第04話 亡国の皇女と戦士
メアリー王妃の葬儀は、バッキャム寺院のダリル・ウォーカー主席司祭が取り仕切り、つつがなく執り行われた。国内外の多くの人々が、生涯に渡って王家に明るい未来を照らし続けた偉大な王妃をしのんでいた。
現在は、喪に服す期間。本来であれば軽はずみな行動は慎むべきなのだが、アルバレス公爵の頼みとあれば話は別だ。
ーー遡ること2日前。
「この度の働き、大変ご苦労であった。国王に変わって礼を申し上げる」
「いえ、救えたかもしれない命・・・残念でなりません」
窓の外を眺めるアルバレスの背中には哀愁が漂っている。無理もない。王妃である前に実の母。思いを馳せるのは当然であろう。
「君は、此度の件、誰の仕業だと考える」
「それはーー」
その問いに答えるには、このタイミングでメアリー元王妃の命を奪うことで誰が利するを考える必要がある。
メアリー元王妃には3人の孫がいた。アルバレスの長女・マリアーナ、次女・リリアーナ、そしてシュナイデルの長女・アンジェリカだ。中でもリリアーナは、メアリーから格別の寵愛を受けて育っており、その父であるアルバレスこそが次期国王に相応しいと太鼓判を押すほどの贔屓ぶりであった。
当然、それを面白く思わないのがシュナイデルだ。メアリーさえ排除すれば、アルバレスを推す強力な存在はいなくなり、己が次期国王に確実に近づくことができる。況してや、既に瀕死状態の国王のことだ。長年連れ添ったメアリーが先に逝ったことで、後を追うようにあの世へ逝くことも考えられる。そうなればとんとん拍子で事が進む理想的な展開を演出することができるというものだ。
故にエマの答えはこうだ。
「無論、シュナイデル公爵かと。彼が裏で糸を引いていたのは明白です」
「ふむ。では、実行犯についてはどう思う」
「大体目星が付いております」
「聞かせてみなさい」
「極悪非道の闇ギルド『ブラッディ・ローズ』です。町外れのスラム街を拠点にする奴らは、誘拐、監禁、殺人など、ありとあらゆる悪事を請け負っており、報酬さえ払えば誰にでも従うような危険な連中です」
その言葉を聞き、アルバレスがエマに向き直る。
「なぜ犯人がそいつらだと言い切れる」
「理由は王妃殺害に使用された毒です。あれはシスランの毒といって、『ブラッディ・ローズ』が好んで使う毒物です。一般にはほとんど出回っておらず、主に闇ルートで取引されているので認知度はかなり低いですが」
当たり前のように裏世界の情報を口にするエマに、アルバレスが悪い笑みを溢す。
「さすがだ、もうそこまで辿り着いていたとはな」
(自分でも気付いていたのね)
敢えて試すようなやり方に不満も感じるが決して顔には出さず、エマは次に言われるであろう命令を待った。
「そこでだが、エマ嬢。君に一つ頼まれて欲しいことがある」
「スラム街に潜入し、シュナイデル公爵がメアリー王妃の殺害を命令した証拠を探し出せばよろしいのですね?」
話が早いと言わんばかりに、アルバレスが執事に指示を出す。
執事から手渡されたのはフード付きのローブだった。
「城下町を抜けるまではそれを被っていきなさい。君の容姿はリリアーナほどではないが、よく目立つ」
(意外と親バカなところもあるのね)
「分かりました。では準備ができ次第、向かいます」
「頼んだぞ」
ーーそして、今に至る。
フードを目深に被り、スラム街に足を踏み入れたエマは、躊躇することなくとある路地裏に入った。手慣れた様子ですいすい進んでいくと、行き止まりにタバコを吹かしながら佇む一人の男を発見する。
「久しぶりね、アルカンド」
「・・・誰かと思えば、婚約者のためなら何でもする嬢ちゃんじゃねぇか。元気してたか?」
この男はアルカンド。スラム街の斡旋屋だ。過去にはエマも、タイラーを覇王剣舞祭で優勝させるために、随分お世話になった人物である。
「その言い方はやめてちょうだい。それに、もう婚約者でも何でもないのよ」
「あぁん? それはどういうこったい」
エマはここ最近起こった身の回りの出来事をアルカンドに話した。自身が婚約者に裏切られたこと、リリアーナが暗殺者に命を狙われたこと、そしてメアリー王妃が毒殺されたこと。
全てを聞き終えたアルカンドは、吸い終わったタバコを路上に捨て二本目に火を付けた。
「・・・なんていうか、気の毒だったな」
「その一言で片付けないでちょうだい。これも何かの巡り合わせ。また力を貸してもらうわよ」
「それは報酬次第だということを忘れたか?」
吹きかけられたタバコの煙を手で払いのけ、エマは大量の札束をアルカンドの胸に押し当てた。
「これで満足?」
「相変わらずの羽振りの良さだな。いいぜ、用件を聞こうか」
(金さえ払えば何でも言うことを聞く人間ほど扱いやすいものはないわね)
「シュナイデル公爵が王妃殺害を企てた証拠が欲しい。実行犯に会わせてちょうだい」
「いいだろう。ただし目的を達成できるかどうかは嬢ちゃん次第だぜ」
「分かってるわ」
ほどなくして、エマは指定された古屋に向かった。入り口は破壊されて筒抜け状態。コツコツと自分の足音が響く中、奥へ進んでいくと、一箇所だけ不自然にしっかり扉が閉められている部屋を発見した。
(ここね)
エマは臆することなくドアノブを握った。開け放たれた先には顔に火傷の痕がある体つきの良いスキンヘッドの男と、俯き気味の一人の少女がソファに座っていた。
「あんたがアルカンドの言ってた女か?」
様子から察するに、名前や身分は伏せていたのだろう。エマは目の前の二人の顔を眺めた後、颯爽とフードを脱いだ。
