王都には行きたくない5
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ぐちぐちと不満たらたらなリサを後ろに乗せ、俺たちはカッツェの街へと戻ってきた。
やはりというか、早朝と言っていい時間に外から街へ戻った――つまり、外で一夜を明かしただろう俺に門衛は大層驚いて心配もしていたが、余計なお世話である。
何が洗濯物干してるのに今日は雨が降るのか? だ。せめて俺の心配しろよ。
領主館に行くまでの通りでも、仕事場に向かう人間やその人間を相手にものを売る連中が領主館へ向かう――つまり、今から帰る俺の姿をみてギョッとしていた。
初めてドラゴンを頭に乗せて歩いていた昨日よりも朝帰りした方が驚いているってこの街の人間はいったいどういう基準で驚くの?
あ、ドラゴンと言えば、この赤ん坊に名前をつけてやらないとな。
というか、昨日から一度も目を覚まさずに俺の頭を陣取っているけど、こいつは寝過ぎじゃないだろうか?
あ、いや、朝起きた時はいつの間にか腹の上に移動してたし、夜中に起きたのか? 何かあったらすぐ起きられるように警戒していたっていうのに俺を起こさずに腹へ移動したのは驚きだ。
そんな益体もないことを考えながら歩いていると領主館へと辿り着く。
昨日は散々リサが揉めていた門を顔パスで通るとズンズンと領主館を進み、一際豪奢な作りの扉をノックもなしに開け放つ。
「おう、帰ったぞ不良領主! 喜べ、お前に仕事を持ってきてやったぞ」
「よく帰ったな。だいたいの話は魔道通信でシュルムから聞いている。このまま王都へ行ってくれ」
「はい?」
先制パンチを繰り出したら見事にカウンターをくらったでござる。
え? 王都? 王都ってあの王都? 俺が死ぬほど近づきたくないあの王都?
「事が事だ。リサだけでは心許ないからお前も一緒に行ってやれ」
「ノー。絶対にノー! お前が行け」
「しかし、俺は兵を連れてリッタナと国境を固めねばならん。お前が代わりにやってくれるのか?」
「んぐ……」
「周辺の領主とも連携する必要があるな。お前がそれも代わりにやってくれるのか?」
「ぬぐぐぐ」
国境は広い。
谷や山のように壁を築けるような場所ならば防衛拠点を作るのも楽になるが、平原を壁で遮るのは難しい。一応、国境あたりに関所はあるが、砦とも呼べない小屋のようなものでは軍単位の敵を防ぐことなど出来はしない。
さらに、敵が素直に道を通るとは限らない。
平原ならば、わざわざ道を通らずに攻め込むのは戦の常道だ。それを防ぐためにはこちらは広い範囲で軍を展開する必要がある。
俺が個人で動く際にリオンの名で人を裁く権利を与ることは出来るが、それはあくまでも全てを俺1人でこなすことが前提だ。リオンの代わりにカッツェの兵士や住民に命令する権利はリオンが許しても国の法が認めない。
さすがの俺でも国境全てを1人で警戒するのは難しい。さらにリッタナ村のケアまですることを考えたら、ちょっとキャパオーバーですね。俺には無理だ。
「なに、ちゃちゃっと行って、さっさと帰ってくればいいだろ?」
「それが出来ると思ってるのか?」
他人事だからってテキトーなこと言いやがって……
「その……カイト……殿は王都に行くのが嫌なのか? 昨日は王都へ突き出すと伯爵様が言っていたが、もしやお尋ね者ではあるまいな?」
話が分かってないリサがとんでもないことを言い出した。
いや、ある意味お尋ね者みたいなもんだけど、人を犯罪者扱いはしないで欲しい。
「いや、それは違う。いくらこいつが私の友人でも犯罪者に敷居をまたがせるようなマネはしない」
お前ならむしろ喜び勇んで牢屋に入れようとするだろうな。
「そうですか……ではなぜ?」
「…………姉貴がいるんだよ」
「姉君? なんだそれは? 家出でもしているのか?」
姉が王都にいる、だから行きたくない。その論理的な帰結が理解できないリサは頭にハテナマークを浮かべそうな表情で首をひねる。
「ある意味で恐ろしい人だからなこいつの姉君は」
「……そんなに恐ろしいのですか?」
「力が強いとか魔法がすごいとかそういう恐ろしさじゃないけど、俺は絶対会いたくない」
「私は王都に行くたびにお前の姉君からお前のことを根掘り葉掘り聞かれるんだぞ? いい加減顔を見せてこい」
「絶対に嫌だ。そうだよ、どうせ俺を一緒に行かせる理由なんて、リサ1人だと時間がかかるからだろ? 王都の外までは送ってやるからそれでいいだろ?」
「残念ながら、お前自身からの報告が必要なんだよ」
「なんでだ!?」
「戦争になりかねない導火線に火をつけたのはお前だろ?」
マイガッ! 俺はお前の名前で豚を殺したんだぞ?
つまり、責任はリオンにある。
だから俺は行かん。絶対に行かん」
「それでも行ってもらう。というか、すでに王都にはお前が行くと伝えてしまったからな」
「ぶっ殺すぞこの野郎!」
なんてことしてくれやがったんだこいつは……
王都に報告したって事は完全に姉貴にも話し行ってるじゃん。
出迎えられるの決定してんじゃん。
ていうか、これもう行かなかったら姉貴がこっち来ちゃうパターンじゃん。
「お前はいったい俺に何の恨みがあるって言うんだ……」
「恨みはないさ。本当に便利な男で感謝しているぐらいだぞ?」
「シィィィィット! マザ●ァッカァァァ!」
感謝してるなら俺を地獄へ落とすようなマネしてんじゃねえよ。
「何を言ってるのか分からないが、そう褒めるな」
「褒めてるわけないだろうがこのクソッタレ!」
その後もギャーギャーギャーギャーとリオンとのやり取りを重ねるが、俺を待ち受けている未来は変わらない。
というか、もう変えられない段階に来てしまっていたのだ。
王都なんて行きたくないのに……




