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『僕たちの神様』  作者: 根古野 惹句


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12/12

第12話 生き返らせる


「で」


哲也が言った。


「話せ」


直人はコーヒーを飲もうとしていた手を止めた。


「何を?」


「とぼけんな」


「とぼけてないよ」


「昨日の続き」


哲也の店。定休日の午後。五人が集まっていた。


客はいない。入口には『CLOSED』の札。昨日。


美咲が初めて、


「神様を信じる」


とはっきり答えた。直人は言った。


――これで全員だ。


そして。


――次に話す。


哲也はその「次」を、一晩しか待たなかった。


「ちゃんと話すって言っただろ」


「言ったよ」


「じゃあ話せ」


「全員揃ってからのほうがいいと思って」


「揃ってるだろ」


直人が店内を見回す。哲也。美咲。


香織。浩介。全員いる。


「うん」


「うん、じゃねえ」


「哲也、朝からそればっかり」


香織が言った。


「気になるだろ」


「私も気になるけど」


「だろ?」


「でもその言い方だと尋問みたい」


美咲が笑った。


「直人の『本当に?』と同じだね」


「一緒にすんな」


「同じだよ」


「違う」


「どこが?」


「俺は必要なことを聞いてる」


直人が言った。


「俺も必要なこと聞いてるよ」


哲也が睨む。


「お前は黙ってろ」


浩介が笑った。


「哲也、昨日から機嫌悪いな」


「お前は気にならねえの?」


「何が」


「直人が何するつもりか」


浩介は缶コーヒーを開けた。


「まあ、気にはなるよ」


哲也が眉を寄せる。


「軽いな」


「重くしたって内容変わらんだろ」


哲也は何か言い返そうとして、やめた。


「直人」


美咲が言った。


「話して」


直人は頷いた。


「うん」


鞄を開ける。中から一枚の写真を取り出した。昨日と同じ写真。三十四年前。


秘密基地の前。六人。真ん中に湊。


直人は写真をテーブルへ置いた。誰も手を伸ばさなかった。


「みんな」


直人が言った。


「昔、約束したの覚えてる?」


哲也が答える。


「どの約束だよ」


「神様の」


「いっぱいあっただろ」


「願いが全部叶ったら」


直人の声が、少しだけ硬くなった。


「最後にするやつ」


その瞬間。美咲は目を伏せた。香織も。


哲也は腕を組んだ。浩介だけが、テーブルの写真を見ている。直人はそれに気づかなかった。


「哲也」


「何」


「覚えてる?」


哲也は少し間を置いた。


「ああ」


「美咲」


「……覚えてる」


「香織」


「うん」


最後。


「浩介」


浩介は写真から目を離さない。


「覚えてるよ」


直人の顔が、少し明るくなった。


「よかった」


哲也が言った。


「だから何なんだよ」


直人は哲也を見る。


「もうできる」


「何が」


「四人の願いが叶った」


「うん」


「全員、神様を信じた」


四人とも答えなかった。直人には、その沈黙さえ肯定に見えている。


「だから」


直人は言った。


「今度こそできる」


香織が手を組んだ。美咲は直人を見ていた。哲也は、目を逸らさなかった。直人が写真へ手を置いた。


指先が、湊の顔に触れる。そして。言った。


「湊を生き返らせよう」



音が消えたようだった。冷蔵庫のモーター音。店の外を通る車。遠くの工事。


全部、聞こえなくなる。直人だけが、少し笑っていた。ようやく、そこまで来た人の顔だった。


「今度こそ」


もう一度言う。


「五人で願えば、できると思う」


哲也が、ゆっくり息を吐いた。


「……そうか」


直人が哲也を見る。


「うん」


「やっぱそれか」


直人の表情が止まる。


「え?」


美咲が哲也を見る。香織は何も言わない。浩介は目を閉じた。直人は四人を順番に見た。


「何?」


誰も答えない。


「哲也」


「何」


「今、やっぱって」


「ああ」


「知ってたの?」


哲也は直人を見た。


「まあな」


直人の目が大きくなる。


「なんで?」


「なんでって」


哲也は頭を掻いた。


「お前、分かりやすすぎんだよ」


「何が?」


「三十年以上、湊の話だけ変なんだよ」


直人は黙った。


「夢が一個叶うたび」


哲也は指を折る。


「神様信じるかって聞く」


一本。


「全員信じたか確認する」


二本。


「昔の基地探す」


三本。


「御神体探す」


