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雪月花  作者: 湯灯畳
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第五十四夜 湯あたり

翌朝。


はる坊が目を覚ますと、夜桜は一人、ふさぎ込んでいた。


朝の冷たい空気が、静かに堂内を流れる。


「あの」


「……ん、何じゃ」


やつれた表情。

目の下には、うっすらとクマ。


覇気がない。


「……考えてたんですけど」


「昨日教えてもらった……鬼の玉手箱」


「……」


「あれに願えば……」


「雪女を……探せますか?」


夜桜は、わずかに目を逸らした。


「……うむ」


「……あれな」


生気のない返事。


「あれは……」


「ちと、ワケアリでな」


「すまぬ」


間。


「それより、朝餉の支度じゃな」


夜桜が、指を鳴らす。


……何も起きない。


もう一度。


遅れて、煙。


その中に現れたのは――


白いおにぎりと、たくあん。


「……さ、食え」


「……」


「……ありがとう……ございます」



食後。


「じゃあ、雪女を探す方法は……」


「うむ……吹雪を待つくらいじゃろう」


「……」


重たい空気。


「まだ皐月じゃが……」


「このあたりなら、冬も長い」


「吹雪になることも、ようあるぞ」


「……」


沈黙。


「ちょっと、外の様子を見てきます」


はる坊は、ひとり表へ出る。


「……参ったの」


その背に、夜桜が小さく息を吐いた。



鬼の玉手箱の前。


はる坊は、ひとり立ち尽くす。


「何だろう、ワケアリって……」


ふと。


土の上に、白い花びら。


「……桜?」


拾い上げる。


「どこから……?」


見回すが、近くに桜はない。


それに――皐月だ。


「ここはな」


背後から、夜桜の声。


「望めば、会えぬものにも会える」


「死人でさえの……」


春風が、ふわりと香りを運ぶ。


「わしもかつて……」


言いかけて。


沈黙。


 


「のう……」


囁きが、耳元に落ちる。


「お前は、雪女に」


「会うだけで、満足か?」


吐息がかかる。


指先が、重なる。


「……触れてみたいとは、思わぬのか」


ぞくり、と背に走る。


はる坊は思わず、一歩跳ねた。


その足を――ぬかるみが掬う。


天地が反転し、顔面から叩きつけられる。


「……」


ゆっくりと起き上がる。


あからさまに、不機嫌な顔。


「……またですか」


夜桜は、ふっと息を吐いた。


「……すまん、わしが悪かった」



夜。


沼で洗濯した服を干し終え、はる坊は湯に浸かっていた。


顔に湯をすくい、ばしゃりと叩く。


「これから一体……どうすれば」


ため息。


考えるほど、湯が熱くなる気がした。


 


――ふと。


湯けむりの向こうに、人影。


白装束。


結い上げた黒髪。


夜桜。


月明かりに浮かぶそれは、どこか現実離れしていて――


掌で湯を掬い、


そっと、胸元へと落とす。


「……う」


息を詰める。


一瞬、苦しげに。


やがて。


その輪郭が、淡く光を帯びた。


何をしているのか。


分からない。


 


――目が、離せない。


 


湯から上がることもできず、


意識が、ゆっくりと遠のいていく。


 


ぽたり、と。


湯に、赤い一滴。


鼻血。


そのまま――途切れた。



目を覚ますと。


覗き込む、夜桜の顔。


いつもの姿。


 


「……ゆき姉……?」


 


無意識に、言葉が漏れる。


額には、冷たい手ぬぐい。


「……大丈夫か?」


どこか、虚ろな声。


無意識に、言葉が漏れる。


額には、冷たい手ぬぐい。


「……大丈夫か?」


どこか、虚ろな声。


「すまぬ……」


「お前さまは、初心じゃったの……」


「湯にいたことを、気づいてやれなんで……」


言いかけて、飲み込む。


 


「……これは、詫びの印じゃ」


 


差し出された、塗り椀。


中には、


透明な菓子。


桜のひとひらが、閉じ込められている。


 


「これで……熱は引くはずじゃ」


 


匙が、口元へ運ばれる。


 


冷たい。


 


甘い。


 


ほろりと、ほどける。


 


食べたことのない、不思議な味。


 


 


この感覚は、一体――


 


 


やがて――


 


湯あたりの熱は、


静かに、解けていった。


 


――第五十四夜・了

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