ホストの仕事を全うする
明日のお弁当に必要なものをスーパーで買い物をした。
その次いでうちの家でそろそろ無くなりそうなものも一緒に買った。
家に帰ると夕食の準備を進めつつ、妹たちのためにお風呂を沸かす。いつも通りのことを進めながらも頭の中は『ホスト』のこと。初日の日にホストとして来てくれた。お客さん。全員が満足してくれたかは分からない。出来る限りのことをしたつもりだけど、ホストとしての経験が明らかに不足している自分に不満がある人もいたかもしれない。
綾乃さんに自分のお客さんへの接し方で直すべきところを聞いたところ、彼女からの返答は「別にないと思うわ。見ている限りという、あなたの接し方はとても良いわ。ここまで男性と密着できて、優しく語り掛けてくれているのはあなたぐらいよ」と言ってくれた。
綾乃さんなりに僕のことを励ましてくれた。さすがに初日から厳しく言っていたら、僕が辞めてしまうんじゃないかと考えてくれたんだと思う。
夕食の準備を終えて、サランラップなどをすると、自分の分だけ食べる。
本当は家族でも食べるべきだけど、ホストとして行かなくちゃいけないので一緒に食べることはできない。母親には「友人と遊んでくる」だけ連絡した。妹たちにも同じような感じで言ったら、「え~お兄ちゃんはずっとここにいるの」とか「兄貴が非行に走る気だ」など散々だった。
妹たちにいくら引き留められたとしても仕事として引き受けている以上は行かなければいけない。
ホストクラブに行くと綾乃さんから、スーツを渡された。本当は自分で洗濯するとお願いしたんだけど、断られてしまった。
スーツに身を包めれば、髪を改めてセットして、後はホストモードに切り替える。
営業が始まるまではあと5分ぐらい。そのタイミングで綾乃さんが僕に対して、これからの予定を話してくれた。
「義幸くんがホストに慣れてきたら団体様も受け入れる予定があるわ。一応、そのことは覚えていて」
「わかりました」
今はお客さんが一人ずつなので、一人に集中すればいい。でも、団体客となるとそうもいかなくなる。ホストは僕一人、お客さんは複数人。そうなると如何に全員を退屈させずに持て成せるかが大事になってくる。
「じゃあ、今日もお願いね。義幸くんだったらどんな子も絶対にメロメロできるから心配していないけど」
「そんなことはないですよ」
「それは義幸くんが分かっていないだけよ。ほとんどのお客さんが次の予約をしてくるもの」
「え、そうなんですか!?」
「ええ、今のところリピート率は高いわ。義幸くんの接客を見れば、リピートにならないわけがないけどね」
自分としてはそこまで手応えがないので、心配ではあるものの、綾乃さんにそう言って頂けるのはありがたい。
それから少し話してから、綾乃さんはバックヤードの方に移動した。僕は呼吸を整えて、心臓の鼓動を落ち着ける。
これから、僕はホストになる。お客さんを一番に。
6人目のお客さん。30分後で終わるので、入れ代わり立ち代わりが激しい。
入って来たのは金髪ショートの女の子。見た目だけだとかなり明るいイメージを持つ感じの子。
でも話してみるとイメージが全く変わった。
「あ、あの…よろしくお願いします」
「こちらこそ、今日はお越しくださりありがとうございます。あなたにとってこの時間がかけがえのない時間になるように努力させていただきます」
入って来てから目も合っていないし、明らかに緊張しているのが伝わって来る。こういう時こそ、ホストとしてお客さんの緊張が解けるように頑張らないと。
席に案内して、飲み物の注文を済ませたら、少しずつ距離を詰めていく。
「お名前を聞いても良いですか?」
「…は、はる…です」
「ハルさんですね」
相手の名前を聞けたら、今度は自分の名前を話す。そして相手の趣味や好きなことなど話題として広がりそうなものを見つける。
これが僕がお客さんと話す時のテンプレートになっている。
色々と聞いていくとハルさんは高校生で最近は徹夜してゲームをしているらしい。この世界では高校生がホストに来るのも当たり前みたいなんだよね。だって、高校生が来るのもこれで3回目だ。
初日の日にも高校生は来ていたし。
「僕はあんまりゲームとか上手くないので、ハルさんに教えて欲しいですよ」
「…お、おしえてほしい…?」
「はい。友人とかとゲームをしたりもするんですけど、全然上手くないんです。だからいつもゲームでは最下位を取って罰ゲームをさせられるんです」
あいつらは僕が不得意というのは分かっていて、ボコって来る。本当にいつか絶対に見返してやると心に決めている。
「ゲームが得意な人に聞いてみたいんですけど、上手くなるコツとかってあるんですか?」
「そ、そうだなぁ…どんなゲームもやり込めばできると思う」
これはセンスな人だ。やり込んで出来るのはセンスだし、それだけ頑張れるのもすごいこと。
「ハルさんは本当にゲームが好きなんですね」
「すき!」
「それぐらい夢中になれることがあるのは素晴らしいことだと思います。僕もそれぐらい夢中になれることをみつけたいですし」
「すばらしいこと?」
「素晴らしいことです。どんなことでも夢中になれるものがあるのは素晴らしいですよ。僕はハルさんがゲームをしているところは見たことがないですけど、たぶんその時のハルさんはとても生き生きとしているんだろうなぁと妄想してますよ」
自分もいつかそれぐらい夢中になれるものが見つかると、もっと人生が豊かになるかな。
「…そんなこと初めて言われた」
「そうですか?僕はとっても良いと思いますよ」
しばらくはハルさんの得意なゲームジャンルなどを話した。どうやらハルさんは好きなことの話になるとかなり饒舌に話してくれるタイプ見たいで、僕は相槌を入れるぐらいにした。
「FPS系のゲームも好きだけど、ノベルゲーも好きなんです。どのゲームにもそれぞれ良さがあるんです。だから、テツさんにもゲームの良さをたくさん知って欲しいですし、色んなゲームに挑戦して欲しいです!」
「ハルさんがそこまで言うなら挑戦してみますね」
さっきまでのハルさんとは全然違う感じだけど、これが本当のハルさんなんだと思う。好きなものを語ったりするとその人の本当の部分が出てきたりするものだと思うし。
少し話すとあっという間に時間になってしまう。やっぱり30分という時間は短すぎる気もする。でも、時間を伸ばせば一日に接客できるお客さんの数を減らさなけばいけない。
その辺りは綾乃さんが考えてくれると思うので、僕の方からあんまり口は出さないけど。
綾乃さんがバックヤードから出てきて、金銭のやり取りをハルさんと行っていた。それが終わるといよいよお別れの時間。
「次の時はハルさんの笑顔をもっとたくさん見たいな」
「…え……」
「僕の所為でハルさんの緊張が解けるまで時間がかかってしまったので。もし、次に来てくれたら、ハルさんがもっと笑顔でいられるようにしますね」
最後の方でゲームのことを語っている時のハルさんは笑顔を浮かべていた。会った時の目が合わない感じじゃなくて、しっかりと射抜くように見てきていた。
お客さんには笑顔でいて欲しいし、そのために僕がいる。それに何より、僕はハルさんの笑顔を見ていたい。
「ハルさんの笑顔はとっても魅力的なので」
ハルさんはさっきまでの感じと変わって、また目が合わなくなってしまった。なんかまた距離が開いてしまった感じがするのは気のせいかな。
そしてハルさんは足早に去っていった。
「ハルさん、楽しんでくれていたらいいな…」




