三ヶ月後の後日談 〜アルフィーナの心中〜
良い天気だ。
深みのある青い空は陰りひとつなく、ところどころに浮かんだ雲の白さが鮮やかである。日差しは穏やかな明るさと温度で、庭を優しく照らしている。
庭師たちが丹精込めて整えてくれている庭は、ベイグラント侯爵家の名に恥じない美しさだ。花は一輪一輪すべて愛らしく。葉は隅々までみずみずしく。絶妙に配置された優美なオブジェたちは、植物に溶け込み、同時に引き立たせている。
「お茶会に招待していただくたびに思うことですけど、ベイグラント邸のお庭は本当に素敵ですね」
自慢の庭を最も堪能できる、お気に入りのサロン。
大きく開放した大窓の向こうに広がる庭の緑に、ほぅ、と感嘆の息を落としたエリザへ、アルフィーナは心から微笑んだ。
「庭師たちが喜びますわ。ありがとうございます」
傍らの侍女に視線で紅茶の用意を頼んで、向かい側の席に座った親友へと笑顔を戻す。
「最近はとてもお忙しいと聞いていましたが、お元気そうで安心いたしました」
「ふふっ、体力だけが取り柄ですから」
エリザの装いは今日も素敵だ。
活動的な彼女に似合いのシンプルなドレスは、よく見れば生地の質が高いのがわかる。
おそらくだが、最近この国に入ってきた隣国の新しい生地に違いない。ほかの令嬢たちならばこれでもかと飾り立てるだろうところを、さりげなく取り入れてさらりと着こなすところがエリザらしいと言える。
髪飾りはもちろん、ネックレスもブレスレットも小ぶりなものばかりである。しかし目を凝らせば細やかな細工が美しい逸品ばかり。
これらを地味だと思うのは見る目のない者たちであり、だからこそ彼女は相手にしない。その潔さもまた好ましい。
『馬鹿は嫌いよ。力を正しく使いこなせない人も嫌い』
そう言って笑うエリザは、侯爵令嬢であるがゆえに自由を諦めて生きてきたアルフィーナの憧れであり、目標であり、自慢の人だ。
四年前、デューク王子の婚約者選びとして開かれた茶会で初めてエリザを見たとき、直感に従って彼女に話しかけた自分を心底褒めてあげたいと、つくづく思うアルフィーナである。
紅茶をひと口、うっとりと堪能したエリザ――紅茶通である彼女のために、ソルベーヌ地方から取り寄せた今年の新茶である。どうやら気に入ってくれたようだ――が、カップを置いて微笑みかけてきた。
「アルフィーナ様こそ、お元気になられて良かったですわ。恋は乙女を美しく変えると聞きますけど、真理でしたわね」
嫌味も陰りもない純粋な喜びを返されたアルフィーナは、自分の頬が温かくなるのを止められなかった。慌てて扇子で口元を隠す。
「か、からかわないでくださいませ」
「うふふっ。お幸せそうで、本当に良かった」
「もう、エリザ様ったら……」
扇子の陰で、ふ、と落とした息は、自分でもわかるほど、そして恥ずかしくなるほど、甘い色をしていた。アルフィーナは思わず扇子を持つ手に左手で触れて、――さらなる恥ずかしさで、額まで隠れたのだった。
正直な気持ちを言えば、公爵家で庭を案内してもらったときにはこんなことになるなど露ほども想像していなかった。
ユリアス王子からの好意にはもちろんすぐに気づいたが、それは年上の女性に対する憧れのようなもので、可愛らしくも微笑ましく感じるだけだったのである。背の高さがさほど変わらないのも影響していたかもしれない。
しかし後日、王子から菓子が贈られ、その場にいたエリザの助言で茶会にユリアス王子を招待したとき、
『四年前にお見かけしたときからずっと、僕はベイグラント嬢をお慕いしています』
顔を真っ赤にしながら、けれど目をそらさず、まっすぐに告白された。
社交に慣れた人間ならば、アルフィーナが戸惑っているうちに言葉を畳みかけていただろう。しかしユリアス王子は気持ちを押し付けてくることなく、最初は友人になりたいと……恋が叶わなかったとしても、友情は守りたいと、そう言って微笑んだ。
