第80話
家に戻り、預かった資料に目を通した。
採掘できる資源や国の中心となる地域の特色が記載されており、別紙として地図が添付されている。
地図には縮尺がないため、どの程度の範囲で都市を形成するのかはわからない。ただ、聞かれたときに答えられるように、都市計画の修正案を頭に思い浮かべた。
都市計画というものは、前世では商業や工業、住宅地などに細分化され、既存の道路や将来的に計画されているものについても図に表されているものだ。
そういった図面は存在しないのか、それともただ渡されていないだけなのかもしれない。
コークスを作るとなると、長期的にみて大気汚染やそれに関係した病気を気にかけておかなければならない。工場を都市から離すのはもちろんのこと、風や河川の方角も気にかける必要があった。
また、バサノス···バサルト繊維を作ることができなかった場合についての予備案や、交易におけるこの国ならではの商材を考えることも必要だろう。
「ビジェ、少し聞いてもいいかな?」
対面で同じ資料を見ていたビジェリゼックに声をかけた。本人の希望もあったので、かしこまった話し方はやめることにする。
「···なんでしょうか?もしかして夜這いの申し出ですか?」
「全然違いますけど?」
顔を合わせてからまだ短い時間ではあるが、彼女の性格は何となくつかめるようになっていた。
無表情でああいった言葉をいうときはコミュニケーションをとろうとしているのだ。宴会の席でエフィルロスがビジェの取り扱いについて教えてくれたこともあるが、彼女は真面目で正義感が強い。ただ、それなりに長く生きており、戦いに身を投じてきただけに普段はあまり感情を表に出さないのだそうだ。
だからといって性格破綻者というわけではない。どちらかというと、人と距離をおいて観察する癖があるだけで、優しく思いやりのある一面もあると言っていた。
とはいえ、おそらく今の冗談を真に受けると俺はこの世から消える気がする。殺戮ウサギであることを失念してはいけない。
「アイスエルフの食習慣について聞かせてくれないかな?それと、他のエルフのこともわかるなら教えて欲しい。」
「餌付けですか?」
「違うから。」
そこでクスッと笑うビジェを見て俺もつられて笑ってしまった。
「食の改善と来訪者の胃袋をつかもうと思ってる。」
「それはやはり餌付けでは?」
「食べ物がおいしい国はある意味で豊かになれるんだ。贅沢ばかりだと健康を害してしまうけど、人を集めて笑顔を増やすためには必要なことだと思う。暮らしている人たちがそれぞれの食文化を持ち合っていくことで、それがそのうち融合して新しいものを生むしね。」
「それは賛成ですね。エフィーの言っていた通りで良かった。」
エフィーとはエフィルロスの愛称のようだ。彼女たちは仲が良い。
「エフィルロス様は何と言っていたのかな?」
「ソーなら食生活を改善してくれるかもしれない。そのためには、近くにいて誘導する必要があると言ってました。」
「だから護衛を引き受けたと?」
ビジェがにっこりと笑った。
何のことはない。
ビジェはうんざりしていた食生活の改善のために俺の護衛になったのだ。そして、彼女の性格や憂いをうまく利用したエフィルロスは策士なのである。
「まあ、俺もここに限らず食に関しては思うところがあるからね。明日にでもそのことについても提案するつもりだよ。」
「ぜひ。」
その後、ビジェは先に自分の寝室へと行き就寝した。部屋を去り際に「不審な気配を感じたら目が覚めるのでご安心を。」と言い残して。さすが歴戦の殺戮ウサギである。
俺は明日に提案することについて頭の中でまとめあげ、提案漏れをしないように箇条書きでリストアップしておいた。黒板やホワイトボードなどは存在しないため、ほぼ口頭での説明となる。
PowerPointなどでプレゼンするときと同じ要領で行うつもりだ。資料はないため、平板をホワイトボードに見立てて簡単な図を描き詳細説明をする。
PowerPointや黒板があれば視覚的に説明を簡略化できるので有用なのだが、資料をあまり細かく作り過ぎるのはよろしくない。
人の心理というものは、後からでも確認できると思えば集中力を欠いてしまうものだ。手もとで図を描き口頭で説明を加えると、視聴しているものは頭を働かせながらいろいろと考察する。さらにその内容を筆記することは脳内での記憶と理解を促すのである。
持論だが、俺はこの効果を出すために、ビジネスにおけるプレゼンではグラフなどを用いた実績や予測数値をメインで資料作成するようにしている。
口頭で説明できるものは基本的に資料には入れない。後から見て詳細がわからない資料にしておくことで、提案する相手が話に集中することを狙っている。
もちろん、プレゼンではなく提出のみの資料は緻密に作成した。そもそも、プレゼン用と提出用の資料は使い分ける必要があるからである。




