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第155話 船旅は順調です?

 港を出港して三日目。航海はとても順調に進んでいる。

 このまま予定通りに進めば、明後日にはドラグア王国に上陸することになる。


「本当にすごい船だね」


 私はピィちゃんを抱きながら、甲板に出て流れる景色を眺めている。


 ブライアン王子が手配した船は、【天恵(ギフト)】を駆使して造られたこの世界だけの特別製だった。動力は基本的には船に積んでいる燃料で、さらにスピードを出すために大きな帆がいくつも張られている。見た目は帆船ね。帆に【疾風】の【天恵(ギフト)】が付与されていて、一定の速度を保つことができているそうだ。


 サイズは中型で、室内には簡易的な調理場と食事ができるスペース、そして寝るための部屋が四部屋ある。船乗りの人たちが交代で使う部屋と、私たち勇者パーティが男女別に一部屋ずつ。


 船での長旅は初めてだったから波に酔わないか心配していたけど、速さの割に揺れは少なく、今のところ船酔いせずに過ごせている。みんな陸地にいる時と変わらない様子なので、改めてこの船の凄さを思い知る。


「おえー」


 そうしみじみしていたところで、戦士のフィンが甲板で蹲っているところに遭遇した。


 ……フィンはとっても繊細みたい。


「大丈夫? 酔ってる時は遠くを見たほうがいいって聞いたことがあるよ」


「ほんと? わー綺麗な海原だー……うっぷ」


 ダメだこりゃ。顔面蒼白で今にも倒れてしまいそう。

 私はピィちゃんと顔を見合わせ、室内に水を取りに戻った。


 しっかり冷えた水を飲んで、フィンは少し気分が落ち着いたみたい。

 ほうっと息を吐いたかと思ったら、今度はスンスンと鼻を啜り始めた。


「聞いてよ、サチさあん」


「うんうん、聞いてるよ」


 水の入ったコップを片手に、手すりを背に座り込んだフィン。すでにメソメソと出来上がっている様子。酒か? その手に持っているのは酒なのか? 誰よこの子にお酒を飲ませたのは! 持ってきたの私か! っていうか水だわ!


 色々突っ込みたくはなったものの、明らかに調子が悪いフィンの隣に腰を下ろして、よしよしと背中をさすってあげる。


 勇者パーティのみんなと三日一緒に過ごして、なんとなくそれぞれの性格が分かってきた。


 今目の前にいるフィンは、とってもいい子なんだけど、特に目立った特徴がない。いい意味でバランスが取れているんだけど、本人は普通すぎる自分に悩んでいる。どうやら生まれ育った里で、『お前は普通だ。大した特徴がない』と幼少期から言われてきたようで、そのことを随分と気にしている。現に今も、何回も聞かされた話を繰り返している。ヘタレキャラはブライアン王子でお腹いっぱいだから、是非ともフィンには逞しく育ってほしい。


「酔い止めの薬草。噛むといい」


「ルウシェ……ありがとう」


 音もなく現れた魔法使いのルウシェ。いつも無表情だけど、クールぶっているだけで実はとっても優しい子。常にパーティのみんなのことを気にかけている。


 クールビューティを目指してるんだってと梨里杏は言っていたけど、私からしたら頑張って大人になろうと背伸びしている可愛い女の子なんだよねえ。

 っていうか、クールビューティを目指すなら、背中に背負っているクマさんのぬいぐるみはいかなるものなのか。ただただ可愛いんですけど。思わずぬいぐるみごとギュッと抱きしめそうになり、軽やかに回避されてしまった。残念。


 それから、今は甲板にいないけど、勇者パーティ最後の一人である僧侶のノエルは金勘定に厳しい。パーティの財布の紐は彼女がしっかり握っているらしく、ブライアン王子のどんぶり勘定をいつも笑顔で諌めている。


 朗らかで聖母のように見えるけど、アレだ、目は笑ってないってやつ。昨日目の当たりにしたけど、めっちゃ怖かった。ブライアン王子は今回の航海の手間賃として、到底チップとは言えないレベルのお金を船乗りたちに渡す考えをしていたらしく、小一時間懇々と説教されていた。怒らせたらダメなタイプ。心のメモにしっかりと書き込んでマーカーも引いたわ。