今までに触れたことのない強い眼差しで、なのに裏腹なほど優しい言葉をくれる王子の姿に、心が揺れない人などいるのだろうか。
侯爵家での茶会だけでなく、ときには図書館で、ときには観劇で、ときには公園で。ユリアス王子との交流は、それはもう信じられないほど穏やかなものだった。アルフィーナへの対応があまりにも紳士であったから、「本当にこの方はわたくしに恋心をお持ちなのかしら?」と何度も疑問に思ったくらいである。
だからアルフィーナは、王子の横顔や視線、エスコートの手に、彼の本心や真意を探さずにはいられなくなっていったのだ。
逢瀬を重ねるごとに少しずつアルフィーナに対する緊張が解けて、ただただ柔らかくなっていく笑顔。アルフィーナが喜び、感激するたびに、嬉しそうに輝く眼差し。
この方は本当に恋をしているのだ、と気づいたのはすぐだ。
そして、会うたびに伸びていく身長や、エスコートしてくれる手の大きさ、腕の太さに、彼はもう子供ではない、大人へと変わっていく途中なのだと実感させられた。
微笑ましいと感じる気持ちなど消え失せてしまった。だって王子は立派な紳士だったのだから。自分を真摯に愛してくれる男性なのだから。
そう確信した時点で、もはや逃れられない運命だったのだろう。
自覚した気持ちに柔らかく翻弄されながら日々を過ごして、三ヶ月。
そうして、今から五日前のこと。
アルフィーナは刺繍したハンカチをユリアス王子に贈った。美しいリボンを貰ったから、その礼として。そうしたら――
「ありがとうございます、ベイグラント嬢。一生、大切にします」
言って、ハンカチに口づけた王子を見た瞬間、
(――だめっ)
彼の袖口を指先で掴んだ自分がいて。
ハンカチに嫉妬した自分に気づいてしまって。
真夏の太陽に照らされたかのような熱が全身を駆け巡ってどうしようもなくて。
両手で顔を覆うことしかできなくて。
「……ベイグラント嬢」
優しい声にうながされて指の隙間から見上げたユリアス王子は、顔も耳も首も真っ赤だった。
あぁ、可愛らしいところは変わっていらっしゃらないのね、と安心して。
あぁ、きっとわたくしの顔も同じ色をしているのだわ、と嬉しくなったのが照れくさくて。
「僕は……っ」
一歩、王子の足が近づいた。それとともに手を差し伸べられる。
剣術訓練でところどころ硬くなった手が、男らしく頼もしく見えて、胸が高鳴るのを止められない。
「ベイグラント嬢、僕は、……あなたを愛しています。生涯愛し続けます。この心を、受け取っていただけますか?」
拒絶する理由など、きっと世界中を探しても見つかるまい。
「……アルフィーナ、と呼んでくださるなら……」
顔から手を離し、見上げれば、真っ赤な顔のままでほんの少し泣きそうな目をしたユリアス王子がいた。
「アルフィーナ嬢……、僕のことも、どうか、尊称ではなくユリアスと」
「はい。……ユリアス様」
ユリアス王子はぼろりと大粒の涙をこぼして、けれど大急ぎで拭うとアルフィーナの右手を取った。
「必ず父上とベイグラント侯爵の許しをいただいてきます。待っていてください」
手の甲に贈られた初めての口づけは、この上なく優しく、この上なく熱く、生きてきた中で最たる幸福をアルフィーナに与えてくれた。
公爵家での冷たく苦しい過去がすべて、雪解けのように心から消え去った瞬間だった。
結果を言えば、王子が帰ったその日の夜に王家から婚約の打診が届き、父と母と弟と妹と使用人一同が大泣きして喜び、祭りでも始まるのかという勢いだった。
もちろん、と言っていいのかはわからないが、その夜のうちに返信がなされ、翌日には婚約宣誓書に署名がおこなわれたのだから、当人としては喜んでいいのか引いたらいいのか微妙な気持ちになったものである。
