妄執の帝国5
22
箱を抱えて割り当てられた部屋に入る。
謁見の間を出てから案内された部屋は、国の賓客を泊めるための部屋であるためになかなか豪奢な作りだ。
いくら俺がドコカノン王国の人間とは言え、そこはさすがの帝国もきっちり対応できるらしい。
ソファに身を沈め、これからどうするのかを考える。
とりあえず、案内してきたメイドに言って、城の厩舎の使用許可とこの部屋に小動物のペットを入れる許可を取った。
2、3日城に留まる可能性があるなら、愛馬は手元に置いておきたいと言えば簡単に許可は下りたのでそこはありがたいことだ。
早速城を出て、回収したシシカは城の厩舎に預け、ドラゴンベイビーの入った箱を抱えて部屋に戻ってきたところである。
「窮屈だったか? ごめんな」
さすがにドコカノンの王都と違って、ドラゴンを預かってくれるような顔なじみの厩舎がこの帝都にはないので、さっきまでドラゴンベイビーは小さな箱に詰めてシシカと一緒の房に預けていたのだ。
それにしても、改めて考えるといくら俺が連れてきたからって渋りもしないでドラゴン預かる王都のあの厩舎は大したもんだ。
あんな感じの馴染みが帝都にもあればよかったんだが、さすがにそれは無理な話だろう。
「いやぁ……まさかお前の件の黒幕が帝国だとはなぁ……」
クッションの上で丸くなるドラゴンベイビーの顎を撫でながらそう呟く。
ドラゴンの怒りに触れることが確実な卵を盗むなどという無謀なことをした馬鹿な冒険者たちがいったい誰に依頼を受け、依頼主にどのような意図があったのか甚だ疑問に思っていたが、すべて合点がいった。
裏で全ての糸を引いていたのは帝国だったのだ。
ドラゴンにドコカノン王国が襲われればいいと思っていたのだとは思うが、それだと新たな疑問も出てくる。
まず第一にドラゴンが襲う範囲が王国に留まるとは限らない。
もしかしたら、帝国も被害を受けていた可能性は否定できないだろう。
第二にドラゴンによってどの程度の被害を出そうと考えていたのかが分からない。
さすがに本気でドコカノン王国がドラゴン1匹に滅ぼされるなんて考えているわけはないだろう。
ドラゴンによって国が滅ぼされたって話が過去にあったとされているが、正直眉唾もいいところなのだ。
ドラゴン1匹の保有する魔力はおおよそ人間の魔法兵1人の1万倍程度といったところで、単純計算すれば魔法兵が1万人いればドラゴンに対抗できることになる。
現実はそんな数字で簡単に計算できるものではないが、それでもドラゴンに国が襲われれば冒険者も動くだろうからドコカノン王国の戦力は10万人を軽く越える。
1万の兵と互角の戦闘力を持った1個体が相手なら10万もいれば被害は出るだろうが撃退するぐらいなら不可能ではない。
第三にドコカノン王国の最大戦力であり、帝国が最も憎んでいるだろう俺が死ぬとは限らないことだ。
そうそうあることではないが、勇者召喚や古代遺跡から強力な魔道具が発掘されるレベルの大陸統一を再び目指そうと思える何かを得た場合、大陸統一を目指すには俺という存在が最大の壁になる。
ドラゴン程度で俺を排除できると考えていたのかはわからないが、そうだと考えていたならドラゴンを操作できるわけでもないのだから、俺が殺されるかどうかは賭けだ。
俺が帝国の人間なら、確実に俺を殺せる手段を用意する。
これらの疑問を総合すると、帝国はドラゴンでドコカノン王国にダメージを与え、俺を排除し得る何かのために時間を稼いでいたと考えるのが妥当だろう。
「しっかし、それがわかれば苦労はないってな」
俺を排除し得る何かの正体は皆目見当がつかない。
都合よくそれが何かを教えてくれるような人間がいればいいのだが、本人にそんなことを教えてくれる馬鹿はいないだろう。
「ん?」
扉がノックされ、俺はソファから立ち上がった。
ドラゴンベイビーがいなければ、入れと一言言えばいいのだがいるのだからそんなわけにもいきはしない。
扉を開き訪問者を見た瞬間、思わず俺は固まってしまった。
「お久しぶりですわね、カイト様?」
「あ、ああ……お久しぶりですアビゲイル姫殿下……」
扉の前に立っていたのは、前の戦争の責任を取って隠居した先帝の娘にして現皇帝の妹に当たるアビゲイル・ルファートだった。
つまるところ帝国のお姫様……いや、ぶっちゃけ俺が学生の時にドコカノン王国に留学してきた元同級生だからお姫様って言うのにはちょっと年齢が行き過ぎ――ヒッ!?