 なかなかに濃いメンツよね、と考えていると、船内からブライアン王子が出てきてこちらに向かってきた。


「サチさん。そろそろ魔物が多い海域に入る。中に入っていたほうがいい。フィンは……風を浴びているほうがまだマシかな?」


「うぷ」


 フィンは返事の代わりに青い顔で頬を膨らませた。サッと用意していたバケツを手渡す。



 その時、ドンッという衝撃と共に船が大きく揺れた。



「わっ!」


「くっ、何事だ!?」


 ブライアン王子がすぐさま状況の報告を求めて叫ぶと、船員が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「クラーケンです! それも特大の!」


「なんだと!? チッ、船員は船を沈ませないように細心の注意を払え。ルウシェ、行けるか?」


「余裕」


「うぷ、お、俺も……」


「フィンは無理をするな。動けるのなら、サチさんを連れて船内に退避、中にいるリリアとノエルを呼んできてくれ! 少々厳しいが、それまでは僕とルウシェの二人でどうにか対処するしかないね」


 どうやら船にクラーケンがぶつかってきたようで、巨大な吸盤のついた腕が数本海面からニョロニョロと伸びて船に巻きついてきた。うわお、大きい。クラーケンは何度か解体したことがあるけど、その中でも一番の大きさだわ。さすが魔物蔓延るといわれる北の海域。


 なんて感心しながらピィちゃんの様子を窺えば、どうしてか涎を垂らしていた。いやいや、気が早すぎるでしょう。


 そして、催促するようにキラキラした目で私をジッと見てくる。



 ……はいはい、ピィちゃんはクラーケンのイカリングが大好きだもんね。


 緊迫した様子の船上に見合わずに呑気なドラゴンだこと。クラーケンを食材としか見てないわ。


 私はそんなピィちゃんに呆れながらも転ばないように立ち上がる。


「サチさん、急いで船内に――」


 切迫した様子のフィンが私の手を引こうとしたその時、大きくて太い腕が一本、太陽を隠すように船上に伸びてきた。船を覆うように巨大な影が落ちる。


「叩きつける気か!? そうはさせん!」


 ブライアン王子がシャラリと剣を抜き、「おおお!」と叫びながら甲板を駆けていく。


 私は巨大な腕を見上げながら、ザッと距離を目測する。


 ――うん、これだけ的が大きければ大丈夫。


 そして、サッと小型ナイフを取り出して構えた。


「【解体再現】を【付与】!」


 大きく振りかぶり、小型ナイフをまっすぐ頭上に向かって投げる。


 ナイフの切先がクラーケンの腕に触れた途端、カッと光って目にも止まらぬ速さで動いた。

 スパパパパァン! と小気味よい音を響かせながら、輪切りにされたクラーケンの腕が甲板に落ちてくる。



 ボトボトボトッ!



「うわっ、避けろ!」


 あ、解体されたクラーケンが落ちてくることまで考えてなかった。逃げ惑う船員の皆さんに申し訳ない気持ちになる。


 そうこうしている間にも、ナイフは船に絡みついていたクラーケンを切り刻み、全て解体し終わってからカランと甲板に落ちてきた。海水がついちゃったからしっかりと拭き取っておかなくちゃ。


 私はナイフを拾い上げてポケットから取り出したハンカチで刀身を拭った。

 そして行き場をなくした剣を構えたまま呆然と固まるブライアン王子や船員の皆さんにニッコリ微笑みかける。


「クラーケンはイカリングにすると美味しいですよ!」


 満面の笑みでそう言うと、どうしてかみんな物凄い顔をした。化け物を見るような、珍妙な生き物を見るような、呆れたような……三者三様の表情だけど、なんなのよ。


「……初めて目の当たりにしたけど、とんでもないわね」


 騒ぎを聞きつけたのか、船内から出てきた梨里杏が感心した様子で近づいてきた。後ろからノエルが輪切りのクラーケンを見て「ひいっ」と身を縮ませながら続いている。うん、まだビチビチ動いてるもんね。新鮮な証だよ。


「……ぜひこのまま勇者パーティの一員として魔王討伐の仲間となって欲しいよ」


 呆然とした様子のブライアン王子に、私はパチパチと目を瞬いた。


「え? 無理ですよ。だって私はただの非力なギルド職員ですから」


 真面目に返事をしたはずなのに、ブライアン王子は「ははは……」と頬を引き攣らせながら乾いた笑みを溢した。




ようやくサチ視点に戻ってきました!早速サチ節が炸裂しております!

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