それはさておき。
今日の茶会の本題は、まさにこの件なのだ。話題をそらし続けるわけにもいかない。
アルフィーナは扇子に隠れたまま小さな深呼吸をすると、――やっぱりちょっと勇気が出なくて、目だけを外に出した。
「本日エリザ様をお招きしましたのは、いろいろと話を聞いてくださったエリザ様に、やはり最初にご報告をと思いまして……」
扇子の縁から向かい側を見やれば、エリザは満面の笑みだった。顔中に「わかってますよ」と、わかりやすく貼りつけている。
――事実として、わかっているのだろう。アルフィーナが今から何を伝えるのかを。まだ世間に公表していない以上、素知らぬふりをするのが正解なのに。
これが仕事の場ならば、本心を読ませるなどという愚は犯さないはずだ。アルフィーナを友人と認めているからこそ、そしてこの部屋には信用できる人間しかいないと判断しているからこそ、表情筋が緩んでしまったのだろう。
それは心から嬉しく思う。しかし同時にほんの少しの恨めしさと悔しさを抱いてしまうのは、まぁ、不可抗力というものだ。あるいは当然のこと。
だって、エリザの背後に『あの男』の笑顔が見えるのだもの!
自分が誰より先に伝えたかったのに、先に教えてしまうのだもの!
苛立つあれこれを、ふ、と息と一緒に吐いてアルフィーナは、淑女の笑みを口端に乗せた。扇子を下ろす。
「つい先日、わたくしとユリアス様の婚約が成立いたしましたの。殿下が成人なさるのを待って結婚することとなりました」
「まぁ! おめでとうございます、アルフィーナ様!」
「ありがとうございます。オールヘイグ公爵のご子息様と婚約していたときからずっと、エリザ様には本当にたくさんの相談に乗っていただいたこと、改めて心より感謝を申し上げます」
「ふふふっ、水臭いですわ。親友の悩み事は、わたしにとっても重大案件。解決のお手伝いをするのは当然のことです」
「まぁ、なんて心強いお言葉かしら。これはわたくしも負けていられませんわね」
にこにこと笑うエリザに、にこにこと微笑み返す。
「エリザ様がデューク殿下とずいぶん親しくなさっているらしいと、風がわたくしの耳に囁いてきましたの。ぜひ詳しいお話を聞かせていただきたいわ」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「わたくしとユリアス様が婚約したこと、すでにデューク殿下からお聞きになっていらっしゃったのでしょう?」
「うぐぅ」
エリザのにこにこ顔が崩れた。
表情豊かな彼女ではあるが、眉間に跡が残ってしまいそうなほど深い皺を寄せた顔を見たのは初めてかもしれない。
さらにうめき声を絞り出すとともに頭を抱えるに至り、アルフィーナは閉じた扇子を握りしめたのだった。
(これは思っていたよりも本格的に追い詰められていらっしゃったようですわね。……あの腹黒殿下め)
思い出されるのは、三ヶ月前の暴挙だ。
公爵邸の美しい中庭とユリアス王子のおかげで、婚約破棄騒動によって受けた心の痛みが和らいだあと。
穏やかな心持ちで部屋に戻ったアルフィーナの目に飛び込んできたのは、デューク王子がエリザの前に膝をつき、手を取っている光景。しかもエリザは困惑の表情である。
とくれば、結論はひとつしかない。
(初対面に等しいにもかかわらず、わたくしの大切な親友を口説こうだなんて! 破廉恥ですわ!)
一瞬にして穏やかな気持ちが吹っ飛んで怒りと苛立ちでいっぱいになったのは、決しておかしなことではないはずだ!
勢いよくふたりの会話に割って入ってみれば、デューク王子はそれらしい事情を口にしたけれど! その目は完全に破廉恥だった! 間違いない! 自信がある!
