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第06話 騎士団長の計略

 エマの部屋に届けられた一通の手紙。

 見る人が見ればただの挨拶状のそれは、エマに向けたシェフィールドからのメッセージであった。


(・・・・・・けっこうはあすのよる)


 斜め読みすることで真意に辿り着いたエマは、テーブルの上に手紙を放り投げた。


(さて、どう動くべきか)


 相手はあのシュナイデル。先日の依頼が何かしらの理由で漏れていると仮定する方が妥当だ。その場合、次の一手をどう打つべきか。


(私がシュナイデルなら・・・)


 出し抜くために、まずは相手の立場になって考えることが先決だ。

 シェフィールド達の動きを止めに来るのは前提として、この機に乗じて証拠の隠滅を図る可能性は極めて高い。

 或いは、シェフィールド達を泳がせておいて、敢えて任務を達成させる。その直後に捕らえて、証拠諸共抹殺するか。

 勝気なシュナイデルであれば後者な気もするが、どちらにしても求められるのは、向こうの手が及ぶよりも先に任務を遂行し、逃げ切ることができる俊敏性だ。そのためには、シェフィールドたちのバックアップが必要となる。


(頼れるとしたらあの辺かしら)


 エマはソファから立ち上がり、急ぎリリアーナの元へ向かうのであった。




 王宮から少し離れた場所にある訓練場。

 ここでは日夜、屈強な騎士団員達が修行に励んでおり、この時間も例に違わず、日差しに照らされながら若手が剣を振っている。

 その光景を一歩引いた位置から監督している人物が一人。ジーク・ラムゼイーー騎士団の部隊長を務める男である。


「これはこれは、姫様。お久しぶりでございます!」


 近づくリリアーナとエマに対して、頭を下げるジーク。それに続いて、部下達も臣下の礼を取った。


「皆の調子は如何しら?」

「ご覧の通り、皆真摯に励んでおります。全ては、リリアーナ王女殿下をお守りするためです」

「まあ。それは頼もしいわね」


 クスッと笑みを漏らすリリアーナの笑顔は、訓練で疲れた剣士達の癒しとなり、一様に鼻の下が伸び切っていた。


(女性の私でもドキッとするのだから当然よね)


「ところで姫様、そちらの方は?」

「紹介するわ、こちらはエマ・グレイセス。私の家臣であり、剣の先生でもあるわ」

「エマ・グレイセス・・・・・・あぁ、君が巷で噂の伯爵令嬢か!」


 不名誉な覚えられ方をしていることに、エマは苦笑いを見せるしかない。見兼ねたリリアーナは、青髪短髪の部隊長を嗜めることに。


「ジーク、そんなことだから貴方は女の子にモテないのですよ?」

「し、失礼しました! エマ嬢、どうかお許しください!」


 三十路の男は、見事な直角のお辞儀を披露する。悪気はなかったということで、エマとしても穏便に済ませることにした。


「いえ、お気になさらないでください。それより、あれからお腹の調子は大丈夫ですか?」


 話題が切り替わり、ジークがばつが悪そうに頭を掻く。


「その件ですか・・・。いやはやお恥ずかしい」

「ほんとですわ。大事な準決勝を前に、お腹を壊して棄権するだなんて」


 前回の覇王剣舞祭ーー即ちエマの元婚約者であるタイラーが優勝を収めた大会において、彼の準決勝の対戦相手が実を言えば目の前のジークであった。

 ジークの隙のない剣術は、分析能力に優れているエマをもってしても攻略の糸口を見つけることができないほどであり、果たしてタイラーが勝てる確率はどれくらいあろうか。そんなことを三日三晩考えているうちに辿り着いた手っ取り早い作戦が、試合前に下剤を服用させるという姑息な手段であったのだ。

 古典的にも思えるこの作戦は、その実ジークには効果覿面であり、戦わずしてタイラーに勝利を齎す結果となった。

 今となれば最低なことをしたと、エマは深く反省しており、先の発言はジークの体調を気遣っての一言だったというわけだ。


「なんとかアルバレス派の意地を見せたかったのですが、面目次第もございません・・・」


 彼が自ら口にするように、騎士団の中にも明確に派閥は存在する。だが、組織のトップである騎士団長がシュナイデルである以上、アルバレス派の肩身が狭いことは言うまでもない。ここ最近は大きな手柄を立てられそうな仕事は露骨にシュナイデル派の部隊に回されており、アルバレス派としては面白くない日々が続いている。


