れてました」

「だと思いました」

 紙袋を机に置きながら、彼は書類の量を見て目を丸くする。

「増えてません?」

「増えました」

「減る予定は?」

「ありません」

 ゼノスは、深くため息をついた。

「魔王討伐のほうが、

 終わりが見える気がします」

「それ、

 討伐側がよく言うセリフです」

 彼は袋から簡単な食事を取り出し、

 私の前に差し出した。

「食べながらやれ。

 倒れたら意味ない」

「ありがとうございます。

 優しさが染みます」

 その直後。

「失礼する」

 今度はアリオスだった。

(……今日は、

 人が切れない日だな)

「王都の各部署から、

 問い合わせが来ている」

「来ますよね」

「“前例”として、

 説明を求められている」

「ですよね」

 即答したら、

 アリオスが少しだけ苦笑した。

「すでに覚悟していたか」

「昨日の時点で」

 私は、草案の一部を指差す。

「ここが、

 一番揉めます」

「……理由は?」

「“責任の所在が曖昧に見える”からです」

「だが、

 完全に固定すると――」

「現場が死にます」

 アリオスは、ゆっくり頷いた。

「その通りだ」

 そこへ。

「おや、

 ずいぶん賑やかですね」

 聞き慣れた声。

 振り向かなくても分かる。

「……はい。

 前例作りの地獄です」

 シリウスだった。

「地獄、

 自覚があるだけ健全ですよ」

「慰めになってません」

 彼は、机の書類を一枚手に取り、目を通す。

「なるほど。

 責任を“点”ではなく“流れ”で書いている」

「点にすると、

 誰かが犠牲になります」

「流れにすると?」

「全員が少しずつ責任を持ちます」

 シリウスは、静かに笑った。

「嫌われるやり方ですね」

「慣れてます」

 その時、廊下の外が少し騒がしくなった。

「……来たな」

 アリオスが言う。

 扉が開き、官僚が二人、慎重な表情で入ってきた。

「聖女補佐殿。

 補給監査の新基準について……」

「はい。

 今まさに作ってます」

「……もう?」

「遅いと、

 勝手な解釈が先に走ります」

 二人は顔を見合わせた。

「……確かに」

 私は、草案を差し出す。

「完璧ではありません。

 でも、

 “次に何をすればいいか”は分かります」

 沈黙。

 官僚の一人が、恐る恐る言った。

「これが通れば、

 かなりの部署が影響を受けますが……」

「通らなくても、

 現場は影響を受け続けます」

 静かに、はっきり言った。

「どちらが、

 マシですか」

 長い間。

 やがて、官僚は息を吐いた。

「……検討に回します」

「ありがとうございます」

 二人が出ていった後、

 部屋に残った空気が、少しだけ軽くなる。

 ゼノスが、ぽつりと言った。

「……今の、

 剣で斬るより怖いな」

「慣れれば、

 刃が見えなくなるだけです」

「余計怖い」

 私は、最後の一文を書き足し、ペンを置いた。

(……とりあえず、

 一歩)

 前例は、完成していない。

 でも、形は見えた。

 それだけで、

 今日は十分だ。

 私は、背もたれに身を預け、小さく息を吐いた。

「……さて」

 机の上の書類を見つめる。

「次は、

 これを“使われる側”の顔を見に行きますか」

 仕事は、

 まだ終わらない。

 でも。

 終わらせる方向には、

 ちゃんと進んでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