これが戦争、これも戦争4
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帰って参りましたカッツェの街!
いやぁ、戻ってくるまで長かった。
いつもどおり、薬草をギルドに卸すだけの簡単なお仕事が、何をどうして1週間もかかってしまったのか……
だけど、これでようやく自分の部屋でゆっくり寝られると思うと足取りも軽くなるな。
帝国相手に常識を教える教室まで開くことになり精神的な疲労は倍になってしまったが、しばらくゆっくりできるので過去のことは忘れよう。
魔道通信で義兄に事の端末を詳細に話しておいたので、俺が悪くないことは理解してもらえただろう。
戦争になるのが決定したけど、きっと王国なら俺なしでも勝ってくれるはずだ。
むこう1年分ぐらいはしっかり働いたし、俺はのんびり王国が勝利したって報告が届くのを待つとしよう。
「待て」
自室へ入ろうとしたところ、何者かにがっちりと肩を掴まれてしまった。
力込めすぎじゃない? 痛いんですけど……
痛いよ?
だから痛いって……
「あの……放してくれません? リオンさん」
「お前は部屋に入って何をする気だ?」
「寝る」
寝るったら寝る。
とりあえず48時間ぐらい寝て、起きたら二度寝して、起きたら三度寝して、起きたら四度寝ぐらいする」
「それが許されるとでも思っているのか? えぇ、戦爵閣下?」
「そういや、そんな有難くもない爵位もらってたな。よし、カッツェ伯爵、君に私の持つ全ての権限を委ねよう」
「そんなことが出来ると本気で思っているのか?」
無理ですか?
やっぱ無理ですよねぇ……
寝たいのに……
「それよりもなぜこの屋敷に戻ってくるんだ? お前は領地も与えられただろう」
あぁ、そんなありがたくもない副賞もありましたね。
どこだっけ?
王都の近く?
やだよ。姉貴が来そうじゃん。
また説教という名の5時間耐久拷問レースとかやりたくないよ?
まぁ、それをリオンに言ったところで一蹴されるのがオチだな。
「まだこの部屋に私物もあるし、冒険者ギルドで手続きもしないといけないからな」
「安心しろ。部屋の中身は全てお前の領地に送ったし、ギルドの手続きは私が代行しておいた」
え? なにそれ?
つまりこの部屋にはベッドもないの?
俺にどこで寝ろって言うんですか?」
「だから寝るなと言っている!」
「心を読むなよ」
「だからお前はいつもいつも声に出してるんだよ! 戦争になるんだぞ!? 少しは緊張感を持て!」
「いや、無理無理。裏もわかってるから焦る必要ないんだもん」
「なにが『もん』だ! しかし、どうやって情報を得たんだ? 信憑性は?」
「愚問だよ。帝国にとても都合のいい協力者がいてね。裏も知ってるから焦る必要もないって」
「……アビゲイル姫殿下か? 都合のいいなどと悪ぶってもお前の性根は知っているんだぞ?」
リオンも同級生だったからアビゲイルのことは知っている。
ついでに言うと、俺の初めてが失われる事件に荷担していたので、俺とアビゲイルの関係も知っている。
「ようやく身を固める決意をしたのか?」
「人生の墓場には入りたくないでござる」
「結婚も悪くはないぞ? 仕事にも張りが出るというものだ。結婚を墓場などと言う輩は、結婚をゴールと考えて関係を維持する努力を怠る人間の戯言だ」
「お前は既婚男性の半数以上を敵に回すつもりか!?」
いや、実際どのくらいがそう思ってんのかなんて知らんけど。
たぶん半数ぐらいなんじゃね? ってだけだけど。
少なくともお前の価値観を俺に押し付けないでくれ。
「まぁ、冗談はこれくらいにしておこう。それで? あれだけ大層なことを演説で言っておきながら結局戦争は防げなかったのか?」
「帝国さんが最初から最後まで戦争がお望みだったからなぁ……そうそう、こいつが卵だったときに盗まれた件も裏で糸引いてたのは帝国だったよ」
「相変わらずトラブルを引き寄せやすい体質というか何というか……いや、詳しい話を聞いておこうか。そのドラゴンの子どもはどういった経緯でお前の下にいるんだ?」
「かくかくしかじか」
「意味が分からん。なんだそのかくかくしかじかとは」
「文章で書くと長くなるから、説明をしてますよって言う表現方法だな」
「きちんと最初から最後まで説明をしろ!」
かくかくしかじか。
「なるほど。お前の実力を考えればありえない話ではないな。しかし、ドラゴンを嗾けようとするとは帝国は相変わらずだな」
「そう簡単に変わるわけないって。それこそ、アビゲイルが女帝にでもなれば変わるんじゃないのか?」
「そうはならないだろうな。彼女がそれを望まないだろう」
「しかし、そうしたら帝国をどうするって言うんだ? たしか今の皇帝には子どもがいないし、早々に帝位継承を放棄したアビゲイル以外は泥沼の後継者争いで軒並み死んじまっただろ?」
裏の理由も含め、戦争になった経緯を考えれば、皇帝の退位は免れない。
まず間違いなく抵抗がある魔族を仲間に引き入れ、国として最低の行為であるドラゴンを嗾ける行いまでして負けるのだ。皇帝の求心力の低下は確定だ。
そんな状況で帝位に有り続けるのは愚策以下の行動なので、敗戦の責任を取って退位するのが順当だろう。
しかし、アビゲイル以外に帝位を継承できるような皇族はいないはずだ。
「皇族の血を引いた人間を作り上げるなり、方法はいくらでもあるだろう。一番簡単な方法もあるしな」
「それってもしかしなくてももしかするやつですか? 絶対嫌だよ?」
あれでしょ?
アビゲイルを俺の嫁にして、俺が中心になって帝国だった場所を統治するってことでしょ?
絶対嫌だ。
「まぁ、政治的なことを俺たちが考えてもしょうがない。決めるのは陛下だ。俺たちは戦争に勝つことだけを考えようじゃないか」
「そうかそうか。では頑張れ、俺は客間で寝る」
「だから寝るな」
だって準備段階で俺にやることないじゃん。
寝かせてくれ。
できれば戦争が終わるまで。