四本。


「湊の写真持ち歩く」


手を下ろす。


「そりゃ分かるだろ」


直人は、少し傷ついたような顔をした。


「だったら言ってよ」


「何を」


「知ってるって」


「言ってどうすんだよ」


「……」


「お前、自分で話したかったんだろ」


直人は何も答えなかった。哲也は少し声を柔らかくした。


「だから待ってた」


直人は、今度は美咲を見る。


「美咲も?」


美咲は頷いた。


「うん」


「いつから?」


「はっきり分かったのは最近」


「……香織も?」


「ごめん」


香織が言った。


「私も」


最後。直人は浩介を見る。浩介は笑わなかった。


「浩介も?」


少し間があった。


「ああ」


「いつから?」


浩介は答えなかった。直人が首を傾げる。


「いつ?」


浩介は、缶コーヒーをテーブルへ置いた。


「昔から」


三人が浩介を見る。直人だけは、意味を理解できていない。


「昔って?」


浩介が何か言おうとした。けれど。


「……まあ、それはいいだろ」


逃げた。哲也が横目で見る。しかし、今は追及しなかった。



「じゃあ」


直人が言った。


「みんな分かってたんだ」


香織が答える。


「なんとなくね」


「だったら話早いじゃん」


直人の顔が、また明るくなる。四人の表情は、明るくならなかった。


「来月でいい?」


直人が言った。


「何が?」


哲也が聞く。


「地元に行くの」


哲也が眉を寄せる。


「秘密基地?」


「うん」


直人は写真を見る。


「みんなで探して」


写真を見る。


「御神体持って行って」


少し笑う。


「五人で願う」


香織が聞いた。


「秘密基地、まだあるか分からないよ」


「探せばいいよ」


「なくなってたら?」


「近くでもいい」


「御神体は?」


美咲が聞く。


「浩介んちにある」


四人の視線が、浩介へ集まる。浩介の口元が少し引きつった。


「……あるにはある」


「持って行けるよね?」


直人が聞く。


「まあ」


「よかった」


直人は手帳を出した。哲也が呆れる。


「もう日程決めんのかよ」


「だってみんな仕事あるだろ」


「一か月くらい先なら」


「俺、土日は店あるぞ」


「じゃあ店閉められる日」


「勝手に休ませんな」


「二日くらい」


「簡単に言うな」


「哲也」


香織が言った。


「行かないの?」


哲也は黙った。


「……行くよ」


直人が嬉しそうに顔を上げる。


「ほんと?」


「お前が一人で行ったら余計面倒だからな」


直人は笑った。


「ありがとう」


「礼言うな」


「なんで」


「まだ何もしてねえ」


美咲が手帳を見る。


「私は来月ならこの週以外」


香織もスマートフォンを出す。


「私、家族に言わないと」


「何て言うの?」


直人が聞く。香織は少し考えた。


「同窓会」


哲也が笑う。


「五人しかいねえけどな」


「嘘ではないでしょ」


「秘密基地行って死んだ友達生き返らせるって言えよ」


「絶対言わない」


「旦那泣くぞ」


「別の意味でね」


浩介が小さく笑った。直人もつられて笑い、手帳を開いた。



話が一段落した頃。美咲が聞いた。


「直人」


「何?」


「一つ聞いていい?」


「うん」


「なんで五人なの?」


「え?」


「昔は六人だった」


「うん」


「今は五人」


「うん」


「どうして五人で願えば、生き返らせられるって思うの?」


直人は、少し不思議そうな顔をした。


「昔決めたじゃん」


「そうじゃなくて」


「何?」


「根拠」


直人が黙る。


「一人じゃ駄目で」


美咲は続けた。


「全員が神様を信じれば、湊を生き返らせられる」


「うん」


「なんでそう思ったの?」


直人は少し考えた。


「大きい願いだから」


「大きい願い?」


「うん」


「誰かに教えてもらった?」


「違うよ」


「じゃあ」


美咲は聞いた。


「直人が考えたの?」


「うん」


「十歳で?」


「そう」


哲也が口を挟む。


「子供の理屈だろ」


直人が哲也を見る。


「でも、間違ってないと思う」


哲也は眉を寄せた。


「なんで」


「小さい願いは一人でも叶った」


「偶然だろ」


「四人の大きい願いも叶った」


「それは本人が頑張ったからだ」


「神様が手伝ったんだよ」


「またそれか」


直人は笑った。でも。美咲は笑えなかった。


「じゃあ」


美咲は聞いた。


「もし五人で願っても、湊が戻ってこなかったら?」


直人の笑顔が消えた。香織が美咲を見る。哲也も。