アルフィーナの疑心を、海のように大きく深く美しい心で赦してくれたエリザ。より強固に、真摯に、彼女のことが大切でたまらない気持ちになったばかりなのに!
彼女のことをよく知りもしないくせに、気楽な気持ちで口説こうとするなど!
万死に値するッ!
鼻息荒く、しかしかけらも表には出さず腹の底にがっつりと力を溜めるだけにとどめ、エリザの隣へと戻ってさりげなく話の流れを作ってみれば、デューク王子がいとも簡単に誘導されたものだからさらに腹立たしい!
心あらずではないか! 完全に心を奪われているではないか! いつもの強かさはどうした! エリザがすばらしい女性であることは知っているけれども!
侯爵令嬢という身分にあわせ、彼らの従兄弟が婚約者だった関係で、王族との関わりは他の貴族たちより多い。ゆえにデューク王子が見た目や噂通りの人物ではないことは、よーーーく知っているのだ。
穏やかな笑顔の裏で常に策略を張り巡らせている腹黒男に、エリザの自由を手折られてたまるものか!
だからアルフィーナは会話を誘導し、エリザの口から自身の護衛を褒め称えさせ、信頼している様をデューク王子に見せつけることで暗に「手軽に落とせると思わないでくださいませ」と牽制してやったのだ。
彼がまんまと嫉妬したことは間違いない。デューク王子の表情と態度と気配から察して溜飲を下げたのは、ほかでもないアルフィーナである。確信がある。
が、
(今となっては、それがやりすぎだったことは否めませんわね……)
デューク王子が自身の嫉妬心を自覚したことは確実だろう。そうなった次に起きることは、予測してしかるべきであった。
いつぞやにユリアス王子が「そろそろ兄上には弟離れをしてもらいたいんですけどね」と疲れた顔でぼやいていたことを思い出す。
そう。デューク・ヴィンスダム王子という人物は『執着心の権化』なのだ。
さらに三度の食事より裏工作をするのが大好きときた。となれば、「エリザの存在は自分にとって特別なのだ」と自覚した直後に動きだす。即行で暗躍する。おそらくエリザの外堀はもうほとんど埋められているのだろう。
(せめてあの場で誤解は解いておくべきでしたわ。わたくしの失策ですわね)
嘆息ひとつ。アルフィーナは、目を室内のソファーセットへと移した。
近すぎず遠すぎもしないそこでクッキーを頬張っている人が、すぐにアルフィーナの視線に気づいて微笑んだ。
長い赤毛を首の後ろで簡素にまとめているその人こそ、エリザの護衛であり、護身術を教えた師。そしてアルフィーナの話運びに騙されたデューク王子が、誤解し、嫉妬した相手である。
すっかり顔馴染みとなった『彼女』は、紅茶でクッキーを流し込んでから気安く口を開いた。
「アルフィーナ様は気にしなくていいですよ。うちのお嬢さんが迂闊なだけです」
エリザが怒り顔で跳ね起きた。
「迂闊って……っ! ひどいわ、ロッテっ!」
対し、護衛のロッテは朗らかに笑う。
「迂闊は迂闊ですよ。王子様に遠慮してるうちにぐいぐい来られて、断るタイミングをことごとく逃してるんだから」
「うっ」
「平民だろうが王子様だろうが、色ボケ男なんて適当に振り回してやればいいのに。お嬢さんの義理堅さは良いとこですけど、発揮しなくていい場面くらい見極めましょ?」
「ぐっ」
「特にああいうタイプは隙を見せたら終わりなのに、お嬢さんってばあの手この手で隙だらけにされまくっちゃってさー。駆け引きの経験値が段違い。ここまで来ると逆に、見てて楽しいわ」
「他人事だと思ってーっ! もし……ほんっとにもしもの話だけどっ、わたしが王子妃になってしまったらあなたはどうするのっ? 平民は護衛騎士になれないのよっ? 職を失うのよっ?」
「そのときはソフィア様が雇ってくださるそうなんで、大丈夫でーす」
