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01 出仕

 潁川えいせんの地にも日常がようやく戻りつつあり、焼けた里の跡には畝が引かれ、折れた柵の代わりに杭が打ち直されている。


 その束の間の平穏の中、そう家の一隅にある几の中央には、新たに一巻の書簡が置かれていた。封泥の印は冀州牧きしゅうぼく袁紹えんしょうの名を示している。


 棗祗そうしは、書簡を取って封泥を割った。黄巾の賊に対する征討に名を連ねて以来、彼のもとには同じような書簡が幾度となく届いている。それは名を挙げた将や州牧たちが、互いに人材を争って送ってくるものであった。


 『賢名すでに四方に聞こゆ。今ともに大業を謀らんと欲す。将来りて列に加わらば、功名必ず青史に記されん。』


 その筆の運びには、名門の家で育った者の矜持が見える。行の始めには、先祖の勲を称え、漢室をたすける大義を言い立て、続けて、英雄と並び立つことの栄誉を飾り立て、兵の数と地の利とを並べて見せていた。文は華やかで、言葉のつらなりに不足はない。


 棗祗は、書簡を持つ指にわずかに力をこめた。だが、どれほど行を追っても、荒れた田畑をいかに起こし、飢えた民の腹をどう満たすかという言葉は見当たらぬ。兵と城の名は詳しく記されているのに、くわを執る者の顔は一つも浮かばぬ文であった。


 几の脇には、すでに封泥を割られた書簡が幾巻も重ねられている。いずれも似たような言い回しで、彼の才をたたえ、来れば位と禄とは惜しまぬと記していた。だが、その多くは、乱に乗じて名を伸ばそうとする者の胸の内ばかりを語り、大地を踏む民の暮らしには触れていない。


 この書簡もまた、その一つにすぎぬ。名と利とを秤にかける匂いはあっても、荒れた村の風を吸った者の言葉とは思えぬ、と棗祗は感じた。


 戸の外を、早起きの農夫が通る音がする。鍬を担ぐその姿が、ここからでも思い描けた。黄巾の乱の折、兵に刈り取られ、踏み荒らされたあぜを、ようやく立て直したばかりの者も多いはずである。


 かつて各地を巡り、賊を追ったとき、棗祗の目に焼き付いたのは、旗の色よりも、空の倉と戸口に立つ人々の姿であった。子を抱いた女が鍋の底をこそぐ音は、いまも耳に残っている。


 乱の名は変わっても、苦しむ顔は変わらぬ。書簡の上の言葉が華やかになればなるほど、民の家の鍋の中身の薄さが、かえって際立つようにも思われた。棗祗は書簡を巻き、ほかの文の上に重ね置く。


 幾日かののち、棗氏の宅にまた一人、使いの男が馬を寄せた。戸口に立った家人が名をただすと、男は腰を折り、巻かれた書簡を胸の前にささげる。


 「兗州の曹使君からにございます」


 それを聞いて、几の傍にいた棗祗は顔を上げた。曹操そうそうの名は、黄巾の乱のころから耳に馴染んでいる。賊の旗が野を覆った折、いち早く馬を進め、ほこさきの前に身を置いた若い騎都尉きといの姿は、いまも胸に残っていた。


 書簡を受け取り、封を割る。墨の乗りは袁紹の文に比べればいささか粗い。だが、行の始めから、言葉の歩みにはためらいがなかった。


 『黄巾の征討において、棗殿の働きを見た。乱はなお鎮まらず、州里の民心は定まらぬ。いま兵と粟とを集め、賊をくだき、田畝でんぽを安んずることこそ急務なり。共にこれを図らんことを欲す。』


 賢名を飾る句は少なかったが、代わりに、荒れた里と散じた民の心のことが、行の中に幾度も現れている。どこに兵を置き、どこから粟を運び、誰に田を守らせるか。その算段が、飾り気のない文字の中に浮かんでいた。


 棗祗は、指でその一行をなぞった。ふと、黄巾の賊を追った日の光景がよみがえる。ある戦場で、賊の群れが土塁に拠って抗していた。陣の端で、多くの将がしきりに策を論じていたが、誰もみずから矢面に立とうとはしなかった。


 そのとき、ひとり馬を進めたのが曹操であった。まだ若く、甲の紐も新しいその姿が、矢の雨の前に出た。脇には鮑信ほうしんがいて、同じく馬腹を蹴って前へ出た。土煙の中で二人の旗が揺れ、兵たちはその背を追って土塁に迫った。


 いま、手の中の札にも、あの日と同じ匂いがあった。戦を好む苛烈さではなく、乱の底にある飢えと寒さを見据えた眼の色である。


 鮑信は、すでにこの世にいない。共に黄巾の火の中を駆けたその人が、賊を追う途上で命を落としたと聞いたとき、棗祗はひとり庭に立ち尽くした。だが、その死もまた、自らの身を賭して人々の前に立った者の行く末であった。


 袁紹の書簡と曹操の書簡とが几の上に並ぶ。墨の色は同じでありながら、その価値はまるで違って感じられた。どちらのもとに身を置けば、乱の中で少しでも多くの田が守られるか。棗祗は答えを探すまでもなく、胸に浮かぶ名を掴む。


 やがて棗祗は、兗州の曹操のもとを訪れた。州の治に設けられた舎は大きくはないが、出入りする吏と使者の足どりは絶えぬ。札を抱えた若い吏が行き交い、そのあいだを兵が守っていた。


 名を告げると、すぐに内へ通された。戸をくぐると、几の前に曹操が坐している。平服ではあったが、背筋には戦をくぐり抜けた者の気迫が残っていた。


 棗祗が拝すると、曹操は席を離れ、みずから一歩進み出た。


 「黄巾のころ、棗殿とともに陣を並べたことは忘れておらぬ。賊の旗より先に、里の煙を気にかける人であったな」


 思いがけぬ言葉に、棗祗はわずかに顔を上げた。多くの書簡は、自らの軍勢と器量を飾ることに汲々(きゅうきゅう)としていたが、曹操の口から出たのは、昔の戦場でのわずかな振る舞いにすぎぬ。それを覚えていたということが、棗祗の胸を熱くした。


 「いまは四方で旗が立ち、名を競う者も多い。だが、州を預かる者にとって、まず要るのは、己が利より先に公を量る者だと考えている」


 曹操の声には、書簡の上の美辞とは違う、はっきりとした調子があった。


 「棗殿がこちらへ向かうと聞き、うれしく思った。東阿とうあという小さな県がある。道の要でもあり、周りの郷もまた乱の傷を負っておる。俺は、ここをただの俸祿の場とは見ておらず、州を支える幹の一つだと考えている」


 曹操は几の上の札を示す。それは、東阿県令の任を告げる文であった。


 「この職を託したい。棗殿の目の前の人と事を正しく量る心を、俺は買っている」


 棗祗は拱手して頭を垂れた。多くの主は、県や郡を功の報いとして語る。だが、この男は、それを自らの業を支える柱と見ている。与える栄誉ではなく、共に担う荷として治を語っている。


 「その任、お受けいたします!」


 答えると、曹操は笑って大きくうなずいた。


 「よい返事だ。俺の目も州の隅々までは届かぬ。棗殿のような者がそれぞれの地にいてこそ、はじめて器は形を成すのだ」


 その言葉を聞きながら、棗祗は湧き上がる高揚に胸を躍らせた。名と利を並べる書簡の山の中から、この一巻を選び取った道は、これで間違ってはいなかったと感じる。こうして彼は、自らの名のためではなく、己が信とする器のもとに身を定めた。


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