第68話 最初の儀式
儀式の日は、朝から異様な熱気に包まれていた。日照りが嘘のように、空には分厚い雲が垂れ込めている。
白無垢を纏った松姫と、同じく白い着物を着せられた佐助は、慈恩寺の地下へと導かれた。 水時計の部屋は、無数の蝋燭で照らされ、幻想的でありながら不気味な光景が広がっていた。
「始めよ」
忠愛の冷たい声が響く。
床から水が湧き出し、見る見るうちに水位が上がっていく。 水が腰まで来た時、佐助は姫を強く抱きしめた。
「姫様、愛しております」
「私もです、佐助」
水が首まで満ちた、最後の瞬間。 二人は、唇を重ねた。それは、死の淵で交わされた、永遠の愛の誓いだった。
そして、水は二人を飲み込んだ。
水が引いた後、水時計は以前よりも力強く脈動していた。 ぽたん、ぽたん、と滴る水は、鮮やかな赤色に染まっていた。
しかし、松姫の姿はどこにもなかった。 佐助と共に、彼女もまた水時計の一部と化したのだ。
忠愛は、娘の名を呼びながら泣き崩れた。しかし、もう遅い。 彼の狂気が、愛し合う二人を永遠に引き裂き、そして呪いの連鎖を生み出してしまった。
その日の夕方、藩には待望の雨が降った。 人々は恵みの雨だと喜んだが、それは水時計が流す、最初の血の涙だった。
呪いは、こうして始まった。愛を渇望する、孤独な水神の物語として。
——けれど、後に水底でこの瞬間を見つめ続けることになる魂は、知っていた。あの最期さえ、本当は、対等ではなかったことを。「水と一つになりたい」と望んだのは、松姫だった。佐助は、ただ、姫を一人にできずに、後を追っただけ。姫が手を引き、佐助がついていった。先に水を選んだ者と、選ばれた水へ従った者。その間には、髪一筋ほどの、けれど決して埋まらない段差があった。水神は、その段差ごと、二人を飲み込んだ。だから、佐助の愛は、最後まで宙に浮いたまま、誰にも受け取られなかった。
水神の渇きは、その日から、満たされることがなかった。捧げられる者の愛を、いつも取りこぼしてきたから。
水時計の最初の一滴が、暗い水盤の底へ落ちた。
ぽたん。
その音は、それから百五十年、ただの一度も——止まっていない。




