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私だって喰われたい  作者: ユノ・サカリス


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2/18

第二夜《家庭という名のジャンクルーム》

風呂場のドアが割れかけている。

私の部屋のドアノブは、去年から外れたままだ。

居間には、義父が吸ったタバコの灰が散らかっている。

誰かが片付けるわけでもない。


ここは、家という名前だけが残ったジャンクルームだ。


私は毎日、ゴミと怒鳴り声の中で暮らしている。

冷蔵庫には調味料しかなくて、食材はない。

インスタント味噌汁をすすりながら、ライブハウスの動画を観る。


Masakiの声が流れた瞬間だけ、何もかもが遠ざかる。

あの人は叫んでいるのに、私を静かにしてくれる。


「テメェの飯はねぇぞ」


義父の怒鳴り声が、部屋の隅に跳ね返る。

私のバイト代で買ったビールを、寝転がってテレビを見ながらあおっている。

そんな毎日だ。


母は、見て見ぬふりが上手くなった。

昔は守ってくれた気がする。

でも今は、義父の顔色ばかり見ている。


「余計なこと言わないでね」

 

それが口癖になったのは、いつからだっただろう。

いつからか、“ここにいる”って実感がなくなった。


自分の部屋は物置みたいに狭くて、布団の横にダンボールが積まれている。

夜になると、いつもスマホを胸に抱いて眠る。


Masakiのインスタ。

Masakiのライブ写真。

Masakiの声。


――私のこと、見てくれるかな。

――名前、呼んでくれるかな。


ありえないって、わかってる。

でも、ありえないことだけが、私を人間らしく保ってくれる。


学校では、クラスの女子に距離を置かれている。

バイト先のコンビニでは、シフトの多さを笑われる。

家では、物扱い。


私が私でいられる場所なんて、ライブハウスの中しかない。

音が鳴って、照明が走って、Masakiの目が誰かを撃ち抜く瞬間だけ、心臓が、ちゃんと動く。


この前、義父が言った。


「お前もそのうち、ろくでもねぇ女になるな」


もうなってるよ、って思った。


ライブに行くために、週5で働いてる。

食費は削って、交通費に回してる。

ギリギリのバッテリーで生きてる。


それってもう、“ろくでもない”に片足突っ込んでると思う。

でもさ……。

だったらもう、Masakiに喰われたほうがマシだ。

どうせ価値なんてないなら、せめて好きな人に消費されたい。

見向きもされないくらいなら、使い捨てでいい。

Masakiになら、雑に扱われてもいい。

そう思ってる私は、きっとどこかが壊れてる。

でも――

その壊れ方が、やけに居心地よくなってきた。


今日は義父がリビングで寝ている。

母は、もう今夜は帰ってこない。


イヤホンを差し込んで、音量を少しだけ上げる。


Lazy Emotionのイントロが流れる。

Masakiの声が胸に刺さって、血の代わりに、涙が滲んだ。


ここが地獄でもいい。

ここがゴミの中でもいい。

この音だけは、ゴミじゃない。


今夜も、誰にも見られないベッドの中で祈っている。


――Masakiに、喰われますように。

 

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