「そこで折り入ってご相談がございます。実は、本日はその件でお邪魔した次第です」

「・・・・・・場所を移した方がよろしい感じですかな?」


 部隊長の配慮に対して、エマとリリアーナは無言で頷く。ジークは部隊のメンバーに自主練を指示した後、二人を休憩所の小屋へと移動させた。


「ーーすみませんね、こんな汚い所で」


 王女殿下と伯爵令嬢を招くには相応しくない場所と感じたのだろう。ジークが椅子に腰掛けながら詫びごとを述べる。


「いえ、急に出向いたのはこちらですので。お気遣いなく」


 代表してエマが返すと、すぐさまジークは机の上で手を組んだ。


「それで、折り入って相談というのは?」

「その前に先日のメアリー王妃暗殺の件、騎士団内ではどういった話で纏っていますか?」


 思わぬエマの問いかけに、ジークの表現が引き締まる。


「それは、お答えすることはできません」


(あら、そう来るのね。でしたら、こちらから核心を突かせてもらうわ)


「我が国は先日から東の小国と戦争を開始していますわよね? 何故いまそんなことを?」


 メアリー王妃死後、突如始まった戦。実際は戦と呼べるほどのレベルではなく、言ってしまえばキルティア王国の大虐殺だ。これまで取るに足らない存在として野放しにしていた劣弱相手に、このタイミングで兵を大量投入して攻め込んでおり、間違いなく数日以内に陥落する見込みだ。この不可解な采配について、エマは疑問を呈しているのだ。


「それは・・・・・・」

「ここからはあくまで私の推測です。メアリー王妃を殺害したのは、東から送り込まれたスパイの仕業だった。我が国としては、面目を保つため、愚かな東の小国に制裁を加えることを決意した。大虐殺は世界への見せしめであり、王妃の仇は取ったという国民への意思表示である・・・・・・違いますか?」


 答えは聞かずとも、狼狽するジークの表情が物語っている。エマはジークと同じように、テーブルの上に手を組んだ。


「恐らく戦争終結後、騎士団の最高司令官であるシュナイデルは宣言するでしょうね。『恐れるに足らず。キルティアを陥れようとする不遜な存在はこのシュナイデルがこれからも排除する』と。それを聞いた国民は思うのです。『あぁ、このお方に付いていけば間違いないわ』と。」


 ジークにとっても、リリアーナにとっても最悪の展開。だがそれが、遠くない先で起こるこの国の未来だ。

 それを打破するために、エマはこの場にいるのである。


「ジーク殿、貴方も分かっているはずです。これがシュナイデルによる計略であることくらい」

「・・・・・・私にどうしろと言うのです」


 エマは辺りを見回し、聞き耳を立てていない者がいないか確認してからテーブルの真ん中に顔を近づけるよう指示した。


「実は明夜、こちらの密偵がスラムの闇ギルドに忍び込む予定です」

「えっ、何のために?」

「シュナイデルが王妃暗殺に関与した証拠を盗み出すためです。貴方には、彼らの逃亡の手助けをして欲しいのです」

「なんとまぁ・・・」

「因みにこの件は、リリアーナ王女殿下も承知の話です」


 付け加えられた言葉を受け、ジークが目を向けると、リリアーナは真剣な表情で頷いていた。どうやら冗談ではないようだと、ジークは判断した。


「この話をわざわざ私にしていると言うことは、既に敵側に情報が漏れているというわけですか」

「そう思って頂いて結構です」


 ふむ、と暫し考えに耽ってから、ジークはリリアーナに確認する。


「この件、上の者には?」

「もちろん存じております。ただし、公に命を受けることはありません」


 上というのは、アルバレス公爵やジークの上司であるロイド隊長のことを指している。

 彼らが登場すれば否応なしに目立つことが予想され、如何に内密に動けるかが鍵となる今回の任務においては、口を挟まない方が良いという判断であった。


「分かりました。今回のケースであれば少人数での行動が好ましいと思いますので、私含め三人程のチームを編成して臨ませて頂きます」

「頼んだわよ。ただし、決して無理はしないこと」

「有り難きお言葉、感謝致します。成功した暁には、私と結婚して頂けますか?」

「冗談は顔だけにしてください。叩きますわよ?」

「すみません、急ぎすぎましたね。では、ご婚約からーー」

「却下です!!」


 一瞬で二度振られたジーク。

 本当にこの人に任せて大丈夫だろうか。

 エマは自分の選択を間違えてしまったかもしれないと、少し後悔していた。



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