「裏切ったわね、お義姉様ーッ!」
「カイルス様の許可も出てまーす」
「お兄様のバカーっ! 人でなしーっ! 可愛い妹を守ろうという気持ちはないのーッ?!」
勢いよくテーブルの端に突っ伏したエリザのつむじを眺めたアルフィーナは、ひとつの事実を思い出して苦笑した。
「そういえばエリザ様は、理想の殿方はカイルス卿のように頭の良い方だとおっしゃっていたことがありましたわね」
頷いたのは、エリザではなくロッテだった。
「今でもそうですよ。ブラコンは死ぬまで治らないんじゃないですかね」
「わたしはブラコンじゃないって何回言ったらわかるのよ!」
「いつまで経っても自覚しないとこも治りませんねー」
噛みつくエリザをさらりとかわしたロッテが、アルフィーナに笑みを向けてくる。彼女らしい飄々とした眼差しには、はっきりとした意図が乗っていた。
それをしっかりと受け取って微笑み返し、扇子をひぃらりと揺らしながら再び思考する。
(まさかデューク殿下のことを満更でもないと思っていらっしゃるとは……。意外と押しの強い方がお好みだったのね)
エリザの理想の男性像は、理性的で、頭が良く、決断が速く、実行力があり、立ち回りが巧い戦略家。彼女の周りでその条件をすべて満たす男性は、兄であるカイルスと父のスコッシュオード伯爵だけだった。
しかし、なるほど。身分を無視すれば、確かにデューク王子はエリザの理想ど真ん中だ。追加で性格面の問題点がいろいろついて来るが、エリザにとっては『考慮の余地はある』程度のことでしかないらしい。
(未来の王妃となる令嬢の身分として、伯爵位は少々心もとないところではあるけれど、スコッシュオード家が国で一、二を争う富豪だという事実は大きいでしょうしね)
現スコッシュオード伯爵もやり手だが、次期伯爵であるカイルスが彼以上の切れ者であることは、今や周知の事実。カイルスと手を結びたいと考える貴族は多いはずだ。
となると、実家の影響力は大きい。爵位が足を引っ張る要因にはなりにくいと考えられる。
(となると、……あら? もしかしてエリザ様とデューク殿下が結ばれるのは、悪くないお話なのかしら)
もちろん確認しなければならないことはある。
まずはエリザの覚悟。
デューク王子の伴侶になるということは、王太子妃になるということであり、いずれ王妃になることがほぼ確定している。その椅子に座る覚悟があるかどうかが最大の壁だ。
(ひとまずエリザ様の気持ちは、ゆっくりお話を聞けばいいでしょう。押しつけるわけにはいきませんもの。慎重に進めませんと)
次に、デューク王子の本気度合い。
遊び気分でエリザを困難な道に引きずり込むなど言語道断。全身全霊で彼女を愛して守り抜いてもらわなければ困る。困るというか、断固拒否する。そのような男に親友を渡してたまるものか。
(デューク殿下のほうは、まずは真意を探るところからですわね。ユリアス様にご相談して、計画を立てましょう)
ちょっと楽しくなってきた。何せすべてが理想の形におさまったら、エリザが義姉になるのである!
親友にして義姉妹。
なんと甘美な響きだろうか!
心の内でうっとりと。しかし顔には淑女の笑みを。アルフィーナは妄想、願望を扇子の陰に隠して、エリザに美しく微笑みかける。
「エリザ様、どうぞお聞かせになって? デューク殿下のなさりようがあまりにも無体でしたら、ユリアス様に相談いたしましょう。お優しい方ですもの、きっと助けてくださいますわ」
「アルフィーナ様……っ!」
途端にぱぁっと笑顔を咲かせたエリザを見てアルフィーナは、
(わたくしもロッテさんから『殴り方』を教わろうかしら。いざとなったらエリザ様をデューク殿下の魔の手から救わなくてはなりませんものねっ。うふふっ)
素敵な未来を実現すべく、こっそりしっかり悪巧みを始めるのだった。