第十八夜《喰らうデスボイス》
一年半後の渋谷。
黒い服を着た人波が、駅前から続くライブハウスの列を埋めていた。
キャパ2000人の会場が、今夜はソールドアウト。
入場待ちの客たちの半分以上が男。
その誰もが殺気立ったような目をしていた。
今夜の主役は、Vanilla Claw。
かつて「Crimson Cat」と呼ばれていたバンドの、再生体だった。
あの淫行スキャンダルから一年後、残された楽器隊四人が新たなボーカルを迎えて復活した。
方向性は大きく転換された。
耽美なヴィジュアル系ではなく、咆哮するような轟音デスメタル。
それが逆に刺さった。
異例の速さで動員を伸ばし、口コミで話題となり、“あのクリキャの亡霊が蘇った”とまで言われるようになった。
やがて照明が落ち、轟音が会場を飲み込む。
楽器隊が登場し、演奏が始まる。
ズシリと腹に響くリフ。
フロアが揺れる。
観客の野太い声援が、それに応えるように重なった。
そして、ボーカルが登場する。
身長は高くない。
黒いフードをかぶった、線の細いシルエット。
けれど、その姿を見た瞬間、空気が張り詰めた。
観客が息を呑む。
そして、その声が響く。
「……遅ぇよ、地獄」
低く、鋭く、何かを裂くような声だった。
会場が爆発する。
「テメェら、まだまだ足りねーよ! 軟弱野郎どもが!」
次の瞬間――
「喰い散らかしてやろうかゴラァ!!」
鋭く、突き刺すように。
女の咆哮が、フロアの空気を切り裂いた。
その直後――
「ヴゥオーーーーーー!!!」
女性とは思えない、地を這うようなデスボイスが会場の底から響いた。
一気に観客が首を振りはじめる。
フロアの最前列では、ヘドバンで首がもげそうなほどの動き。
身体の芯が揺れる。
暴れたくてたまらない感情だけが、音と熱の中で蠢いていた。
フードの中の瞳は、もう迷ってなどいなかった。
Masaki、見てる?
私の王子様。
神様だった人。
この人生の、すべての中心だった存在。
でも今――
私のステージは、ここだ。
喰われたいと願ったあの日の私に、言ってやりたい。
願いなんて捨てて、“喰う側になれ”って。
Masaki。
あんたの夢、引き継いでやったよ。
あんたに喰われたくてたまらなかったあの頃の私を――
私は、ここで殺した。
そして今、私は“喰って生きる”側になった。
喰われることにすがっていた私はもういない。
欲しいものは、自分で喰いちぎる。
自分の手で奪い取る。
そう決めた日から、私はもう、誰の祈りでもない。
Masaki――また這い上がってこい。
もしステージに戻ってこれたら、そのときは私に喰ってくださいと跪け。
“あんたのすべてを、私が喰ってやる”




