ぼんやりとくっきりと
扉が開き、二人のお客が塔へ入ってきた。
「パルお兄ちゃん、こんにちは!」
元気な声がした。聞いていて心地の良い、子ども特有の高い声だ。
「パル、今日はコイツ、ホットココアが飲みてぇらしい」
『お客二人』とは、以前も来客したことのあるロロンとセシアのことだ。どうやらあの一件以来仲良くなったらしい二人は、こうしてたまに揃って来店する。
「こんにちは。セシアは? 何か注文するか?」
「いや、俺はいい」
セシアは店に来ても何かを頼むということをしない。ロロンを連れてきて、好きなものを与えて帰っていくのだ。
「分かったよ。じゃあちょっと待ってて」
セシアは別にお金持ちという訳では無いらしいので、わざわざ自分の分を我慢しているようだ。ところがここの店主は、そういうお客を好かない。
パルがカウンターキッチンに立ち、機嫌よくホットココアを作り始めると、好奇心旺盛なロロンは一生懸命に身を乗り出してその過程を見つめる。
「危ねぇだろ」
セシアはそう言いながらロロンを抱き上げた。
「セシアお兄ちゃんすごい! 僕も! 僕もセシアお兄ちゃん抱っこする!」
「ロロンにはまだ早ぇよ」
ロロンが頬を膨らませて怒ると、セシアはロロンの頭をくしゃくしゃと撫でた。そうするとロロンは瞬く間に笑顔になるのだからこの二人は本当に仲が良い。
「そうだ。ちょっと待ってね」
そう言うとパルは指をパチンと鳴らした。出てきたのはかごに入った色とりどりの宝石のような球体だ。
「これ、一応お菓子だから。よかったら二人で食べて」
パルお得意の魔法で作られたその不思議なお菓子は店内の淡い光を優しく反射する。
「パルお兄ちゃんすごい! きらきらしてる!」
「本当にいいのか?」
セシアはパルが頷くと礼を言ってから、まずはロロンに一口あげて自分も口にした。
この宝石のような魔法のお菓子は、食べる人によって味が変わるという。その人の好みの味になる、本当に不思議なお菓子なのだ。
「はい、ホットココアも。どうぞ」
「わあっ」
嬉しそうに瞳が輝く。それを見るとパルはとても心が温まった。
パルがそっと机に置いたホットココアを持とうとするロロンより先にセシアが持って数回息を吹きかける。
「セシアお兄ちゃん、もう冷めた?」
「おう」
セシアからマグカップを受け取ったロロンは、小さなその手で優しく包んでゆっくり飲み始めた。
「……! これはこれは」
まるで兄弟のようでいて正反対の二人を包む不思議なベールがパルには見えた。
「どうかしたのか?」
「いや、やっぱり何でもないよ」
パルが満足そうに微笑むと、それに反比例してボアーダの顔は険しくなった。
「気に食わねぇ……褒め言葉じゃねぇからな」
以前パルが、ボアーダの言う気に食わねぇは褒め言葉だ、と言った事を気にしているのか後付けするボアーダに、くすくすとパルの笑みがこぼれた。
「はいはい。ボアーダ、店番よろしくね」
「何で俺がしなくちゃいけねぇんだよ」
そう軽口を叩きながらもエプロンを体に巻き付けた。
パルは階段を上っていく。そうして仕事部屋につくとすぐさま机に向かった。
「名付ける色は夢幻色。あんなにも楽しそうに幸せそうに笑うふたりを見てたら何だかこっちまで嬉しくなる。俺、喫茶店始めてよかったな」
パルは満足げに呟いた。
「ちょっとさぼるか」
ベッドの上で大の字になる。すると階下から可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
その声に微笑みつつ、パルはそっと、瞳を閉じた。