4話 これが戦争、これも戦争1
27
窓の方から聞こえてくる小鳥のさえずりを半分寝ぼけた頭で聞きながら体を起こす。
あぁ、久しぶりの朝チュンってやつだなぁなどと下らないことを考えながら隣に目を向けると一糸も纏わず横になったアビゲイルの姿がある。
「…………またやっちまったなぁ……」
額を押さえながらそうこぼす。
いや、今回は前と違って薬は盛られてないし、自分の意志があったことは否定しない。
淡い期待をこめていろいろ誤魔化して乗り気じゃないことを示してはみたが、こいつとの関係を考えれば部屋に入れた時点でほとんど同意したのと同じなのだ。
未婚の男女が夜に部屋で二人きりっていうのは身分の高い人間にはそれぐらいの意味がある。
だからと言って、まずいことをしてしまった事実に変わりはないだろうが……
責任取らないと拙いかなぁ……
「おはようございますカイト様」
いつの間にやら目を覚ましたらしいアビゲイルは、はにかんだ笑みを浮かべながらそう言ってシーツで身を隠す。
さすがに朝になって恥ずかしくなったんだろう。
「ああ~……アビゲイル?」
「責任を取れとは言いませんわ」
「ん?」
責任について話をしようと思ったが、アビゲイルが先に切り出してきた。
責任取れって言わないの?
ここぞとばかりに言ってくるもんだと思ってたよ。
「ただ、戦争は避けられぬのでしょう?」
「まぁそうだろうな」
ハインリヒが大陸統一という下らない野望に取り憑かれている以上、今回は回避できたとしても戦争が起きるのは時間の問題だ。
「でしたら、どうかカイト様の力が及ぶ範囲で帝国の民をお助けください」
それはもう、責任取れって言ってんのと変わらないだろうが……
しかし、自分の幸せ、自分の想いよりも民を優先する。
本当にお前はいい女だよ。
「さすがに……戦場に立った人間はどうしようもないぞ?」
「わかっておりますわ」
「ならいい。俺も無駄に人が死ぬのは見たくないからな……出来る限りのことはするよ」
俺はベッドから降りると手早く身支度を調えると昨夜は閉じられていた扉を開き外に出た。
そんじゃ、責任を取らせてもらいましょうか。
「昨日の今日でいったい何用だ? 貴公の言う証拠はまだ届いておらんぞ?」
朝一で謁見を申し込み、無事にこぎ着けた場でハインリヒは早速攻撃を仕掛けてきた。
しかし、それも道化でしかないことをまだ気づいていない。
「まさか御国で問題でも起きたのか? たとえばそう、街がドラゴンに襲われたなどと」
ピエロである。
ハインリヒはまだ自分の仕掛けた罠が失敗していることを知らないので、完全に上手くいったつもりでいるようだ。
まぁ、昨日の今日で朝一に急ぎの謁見を申し込めば、何かがあったと思うよな。
「いえ、国で問題はおきていませんが、昨夜アビゲイル姫殿下とお話しする機会に恵まれましてね。私の連れたペットを見て大層珍しい、初めて見たなどと感激してくださったのです。たしかに私も珍しいペットだと思っていましたので、せっかくですから皇帝陛下にもご覧に入れようかと思いましてね」
言いながら俺は、小脇に抱えていた布の塊を前に差し出す。
危険がないか確認するために侍従が近づいてきたのを見計らって、布をほどいて中身を露わにした。
「っ!?」
謁見の間に立ち並んだ面々は一様に顔を驚愕に染める。
そりゃそうだ。
誰が見ても俺が差し出した布の中にいたのはドラゴンなのだから。
「普段は冒険者家業をしてましてね。先日、竜の山にほど近い深淵の森の深部でドラゴンの卵を運んでいた馬鹿者たちが猪頭に襲われたところに遭遇しました。残念ながら馬鹿者たちは猪頭に殺されて、卵は私が回収し、それから紆余曲折を経てこのドラゴンの親にこのドラゴン……シンディアを育てて欲しいと頼まれたのですよ」
「ほ、ほぅ……さすがは400年ぶりに戦爵に叙された貴公らしい武勇伝ではないか……」
ハインリヒ皇帝陛下、声が震えていらっしゃいますよ?
まぁ仕方ないよな。
散々俺の裏をかいたつもりで煽ってきたくせにとっくのとうにそれは失敗していたんだから。
踊らせてるつもりが踊らされてるんだから、赤っ恥もいいところだろう。
「ま、待てっ!」
立ち並ぶ帝国貴族の中からでっぷりと太った男が一歩進み出てきた。
「ん? なんですか?」
「本当にそのドラゴンは親から預かったとどうやって証明するのだ? 我々を油断させておいて、帝国にドラゴンの怒りをぶつけさせるつもりではないのか!?」
「そんなことをするわけないでしょう」
お前らじゃあるまいし。
俺や勇者様のような例外を除けば、本来この世界においてドラゴンって存在は、アンタッチャブルな存在だ。
そして、そのドラゴンを故意に怒らせて他国の攻撃に利用する行為は禁忌とされている。
それはそうだ。
ドラゴンの怒りは軍人か民間人かなどの区別なく等しく全ての人間に向けられる。
この世界にも戦時国際法のようなものはあり、民間人を攻撃する行為は極力避けるのが原則とされているので、軍民の区別なく猛威を振るうドラゴンをけしかけるようなマネは明らかにそれを無視した行いだからだ。
ちなみに、傭兵や一部の兵が暴走して略奪行為に走ることもあるにはあるが、基本的に民こそが国力の源であるという認識が一般的であるため略奪どころか無理な食料の徴発なんかもほとんどなされないのがこの世界では普通である。
「では、どこかの村や町が襲われたという報告でも入っているのですか?」
「い、いや?」
「私が帝国領に入ってから今日で3日目ですよ? 大陸を1日で横断すると言われるドラゴンが子どもを奪われたのならとっくに帝国で暴れ回っているのではないですか?」
「む……むぅ」
デブ貴族は反論が思いつかないのか、口惜しそうな顔を浮かべながらもそれ以上口を開くことなく下がった。
いつごろあの馬鹿共が卵を盗み出したのかはわからないが、あいつらの実力と荷車のことを考えれば、そうとう深淵の森に近い場所から盗み出したのだろう。
少なくとも盗み出してから半日と経っていなかったはずだ。
そして、馬鹿が死に俺が卵を拾ったその日のうちにチョコ蜥蜴が現れたことからも卵を盗まれたドラゴンが迅速に行動することははっきりしている。
そんな実際にあったことは知らなくても、ドラゴンって存在はその実態を知らない人間にとってあまりにも強大な存在なため、もはや何でもありの超常的化け物という誤った認識が広がっているので、ドラゴンならばそれもあり得ると思ってしまったのだろう。
「どうやら納得いただけたようで安心いたしました。どうです? 皇帝陛下も抱いてみますか? 二度と経験できないかもしれませんよ?」
「い、いや……小さな生き物というのは苦手でな。遠慮しておこう」
「そうですか……それは残念ですな。あ、そうそう。ドラゴンのことで思い出しましたが、このドラゴンの卵を盗んだ馬鹿な冒険者たちが死ぬ間際に面白いことを言っていたのですよ」
「ほ、ほう……なんと言っていたのだ?」
「帝国なんぞの口車に乗るんじゃなかった。とね」
面白いぐらい空気が張り詰めましたね。
笑える。




