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私だって喰われたい  作者: ユノ・サカリス


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7/18

第七夜《叫びと逃げ足》

町田ライブの前日だった。


明日は、Masakiに会える。

それだけを糧に、私はこの1ヶ月を生きてきた。


制服のままバイトから帰宅し、真っ先に部屋の隅に積まれた古雑誌の山に手を伸ばす。

中ほどのページをめくると、そこに――あった。チケット。


でも、それだけだった。


チケットが一枚、ふわりと落ちたその下には、何もなかった。

一万円札が二枚。

なければならないはずの、それが……ない。


「……え?」


音がしなかった。


雑誌をひっくり返して、何度も確認する。

床も机の下も探す。

でもない。

記憶を辿る。隠したのは一昨日の夜。

確かにあった。

なのに、今はもうどこにもない。


頭の中に、ゆっくりと憎悪の影が忍び込んでくる。


――犯人は、わかっている。


母がそんなことをするはずがない。

私が推し活のために毎日バイトしてることも知ってる。

理解してるとは言わないけど、応援はしてくれてる。


でも、あいつは――

あのクソオヤジだけは、違う。


何度もやられてきた。

財布から数千円抜かれるのなんて、もう慣れっこだった。

だけど、このお金だけは違う。


これは、喰われるための金だ。

私の祈りそのものだ。


ガタッと椅子を鳴らして部屋を出る。

居間のテレビはつけっぱなし。

テーブルにはビールの空き缶が3本と、開きっぱなしのコンビニの袋。

義父はソファでだらしなく座っていた。


怖い。

でも、聞かなきゃ明日、私はMasakiに会えない。


「……お義父さん、さ」


喉がひりつく。

言葉がつっかえる。

でも、絞り出す。


「お金……盗った?」


沈黙。

テレビの音がうるさくなる。

義父はゆっくりこちらを見た。


「あぁ?……あー、ごっつぁんです」


そう言って、笑った。

空き缶をカランと鳴らしながら。

その顔に、罪悪感なんて一ミリもなかった。


心臓がドクンと鳴った。

喉が熱い。手が震える。


「……何してくれてんだよ、クソオヤジ!!」


思わず、叫んだ。


その瞬間、空気が変わった。

義父の顔から笑みが消える。

ゆっくりと、しかし確実に、視線が鋭くなる。


背筋に氷の柱が落ちてきたような感覚。

殺される。


そう思った。

直感だったけど、間違ってなかった。


カタン――!。

テーブルの上にあった空き缶が、私の額を掠めて飛んだ。

鈍い音と、火花のような痛み。

皮膚が少し切れたのがわかった。


声が出なかった。

怒りでも、悲しみでもなく、恐怖で。

私はそのまま、何も言えず、家を飛び出した。


外の空気は、10月とは思えないほど冷たかった。

財布もない。スマホとチケットだけ握りしめていた。


アパートの階段を駆け下りながら、涙がこぼれた。

それは痛みのせいじゃなかった。

怒りのせいでもなかった。


悔しかった。


Masakiに会いたかった。

そのためにバイトして、我慢して、節約して、やっと用意した“祈りの結晶”だった。

それを、あの男はビール三本とツマミに変えた。


何もかもがバカらしくなりかけた。

でも、ポケットに手を入れると、チケットがそこにあった。

その存在だけが、私を現実に引き戻す。


まだ終わってない。

私には、このチケットがある。

これを握っている限り、私は“喰われるチャンス”を失ってない。


夜の街を、制服のまま彷徨う。

どこへ行くのかも決めてない。

でも、家には戻らない。

あの男がいる限り、あそこは地獄だ。


明日、Masakiに会いに行く。

そのためなら、今夜どこで眠ってもかまわない。


私は、喰われる側。

食べ物は冷蔵保存しないと腐るんだ。

だったら今夜だけは――冷たい空気で自分を保つしかない。

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