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誰が悪い?

 この頃は塔の中の喫茶店でお昼を始め、そのままゆったりとお昼を終える人が増えてきた。今日も店内には人やそれに近しい存在が集まっている。

「うおおおおお!!」

 小さな男の子が、おもちゃのヒーローを片手に持って高く突き上げ、店内を走り回る。

 大きくて下品な舌打ちと共に紫色のマントがひらひらとはためいた。

「おい坊主! ここは喫茶店だ。他にも客がいるだろう。静かにしろ!」

 顔が大きく縦長で二頭身ほどしかない吸血鬼の男が、形のいい眉を吊り上げた。

 男の子はびくりと小さく震えて縮こまった。

「うぅっ」

 さっきまでは大声に驚いて時が止まったようにピクリともしなかったのだが、じわじわと目に涙を溜めてすすり泣く。ところがだんだん声も抑えられなくなっていき終いには大きく口を開けて大粒の涙を流しながら泣き始めた。

「ああ、泣き始めちまったな」

 外から見ていたボアーダの煙管きせるからぷかぷかと呑気に煙が立ち上る。

「……私は子供苦手なので」

「仕方ねぇな。パルに頼むか」

 二人が視線を向けた先には、深い緑色のつば広帽を被ったマダムと談笑するパルがいる。

「あっちもお取り込み中かよ」

 パルはどうやら気づいていないようだ。二人が諦めて子どもと男を振り向くと、がたり、と乱暴に音を立てて一人の少年が立ち上がった。

「おい、おっさん」

 ぶっきらぼうにそう声をかけ、男を見据える。

「何だ」

 怪訝けげんな顔をする男を未だ見据える少年は、とても派手な恰好かっこうをしていた。

 尖ったような黒に荒々しい赤色のメッシュが入った髪をして、丈の短い革ジャンの内側には、真紫のVネックTシャツを着ている。腰のあたりから鎖が二本垂れ下がる重たそうなダメージジーンズは動く度ジャラジャラと鳴った。

「アンタだけだぞ。そんな小せぇ事で文句言ってしかめっ面してんの。そんな歳にもなって恥ずかしくねぇのかよ。マジで有り得ねぇ」

「生意気な事を言うんじゃない。人に迷惑をかけているのは紛れもなくこっちだろう」

 もっともらしい事を言う男であったが、その返答を少年は鼻で笑った。

「外面だけ成長したただのガキだな、おっさん」

 男に冷たく言い放つと少年は、男の子の方を向いて目線がちょうど会うくらいの高さまで腰を落とした。

「ここはみんなの店だ。おまえだけの店じゃねぇからあんまり走り回ったりすんなよ。しずかに本を読みたい人、しごとをしたい人。いろいろな人がここにいるんだ。わかったか?」

 優しい声色で少年がそう言うと、男の子は素直にこくりと頷いた。

「……うん、わかった。もうしない」

「おっさん、子どもっていうのは悪気があってやってんじゃないんだよ。そんなに怒鳴りつけても怯えるだけで反省しねぇし無意味。アンタ、小さい子にストレスぶつけて八つ当たりしてるだけのクソジジイだぞ」

「ふざけるな!」

 男は逆上して杖を持つ短い腕を振り上げた。杖はびゅん、と音を立てながら少年を目掛けて伸びていく。少年は全く動じる事なく左手でズボンに着いたチェーンを取り外しジャラリ、とこちらも音を立てながら男を狙う。

「はい、そこまで」

 パルがパンパン、と手を叩くと杖とチェーンが中空で止まった。まるで無重力空間に存在しているかのように。

「流石に乱闘はやめてくれよ」

 パルは苦笑いをした。この店の常連客である吸血鬼は苦虫を噛み潰したような顔をして塔から逃げ出ていった。

「俺はパル。君達、名前は?」

 小さな男の子と赤メッシュの少年を交互に見てパルが問うた。

「セシア。さっきのおっさんみてぇなヤツが嫌いでいろんな店でああやって騒いでる。お陰様で今じゃ有名人だ」

 パルは、自嘲気味に言うセシアを柔らかい眼差しで見る。

「へぇ。正義感が強くていいじゃないか。俺は好きだよ、そういうの」

「アンタ、変わってんな」

 セシアは面白そうに口角を上げた。

「それで君は?」

「僕ロロン! ヒーローが好きなの!」

 きらきらと光る無邪気な瞳にパルは一層笑みを深める。

「そうなんだ。君のヒーローはセシアだね」

 ロロンの持っている人形が羽織るマントは、ヒーローの定番色で、セシアのメッシュとよく似ている。

「うん! セシアお兄ちゃん、僕に注意してくれてありがとう! 僕はセシアお兄ちゃんみたいになる!」

 セシアはロロンを抱き上げてにかっと豪快に笑った。

「嬉しいけど、セシアお兄ちゃんみたいにチャラついた恰好はすんなよ」

「セシアお兄ちゃんが駄目って言うならやらない!」

 いいこだ、とセシアはロロンの頭を撫でると、逃げていった吸血鬼の分の代金もしっかり支払って店を出ていった。


 パルは高鳴る胸の鼓動を抑えて色創ノートを開ける。セシアとロロンを見てから、パルの中で今日名付ける色は決まっていた。我ながらいい案だと思っているので、パルはノートに記すのが楽しみで仕方がなかった。

「名付ける色はヒーロー色。この色は赤だけじゃないし、真面目で誠実なのがヒーローって訳でもない。先入観だけじゃいけないんだ。大人になると狭い視界に囚われるから良くないな」

 パルはたまたま目の前にあった真っ赤な林檎の置物を手に取って、正面、左側、右側、裏側、と順にじっくり眺めた。

「これは赤じゃなくてもいいよね」

 林檎はその言葉とともに色を変える。真っ赤だったそれは、パルの手の中で瞬く間に光沢のある黄色へと変わった。

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