おわり
ミリアは、状況が飲み込めないのか、おろおろしている。ダイはそんな彼女に、わんこそばを渡した。
「さあ、ミリアさん。もう大丈夫。食べてみて」
「えっ……」
戸惑いながらも、体が反応しなくなった実感があるのだろう。ミリアは、おずおずと漆塗りの器に手をつけた。
ずぞっ……ずぞぞぞっ……蕎麦をすする音だけが広間に響く。
ツユまで飲み干した後、ミリアは深く深呼吸して天井を見つめた。
「なんともない……なんともない。全然、苦しくない」
「そんな……そんな事が、本当に、あるのか……? ああ、神様……」
「お父さんっ」
「ミリアっ」
父と娘は、かたく抱き合った。
感動シーンの最中、大臣が「実はわたくし甲殻類アレルギーでして」と近寄ってきたので、ダイはそれも治してやった。
あたりは歓声に包まれた。ダイはそれを遠くから眺めている。
「おい、割って入れよ。あの女をモノにしたいんだろう?」
「俺はこれでいいんだ。腹黒担当は全部ハンニバルに任せるよ」
「やれやれ、お人好しにも程がある……ま、そこがいいのかもな」
「にゃーん!」
ダイは今度こそ、静かに立ち去ろうとした。恩着せがましいのは性に合わないのだ。
「待って!」
「ん、どうしたの、ミリアさん」
「好き!!!!!!」
「ええ!?」
いくらなんでも展開が早すぎるのではないか?
「アレルギーが治ったから、あたしは故郷に帰るわ。あなたもぜひついて来て。むしろうちの婿になりなさい!」
「この展開、無理すぎるでしょ!?」
「世の中の貴族が顔も知らない同士で結婚する事を考えたら、何ら不自然ではないと思うが。お前は元商人。ミリアは力自慢。二人とも健康で蕎麦が好き。お互いが好き。なにか不都合があるのか?」
「だってそんなの、俺に都合が良すぎない?」
「主人公とは得てしてそんなものだ。それともお前、もう一度やり直して俺ルートに行きたいのか?」
ダイは一瞬で思考を切り替えた。
「喜んで! 俺蕎麦好きだし! 家事も一通りできるよ!」
「本当? 嬉しい。一目見たときから『コイツあたしの事好きそうね』って思ってたのよ」
「俺、田舎でスローライフに憧れてたんだ! 家を新築できそうな土地、余ってるかな?」
「うちの敷地内に離れを建てましょう!」
「よろしくな、我が息子よ」
「はい、お義父さん、よろしくお願いします」
こうして元勇者ミリアと、新たな勇者ダイは結ばれた。
蕎麦が、まるで赤い糸の様に、出会わなかったはずの二人を結びつけた。そのめでたいニュースは、風評被害を打ち消す勢いでロマ国中に広がった。
翌日。
「お前との旅も、これで終わりか。あっという間だったな」
「今でやっと四日目だからね」
天才軍師は、ふと真面目な顔をした。
「なあ、俺がいつか道を間違えた時は、止めに来てくれよ」
「ハンニバル……?」
「友よ、さらばだ。いつかまた出会う日まで……」
「うん……」
ダイは、しんみりして戦友の背中を見た。彼はきっと、もう振り返らないだろう。天才と凡人。二人の道は再び分かれたのだ。
そう思った瞬間、ハンニバルは何かを思い出した様に、勢い良く振り返った。
「あ、こっちでアレルギー重症者のリストを纏めておくから来月には一回こっちに顔を出せよ」
「うん」
今度こそ、ハンニバルは去って行った。
ミリアがダイの腕に自分の腕を絡める。
「やっとセリフ多すぎ男が退場したわね、あいつ目立ちすぎなのよ。ヒロインはあたしだっての。主人公とヒロインの間に割って入る男キャラなんて不要なのよ」
「みんな幸せなら、何でもいいんじゃない?」
「そうね!その適当さ、好きよ」
「すっ……」
「何照れてんのよ! 下心があんのはわかってるんだからね」
ミリアは満面の笑みで、ダイの脇腹をくすぐった。
「さ、村へ行きましょう。これから、この資金を使ってどんどんポエニ村を発展させていきましょうね! アレルギー持ちのやつにどんどん恩を売って、人材を引っ張るの。とっても忙しくなるわ」
ミリアは腕を伸ばし、深呼吸をした。
「まずは、そばの手打ち体験をして、山にワサビを採りに行く。秘密の採取場所、教えてあげる。水がとても綺麗で、夏には蛍が来るのよ。夜はそば焼酎で晩酌して、枕投げをして遊ぶの」
「素敵な所なんだね」
「そうよ。とてもいい所。あなたも絶対、好きになる」
追放された時は相当堪えたが、それがなければミリアは故郷に帰ることもできなかった。そう考えると、人生とは不思議なものである。
「うーん、俺は何もしていないのにこんなにラッキーでいいのだろうか?」
「したでしょ。色んな人を助けたわ。あたしを助けてくれたし、お父さんの花粉症も治してくれた」
ミリアの父親は重度の花粉症であった。
「うおー!マスクなしで外に出ても全く涙も鼻水も出てこねえ〜〜」と叫びながら、一足先にミリアの故郷へ戻って行ったのだ。
「何にもしてないのは、あたしの方。でもここから先は、全部こっちのターンよ! アレルギーから解放された無敵の元勇者、ミリアの大活躍に期待してちょうだいね?」
「ああ!」
「あたし達の戦いはこれからよ!」
「おー!」
二人は国境沿いの村へ向けて、歩き出した。季節は春。もうすぐ、ミリアの故郷のポエニ村では、夏の収穫に向けての種蒔きが始まる時期である。
お読みくださり、ありがとうございました。ハイファンタジーとはなんぞや?と思わなくもないですが、たまにはこういうのも、どうでしょうか。今後の方向性を考えるために、何か反応あると嬉しいです。