第05話 王女様との約束
シェフィールド達に依頼をしてから一週間経った頃。ようやく王宮にもいつもの日常が戻りつつあり、リリアーナもまた、中庭で剣の稽古を再開していた。
「はぁ・・・・・・」
あれから夜眠るたびに、目の前で倒れたメアリー元王妃の映像が頭の中を支配し、魘される毎日が続いているリリアーナ。刀身に映る自分の顔はそれはもう酷いもので、剣を振っても身になっている感じが全くしなかった。
そんな彼女を見兼ねて、慣れない木刀を持って近づく一人の少女がいた。
「剣に迷いが見えますね。それではどれだけ練習しても意味がありませんよ」
「・・・エマ」
「今日は特別講義です」
エマはリリアーナに木刀を渡すと、目の前で徐に剣を構える。
「私がお相手を差し上げますわ!」
「エマが、私と?」
「あら、不服かしら? 今のリリアーナには十分過ぎる相手かと思いましたが」
煽られてムスッとするリリアーナ。剣を構え直し、エマと対峙する。
「いつでもどうぞ」
エマの呼びかけで、リリアーナが前に出た。ダイナミックな動作で左下から右上へと振り上げられた剣。だが、動きが大きい故にエマには丸わかりだ。
背筋を利用して上半身を後ろに倒し、左逆袈裟斬りを回避。その場で反転し、無防備となっているリリアーナの左脇腹へ木刀を打ち込む。
「一本ですね」
「ーーっ。まだまだ!!」
寸止めされた木刀を払いのけ、リリアーナが更なる攻撃を仕掛ける。しかし、エマはそれをまるで宙に浮かぶ紙切れのように、ひらりひらりと躱していく。
「動作が大きすぎますよ! 脇を締めて、剣は最短距離で出すように心がけてください!」
思い通りにならずイライラしていたリリアーナだったが、エマの言う通りに意識してみると、面白いほどに剣の流れがスムーズになるのが分かった。更に付随して攻撃の繋がりも良くなり、次第にエマも避けるだけでは苦しくなってくる。
(さすが、リリアーナ。この飲み込みの早さは異常だわ。であればーー)
避けきれない攻撃は剣で往なし、隙を見つけては相手の動きを制するような嫌な一撃を繰り出すエマ。そのスマート過ぎる立ち振る舞いを前に、リリアーナが防戦一方と化す。
だか、エマは相手を圧倒するためにこの戦況を作り上げているわけではない。リリアーナの持つポテンシャルを最大限に引き出すため、そして眠った力を呼び起こすために敢えて逆境に立たせているのだ。
「相手の足の動きをしっかり見て! 剣の出処は足の動きに比例するわ!」
リリアーナが拙いながらも、エマの足の動きに合わせて体勢を入れ替える。すると、先ほどまでは苦しかった受け身も難なくこなせるようになり、相手の一瞬の隙を見逃さず打ち込めることが可能となった。
自分の著しい成長に、目を輝かせながら剣を振うリリアーナ。先ほどまでの沈んだ表情は、はるか彼方へと消え去っていた。
(上出来ね)
エマは、敢えて大きなモーションで攻撃に入った。当然、今のリリアーナはそれを簡単に往なし、素早いカウンターを食らわす。
弾かれた木刀が、エマの後方にドスっと落ちた。勝負ありである。
「さすがね、リリアーナ。貴女の勝ちよ」
「よく言うわ。最後の、わざとなのでしょう?」
「まさか。買いかぶりすぎよ」
そう言って涼しい顔で中庭のベンチに腰を下ろすエマ。隣の席をポンポン叩きながら、リリアーナにこちらに来るよう促す。
「少し、話しませんか?」
「いいですわね」
心地よい疲労が身体に広がり、二人はしばらく澄んだ青空を眺めていた。
「ーー私、おばあさまが倒れた時、目の前にいたのに何もできなかった。それが今もすごい心残りで、私っていざという時に何もできないんだなって・・・今回の件で痛感しました」
リリアーナが涙目になりながら、悔しそうに唇を噛み締める。隣に座るエマは、そんなリリアーナの背中にそっと手を当てた。
「誰だって最初はそうよ。色んな経験をして、人は成長するものだわ」
「・・・エマもそうでしたの?」
「もちろんよ。私には、王族であるリリアーナの苦労は分からないけれど、それでもやっぱりこれまでの人生、嬉しいこともあれば辛いことだってあったわ。ほら、婚約破棄とかね!」
辛い出来事だったはずなのに、笑い話として話してくれるエマの優しさが心に沁みた。
悲観的になるのはやめよう。メアリー王妃の死は十分過ぎるほどに悼んだ。であれば、いつまでも思い悩んでいてはいけない。残された人間は前を向いていかなければならないのだから。
「私、天国のおばあさまのためにも絶対に強くなりますわ。だから、見ていてくださいね、エマ」