「エマ・グレイセスよ」
あからさまに男の顔が歪んだ。なぜ貴様がここにと言わんばかりの表情が見て取れる。
「アルカンドのやつめ、俺たちを嵌めやがったな・・・・・・」
苦虫を噛み潰したように独り言を呟く男を無視し、エマはソファに腰を下ろす。
「まずは名前を聞かせてもらおうかしら」
「・・・シェフィールドだ」
「マルタ」
自己紹介を終えた二人に、エマは早速切り込んでいく。
「シェフィールドとマルタ。単刀直入に聞きます。メアリー王妃を手にかけたのは貴方達ですか?」
問いかけに対して、シェフィールドとマルタはうんともすんとも言わない。
エマは、アプローチを変えることにした。
「マルタ、貴女は貴族の出ですね?」
マルタが驚いたように顔を上げる。改めて見ると、猫のような目元の可愛らしい少女という印象だ。ブルーの瞳が揺れており、エマの推測は確信に変わった。
「その瞳・・・なるほど。あなたは、今は亡きギャレス皇国の生き残りというわけですか」
かつてキルティアに隣接したギャレスという国があった。世界でも有数の鉱石発掘国として有名であり、武器製造においては右に出る国はいないと称されたほどだった。
だが、その技術とノウハウに目を付けた現キルティア王国の国王が、圧倒的武力でギャレスを制服し、併合した。その際、皇族達は皆処刑されたと公表されていたのだが、目の前の少女はギャレスの皇族の特徴であるスカイブルーの宝石眼を所持している。それはつまり、ギャレスの血が途絶えていなかったということを意味していた。
(さしずめこっちの大男は亡国の戦士ってところかしら)
「つまりこういうことね。貴方達は個人的にキルティア王国に恨みがあった。だからシュナイデルの計画に加担して、国王の大切な人を奪ってやった。自分達の大切な国を奪われた時のように」
「ーーっ。おまえ、一体何者なんだ」
動揺を隠せないシェフィールドに、エマは小首を傾げて見せる。
「あら、ただの一伯爵令嬢に過ぎませんわよ。そんなことより、私と取引をしましょう」
「取引だと・・・?」
「そうです。貴方達がシュナイデルの依頼で王妃を抹殺したという証拠を提示して欲しいの。代わりに先ほどの件は忘れてあげるわ」
先ほどの件とは言うまでもない。自分達が亡国の残存者であることがキルティアに知られてしまえば、たちまちマルタに危害が及ぶ。シェフィールドとしては、それは何が何でも避けなければならなかった。マルタの安全こそが、主から託された最後の頼みなのだから。
「・・・・・・要件は分かった。だか残念だが、一ギルド員の俺たちでは証拠と呼べる証拠は持ち合わせていない。本部になら契約を取り交わした時の書類は残っているだろうがな」
「なるほど。ではこれならどうです」
エマはローブの下からまたもや大量の札束を取り出し、机の上に置いた。このスラムであれば5年は暮らしていけるだけの金額だ。
「何の真似だ」
「改めて貴方達に依頼します。『ブラッディ・ローズ』の本部に忍び込み、シュナイデルと交わした契約書を盗んで来てちょうだい」
「・・・・・・それが、どれほどの行為か知っての依頼か?」
ブラッディ・ローズは規律を重んじる集団だ。故に裏切りは絶対に許さない。良くて人身売買の道具にされ、最悪処刑されるだろう。そこまでのリスクを背負うからには、それ相応の対価を示せ。そう暗に要求しているように聞こえた。
「仕方ないですね。では、成功した暁には更に20000ガルをお支払いします。そのお金を持って、国外へ逃亡すればよろしいでしょう」
「ーーに、20000ガルだと!? 正気か」
「もちろん、嘘は付きませんわ。ただ、これはギルドを介しての契約ではございませんので、書類等にサインすることは出来ません。それでもよろしいですか?」
エマが定時した額は、国内でも一等地に家が建つほどのものだった。物価の安い国外であれば尚更だろう。
だが、報酬に惑わされて判断力を見誤ってはいけない。目の前の女は、万が一のために、自分が関係したという証拠を残さないようにしようとしている。果たしてどこまで信用に値するか。この一瞬で見極めなければならなかった。
シェフィールドは、真っ直ぐに見つめてくるはしばみ色の瞳と、正面から向き合う。
常人であればすぐに目を背けたくなるような強面にも、エマはビクともしていない。寧ろ乗るか乗らないかは貴方次第よと、試されているような気にさえなってくる。
「・・・・・・まったく、末恐ろしい女だな」
数々の依頼人と交渉を行なってきたが、シェフィールドにとって、ここまで心を見透かされているような感覚は初めてだった。自ずと、右手を前に出していた。
「分かった、その依頼引き受けよう」
「よろしく頼むわ」
固い握手を交わし、交渉は成立することになった。
エマが退出した後。
ソファに背を預けたシェフィールドは天井に向かって大きく息を吐いた。
「これは大仕事になるぞ」
「・・・大丈夫なの? 組織に楯突くようなことして」
「心配するな。お前のことは何があっても俺が守ってやる」
頭をポンポン撫でられ、マルタは嬉しそうにする反面、やはりどこか不安そうだ。
「絶対成功させようね」
「ああ」
国を失って以降、スラムの闇ギルドに身を潜めながらも、二人三脚でここまで頑張ってきた。他人から見れば底辺な生活かもしれないが、今のマルタには十分過ぎる幸せなのだ。
この幸せを失う訳にはいかない。
亡国の二人の挑戦が、今始まろうとしていたーー。