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第154話 兄からの依頼 ◆マリウッツ視点


 ギュッと閉じていた目をゆっくりと開き、兄上を見据える。


 あの日俺を攫い、竜の谷に捧げようとした男たち。尻尾を掴ませないため、何人もの人を介して依頼をしたのだろうが、奴らの大元の依頼主が父だったというわけか。


「あの頃、黒竜に不穏な動きがあってね。瘴気の噴出頻度が上がっていたんだ。そこで特別な供物を用意しようと考えたようだ。俺がその事実を掴んだ時には、すでにマリウッツは攫われた後だった。あの日、無理にでもお前の顔を見るために部屋に入っていたらと何度後悔したことか」


 兄上は悲痛な表情で拳を握りしめている。あの日兄上を拒んだのは俺自身だ。兄上が気に病むことではないのだが、俺の知るこの男はそういう性分だった。


 せめて兄上だけでも信用して心を開くことができていたら、何か変わっていたのかもしれない。いや、だが、それだと俺がこの国から離れることは叶わなかっただろう。



 あの日、あの時、様々な思惑と偶然が重なり、今の俺がいる。



「俺を殺そうとしたことには怒りを覚えるが、そのおかげで自由を手にできた。あくまでも結果的にという話だが、俺はただの冒険者となれたことを喜ばしく思っている」


「マリウッツ……そうか」


 僅かに表情を歪めた兄上は、深く息を吐き出すと居住いを正した。


 恐らく、ここからが本題なのだろう。


「それで、兄上が俺に黒竜やあの日の話をする理由はなんだ」


 兄上は今、護衛も連れず、暗い色合いの服を選んで着用している。まるで夜の闇に紛れるような装いだ。


「お前は今、冒険者を生業にしていて、大陸唯一のSランクと称されている。そうだな?」


「ああ、違いない」


「ならば、冒険者のお前に頼みたいことがある」


 正面から兄上の力強い眼差しを受け止め、静かに耳を傾ける。


「この国は腐敗している。もう取り返しがつかないところまで来ているのだろう。俺はあの日、お前を救うことすらできなかった力不足な兄だ。こんな国はこのまま滅びるべきかとも何度も考えた。だが、民に罪はない。盲信的な竜信仰こそ諸悪の根源ではあるのだが、俺は一生をかけて王家の過ちを償い、許されるのならば、この国を建て直すつもりだ」


「……俺に何を求める」


 真っ直ぐに瓜二つな兄上の顔を見つめる。俺よりずっと優男であるが、その分思い悩むことも多いのだろう。いずれ国を担う者としての重責は計り知れない。彼は彼で、抱えるものがあるのだ。


 兄であり、王太子であるテオドールは、深々とただの冒険者である俺に頭を下げた。



「黒竜を、ダークドラゴンを――斬って欲しい」



 決意の色が滲む真剣な眼差しを前に、俺は静かに目を見開いた。



マリウッツ視点はここまでです!長かった…!

短めなので本日は17時10分にも1話更新します!

久しぶりにサチさん登場しますので夕方も覗きに来てくださいませ^^

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