浩介は、直人だけを見ている。長い沈黙。


「戻ってくるよ」


直人が言った。


「もしも」


「大丈夫」


「直人」


「五人揃ったから」


「そうじゃなくて」


「今まで全部叶った」


声が少し速くなる。


「だから大丈夫」


美咲はそれ以上言えなかった。


直人は「だから大丈夫」ともう一度言い、手帳に書いた五人の名前を指でなぞった。


美咲は視線を外した。



少しして。直人がトイレへ立った。扉が閉まる。


四人だけになる。誰もすぐには喋らなかった。最初に口を開いたのは哲也だった。


「……やっぱ無理だろ」


香織が、


「哲也」


と小さく言う。


「事実だろ」


「分かってる」


「死んで三十四年だぞ」


美咲は何も言わない。浩介も。哲也は声を落とした。


「俺、ここまで付き合ってきたけど」


「うん」


「本当に生き返るとは思ってねえぞ」


香織が答えた。


「私も」


美咲も。


「私も」


三人が浩介を見る。浩介は、しばらく黙っていた。


「俺だって」


小さく言う。


「じゃあ」


哲也が言った。


「どうする」


香織が答える。


「行くよ」


即答だった。哲也が香織を見る。


「生き返らないと思ってんのに?」


「うん」


「なんで」


香織は少し考えた。


「直人が一人で行くよりいいから」


哲也が黙る。美咲が言う。


「私も行く」


「お前も?」


「うん」


「何も起きないぞ」


「分かってる」


「だったら」


「だから行くの」


哲也は美咲を見る。


「何も起きないとき」


美咲は言った。


「直人、一人じゃないほうがいいでしょ」


誰も答えなかった。浩介は俯いていた。哲也が言う。


「お前は?」


「行くよ」


浩介は顔を上げなかった。


「俺は」


少し間を置く。


「行かなきゃ駄目だ」


美咲が浩介を見る。


浩介は顔を上げず、膝の上で組んだ指を一度だけ強く握った。


「浩介?」


香織が聞く。浩介は顔を上げた。いつものように笑った。


「御神体運ぶ係、俺だろ?」


それ以上、誰も聞けなかった。トイレの扉が開く。直人が戻ってくる。


「何の話?」


哲也が答えた。


「店の話」


「嘘つけ」


「何で分かるんだよ」


「静かになったから」


美咲が笑った。


「直人がいないと静かなんだよ」


「俺そんな喋ってる?」


四人が同時に言った。


「喋ってる」


直人が笑った。その笑顔を見て、四人も笑った。



日程が決まった。一か月後。土曜の朝に出る。


一泊。翌朝、秘密基地へ向かう。直人は手帳に、大きく丸をつけた。


「決まり」


哲也が聞く。


「御神体の前で何するんだ?」


「昔と同じ」


「何て願う?」


直人は写真を見た。湊。十歳。


三十四年前。


「帰ってきてください」


そう言ってから、首を振った。


「違うな」


四人が直人を見る。直人は考える。


「生き返ってください」


少し迷う。


「それも違う」


「何が違うんだよ」


哲也が言う。直人は、しばらく写真を見ていた。そして。


「返してください」


と言った。浩介の表情が変わった。美咲が聞く。


「返して?」


「うん」


「誰に?」


「神様に」


「何を?」


直人は、何を当たり前のことを聞くのだ、という顔をした。


「湊を」


店の中が静かになった。返してください。美咲は、その言葉に引っかかった。生き返らせてほしい、ではない。


返してほしい。まるで。誰かに、取られたものを取り戻すような言い方だった。



その日の夜。浩介は一人、実家の倉庫にいた。電灯をつける。


積み上がった箱。古い木型。包装紙。


使わなくなった道具。その奥。小さな木箱。


浩介は蓋を開けた。御神体が入っていた。三十四年前と、ほとんど変わらない。


古い木。紐。黒ずんだ模様。


浩介は、しばらくそれを見ていた。


「湊を生き返らせる、か」


笑おうとした。笑えなかった。御神体へ手を伸ばす。


持ち上げる。軽い。昔も、こんなに軽かっただろうか。


たったこれだけのもの。直人は、これを三十四年間、神様だと思っている。


「……馬鹿だよな」


誰に言ったのか、自分でも分からなかった。直人か。子供の自分か。


それとも。今まで何も言えなかった、四十五歳の自分か。浩介は御神体を木箱へ戻した。


蓋を閉める。一か月後。四人がこの街へ来る。


五人で秘密基地を探し、この箱を開ける。


浩介は木箱の蓋に手を置いたまま、しばらく動かなかった。


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