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第一話 静かな部屋に残ったもの
妻を見送ってから、十年が過ぎていた。
誠一は七十五歳。
六十歳まで、真面目に部品工場で働いていた男だ。
朝は早く目が覚める。
意味はない。ただ目が覚める。
年寄りなんて、そんなものだ。
「よいしょ」
立ち上がる前に必ず声が出る。
癖だ。
膝を一度叩く。
それから台所へ向かう。
静かすぎる家だった。
ほんの少し前までは。
唯一、その静けさを変えた存在がいた。
孫の幸輝だった。
二十五歳。
少し不器用で、まっすぐな男。
誰に似たんだか。
月に一度は必ず顔を出す。
「じいちゃん、それまた同じ服じゃない?」
そう言って、勝手に冷蔵庫を開ける。
誠一は何も言わない。
それでよかった。
事故は雨の日だった。
帰り道。
一瞬の出来事。
電話は短かった。
「ご家族の方ですね。幸輝さんが——」
それだけで世界が止まった。
葬儀のあと、目を腫らした娘が小さな箱を持ってきた。
「これ……幸輝の」
財布とスマートフォン。
「見られないの。お父さん、持ってて」
誠一は少し黙った。
「そうか」
それだけ。
小箱を引き出しに入れた。
軽かった。
その夜。
誠一は引き出しを見た。
「……なんだったか、あれ」
スマートフォンの角が、わずかに光って見えた気がした。
孫が遺した、最後の体温