あれ? 今回は間違いなく声に出してないはずなのにものすごい殺気が……
「カイト様、女性に年齢の話は禁句ですのよ?」
「声に出してました?」
「いいえ。そのようなことはありませんわ」
じゃあ、なんで分かるんだよ……
相変わらず超能力者じみてるなこいつは……
「ところで、立ち話も何ですし中に入れていただけませんの?」
「あ、いや……ちょっと今はダメかな?」
今部屋に入られたら、ドラゴンベイビーが見られてしまうではないか。
「そう仰らないでくださいませ。紅茶の一つも入れて差し上げますわよ?」
「そういうのはべつにいらんから。つうか、お姫様ならそんなことは侍女にやらせなさいなアビゲイル姫殿下?」
「うふふ、どうぞあの夜のようにアビーとお呼びくださいませ。そうですわ。愛し合う男女が再会したのですから、褥を共にいたしましょう」
そんな名案思いつきましたみたいに言うけど褥を共にってあなた……
「お姫様がそんな直接表現しちゃまずいでしょうよ……というか、あれは一夜の過ちだった……ん? 違うな。あれはお前にハメられただけだから、ノーカンだろ」
「何を仰っておりますの。ハメたのはカイト様でしょう? それにノーではなくワですわね」
「だから、下ネタやめい……しかも2つも」
ノーをワに変えたら大変な言葉になっちゃうじゃん。
そもそもワだったと考えてるのはお前だけで、俺はやっぱりノーだったんだから俺たちの主張はどこまで行っても平行線だ。
クスクス笑わうな。
「ふふ、それにヤッたことは事実なのですから、責任を取っていただかないと……」
「あんたが俺のとこに嫁入りすんのも、俺があんたのとこに婿入りすんのも無理だって分かってる?」
「愛の前には些細な問題ですわ」
全然些細じゃないからな?
それに俺の方には愛は……ない。うん、ない。
アビゲイルは美人だよ? 見た目はクール系というか、いかにもってぐらいのお嬢様って感じだし、出るとこは出てるスタイル抜群のダイナマイッだしね。
見た目に反して下ネタ乱発するところは好みが分かれるだろうけど、俺は別に嫌じゃない。
ちょっと圧は強いけど、根は優しいことはわかってるもの。
だけど、俺は人生の墓場には入りたくないのでござる。
「楽しいですが、冗談はここまでにいたしましょう。カイト様?」
「なんだよ……帰ってくれるのか?」
急に真面目な顔していったいどうしたって言うんだ?
「お話がありますので、中に入れてくださいませ」
「だからダメだって」
「よほど見られたくないものがあるのですね。いいでしょう。中で見たものは口外しないと約束いたしますわ。ですから中に入れてくださいませ」
さて……どうするか……
正直なところ、学生時代にヤンチャした姿を見せているので、アビゲイルならドラゴンベイビーを見て驚くことはあっても取り乱したりする心配はない。
しかしながら、俺にはドコカノン王国を代表してきているという立場があるので、お姫様と二人っきりで密室にいるという状況は非常に拙いのだ。
「いったい話ってなんなんだ?」
「兄の狙いについてですわ」
いるわけないと思っていた、話してくれる馬鹿がいたよ。




