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雪月花  作者: 湯灯畳
78/92

第七十八夜 救い

人は――


ゴールがなきゃ、頑張れない。


 


だから、まずはゴールを決めて。


そこに向かって、やれるだけやる。


 


そうすれば。


未来に向かって。


人間らしく。


未練なく。


安心して――


 


現世を……


棄てられるから。


 


 


私が、私でいられるうちに。


 


 


ずっと、手を伸ばしていたのに――


 


その横顔が、すり抜けた。


 


 


そして。


知るはずのない死に顔だけが――


何度も、何度も、脳裏に焼き付けられた。


 


 


救いだけが、残された。


 


 


それを、辿ってきた。


 


 


完璧に。


 


 


 


布団で、目を覚ます男。


 


虚ろに見上げる天井。


その半分は、曇った空に溶けている。


 


周囲には、皆。


看病するように、


だがどこか距離を測るように、


複雑な面持ちで、立っていた。


 


 


「……俺は」


 


ぽつり、と。


 


「ダメ、ですね……」


 


視線は、空へと向けられたまま。


 


「忘れようとするたびに」


「……引き戻される」


 


一拍。


 


「終わってる、はずなのに」


 


「……おかしいんですよ」


 


 


 


「……いえ」


 


側で、女将。


 


静かに、言葉を落とす。


 


「それは――」


 


「この場所が、呼んでしまったせい」


 


 


一拍。


 


 


「ここに、縛りつけてしまった」


 


 


目を伏せる。


 


 


「お客様だけの……」


 


「救いだったはずのものを」


 


「壊してしまった」


 


 


「……ごめんなさい」


 


 


 


酒猿が、奥から膳を運んでくる。


 


その瞬間。


男の目が、わずかに動いた。


 


 


「……せめて、少しでも取り戻せるように」


 


「線を辿って」


「形にしてみたものです」


 


「差し出がましいことを……お許しください」


 


 


小鉢に収まった、淡い色の料理。


 


 


男は、ゆっくりと身を起こす。


 


 


手に取る。


 


しばし、見つめる。


 


 


やがて。


匙で、一口。


 


 


 


――静寂。


 


 


俯いたまま。


何も言わない。


 


 


だが。


 


 


その瞼の裏で。


 


 


確かに、何かが灯っていた。


 


 


ずっと空白だった場所に。


 


触れられなかった、ひとつの温度。


 


 


繋がっていたはずの、記憶。


 


 


 


涙が、ひとつ。


 


静かに、零れた。


 


 


 


「……ありがとう、ございます」


 


 


声は、かすれていた。


 


 


「これで――」


 


言葉が、少し詰まる。


 


 


「……もう一度」


 


 


「探すしか、ないんで」


 


 


わずかに、笑う。


 


それが救いなのか、


 


それとも、


 


ただの執着なのかは――


 


もう、わからなかった。


 


 


 


雪は、やんでいた。


 


 


見送る視線の中、


男は、坂を下っていく。


 


 


手には、ぬいぐるみを抱いて。


 


 


その途中、一度だけ。


 


 


振り返る。


 


 


何かを確かめるように。


 


 


 


そして。


 


 


今度は、迷わず。


 


 


向こうへと、歩き出した。


 


 


 


――第七十八夜・了

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