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第150話 侵入者 ◆マリウッツ視点


「マリウッツ、いるんだろう? 少し話をしないか」


 遅い時刻にも関わらず、兄上が部屋を訪ねてきたようだ。

 俺は息を殺し、兄上の声には返事をせずに寝たふりを決め込む。


「……寝たのか? そうだよな、なかなかゆっくり休める状況じゃないもんな。頼りない兄だけど、必ず首謀者は捕まえるから。だから、折れるなよ」


 兄上はいつもより低い声音でそう告げると、部屋の前から立ち去った。次第に足音が遠ざかっていく。


 俺はいつの間にか止めていた息を深く吐き出し、壁に背をつけてズルズルと座り込んだ。身体を丸め、ギュッと自らの膝を抱き込む。


 兄上だけは。

 そう信じたい自分と、兄上にまで俺は不要だと言われたらもう心の形を保っていられないと拒絶する自分がせめぎ合っている。


 誰のことも信じなければ、傷つくことはない。だから、信じてはいけない。



 いつだったか、一度だけ兄上に問われたことがある。


『マリウッツは、この国の在り方をどう思う? ……いや、なんでもない。忘れてくれ』


 あの時、兄上はどんな表情をしていただろうか。


 兄上の考えは分からないが、俺はこの国が嫌いだ。この国に、第二王子に生まれなければ、もっと自由に生きることができただろう。



 月の光もなく、照明も落とされた真っ暗な部屋で、俺は暗闇に溶け込んでいくような心地がしていた。ずぶりずぶりと、このまま地面に沈み込み、闇に呑まれてしまうのではと思うほど、心がズンと沈んでいく。


 このまま眠りに落ちて、二度と目覚めなければいいのに。

 このまま、闇と同化することができれば――


 そんな後ろ向きな考えが頭を覆い尽くした時、カチャリと小さな音を耳が拾った。


 続けて、キィと静かに扉が開かれる音がした。


 兄上が戻ってきたのか? あるいは、また暗殺者が忍び込んできたのか?


 暗い部屋でボーッと過ごすことが多いせいか、俺は夜目が効く。

 ジッと目を凝らすと、どうやら侵入者は二人。ということは、後者だろう。


 俺はチラリと視線をベッドに向ける。


 大抵襲撃されるのは真夜中、すっかり寝入ったと思われる時間帯だ。

 そのため、賊を迎撃するための木剣はベッドサイドに立てかけている。


 二人程度であれば、木剣に飛びついて返り討ちにするぐらい造作もないことだ。

 だが、窓の下で息を顰める俺に気づかない様子の暗殺者たちは、息を殺してベッドへと向かっていく。俺がすでに寝ていると考えているのだろう。


 どうする? 床を這って木剣を確保するか?


 木剣を取りに向かえば、自ずと暗殺者たちに接近することになる。木剣に辿り着く前に気配を察知されればおしまいだ。


 だが、このままジッとしていても、ベッドに俺がいないということは凶器を突き立てればすぐに明らかとなる。


 バレる前に奇襲をして片付けるのが正解か。


 そう判断し、俺は姿勢を低くして這うようにベッドサイドを目指す。暗殺者たちの方がややベッドに近いため、せめてベッドが無人だと気付かれる前に木剣を手にしたいところだが……


 焦る気持ちを落ち着けながら、少しずつ、着実に前進していく。


 あと少し、手を伸ばせば木剣に届くところまで来た時、ドスッとベッドに剣が突き立てられる音が張り詰めた空気を震わせた。続いて、すぐ近くで焦ったような男の声がした。


「おいっ、いないぞ!? どこだ!」


 俺は相手が動揺している隙に木剣に飛びついて跳ねるように一回転して体勢を整えた。

 そして即座に目を細めてベッドに視線を向ける。


 ベッドの上に一人、その後方に一人。

 ターゲットを捕捉し、汗が滲む手でグッと木剣を握りしめる。奴らはまだ俺に気づいていない。



 今だ! と思い、床を蹴ったはずの足が――絡まった。



「なっ!?」


 足を払われたのだと気づいた時には、床が眼前に迫っていた。


「ぐっ!」


 両手で木剣を構えていたため、咄嗟に手で庇うことができずに思い切り顔面を打ち付ける。僅かに血の味が滲む。口内を切ったらしい。



 それよりも、どうして――



 そう思い後ろを振り返る間も無く、俺は口に布を押し当てられた。


 甘ったるい匂いが鼻腔に侵入する。途端に頭が重くなり、目を開けていられないほど瞼も重くなる。

 身体の力が抜け、床に突っ伏したまま起き上がることができない。


 誰かが低く喉を鳴らしながら、木剣を握りしめる手をグイッと踏みつけてきた。鈍い痛みを感じる。


「残念だったな、王子様。時間差でもう一人侵入してきたことに気づかなかったようだ」


 ちくしょう……


 奥歯を噛み締めながら、俺の意識は深い闇の底へと沈んだ。




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