「もちろんよ。ずっと隣で見ているわ」
「約束よ?」
「ええ。約束」
指切りを交わす二人の少女。王女と家臣としてではなく。かけがえのない友として。
誰にも憚ることなく、二人だけの時間がそこにはあった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
王宮の地下通路。
元々は有事の際に、国王や側近が逃亡するために作られた国家機密であり、使用の承認は公爵以上の位にしか設けられていない。
そんな秘密のルートを、赤毛のウェーブパーマの女性が悠然と歩く。
幾つかある分かれ道を左に曲がり、突き当たりの階段を登っていけば、あれよあれよと言ううちに、地上に辿り着いた。
既に夜更けであるが、森の中に佇む離れにはランプが灯っており、人の気配を感じさせる。
メイド服を着た女性は、玄関で足を止め、ドアを三度鳴らす。扉が開かれた先で待っていたのは、還暦を過ぎたであろう初老の執事だった。
「ようこそ、セシル様。旦那様が奥でお待ちです」
「はい。ご案内よろしくお願い致します」
セシル・マイアー。
リリアーナのお付きである彼女には、誰にも言えない秘密があったーー。
「旦那様、セシル様が到着なさいました」
「通せ」
執事に誘導され、とある部屋へ通されたセシル。薄暗い室内の壁には、いくつもの武器や防具が据えられており、まるで拷問部屋と錯覚しそうだ。
「遅かったな」
「すみません、少し立て込んでおりまして」
「ふん、まあいいだろう。では、早速報告を聞こうか」
軋んだ椅子の音を鳴らしながら、こちらを振り向いた男性。長い金髪を後ろで束ねたオールバックの髪型は威圧感を醸し出し、圧倒的なオーラを放っている。
この男こそ、キルティア王国最強の剣士であり、アルバレスと次期国王の座を争っている張本人ーーシュナイデル・アルバート・アステリアである。
「先日メアリー王妃の殺害を実行した『ブラッディ・ローズ』のシェフィールド及びマルタですが、アルバレス陣営と接触した模様です」
「・・・どういうことだ。足が付かないから奴らを雇ったはずだが?」
シュナイデルが眉間に皺を寄せ、人差し指で机をトントン叩き始める。その構図は部下を叱る時の上司そのものだ。
しかし、セシルが顔色を変えることはない。シュナイデルとは対照的に、あっさりとした口調で報告を続ける。
「向こうサイドにも闇の世界と通じている人間がいたのでしょう。そしてその人物は、シェフィールド達にある依頼をしたという話です」
「俺が王妃暗殺を企てた証拠・・・か」
「はい。ただ、末端の彼らでは証拠など持ち合わせているはずもございません。つまりはーー」
「本部から持ち去る可能性が高いということだな」
「おそらくは」
シュナイデルは不敵な笑みを浮かべ、椅子に深く座り直す。彼の脳裏では、全てを一網打尽にする恐ろしい計画が構築されようとしていた。
「良くやった、セシル。やはりお前を送り込んで正解だったようだ」
「いえ、そんなことは・・・・・・」
伏し目がちになるセシル。シュナイデルはゆっくり立ち上がると、彼女の側まで行き、肩に手を回す。
「謙遜するな。お前には、俺と同じ血が流れているんだ。自分は選ばれた人間だということをもっと自覚しろ」
殺し文句のように聞こえるが、セシルにとってすれば全く喜ばしい台詞ではない。
自分は、シュナイデルとその愛人である平民の母親から生まれた望まれざる子。当然戸籍上の繋がりもない。体の弱かった母が自分を産んで早々に亡くなったにも関わらず、何の援助もなく無慈悲にも孤児院に預けられた。そうして18歳を迎えた頃、何事もなかったかのように侍女として王宮に招き入れたのだ。それも、自分にとって都合の良い駒として働かせるために。
故にこの男を父親とは認めてはいない。だが、セシルには逃れられないしがらみがあった。
「分かっていると思うが、下手な真似はするなよ? あんな孤児院潰そうと思えばいつでも潰せるんだからな」
こんな下劣な王族の血が自分の中にも流れているかと思うと反吐が出る。無意識に拳を作っていたが、自分にはその手でシュナイデルを殴る勇気も気概もない。気づいた頃には、握られた拳は解かれていた。
「もちろんです。旦那様を裏切るようなことは致しません」
「物分かりがいいのは母親似だな。その調子でこれからも頼んだぞ」
肩を二度叩かれ、解放されたセシル。
振り返り、部屋を出ようとする彼女は人知れず懺悔する。
(許してください、姫様。これは逃れられない私の運命なのです)




