15 騎士の戦い方
「書類多すぎてムリ!」
貧民街での診療を終えて帰ろうというタイミングで、王城で書類探索にあたっていたレオが唐突に姿を現した。
ミラと契約しているわけではないレオだが、身内に近いラルフの居場所はすぐにわかるらしい。
「あんな陰気臭い部屋でコソコソ書類探しとか、俺の性に合わんのや。これ以上はもうアカン!」
自由を愛する精霊に、閉じこもった場所での根気がいる作業というのが、とにかく向いていなかったようだ。途中で諦めて戻ってきたというレオにキースが呆れる。
「投げ出すのはええだろ」
「いーや、もっと労って欲しい!」
頑張った俺! と大きく胸を逸らして、凝った肩をほぐすように伸びする。
「お疲れ様レオ、帰ったら公爵家お抱えの料理人に、うちの領地特産のハチミツをたっぷり使ったパンケーキを焼かせるわ。今王都で一番人気のお店の、最高級チョコレートも用意してあるから」
「最っ高!」
以前の様子から甘い物好きらしいとあたりを付けていた精霊は、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて、さらにくるりと身軽にトンボ返りをしてみせた。
「まあもう大体の範囲は見て、神殿関連の書類の場所も把握したから、もうちょっとや。ということで、あとは頼んだでラルフ!」
えー、と渋い顔しているラルフは、お菓子に興味はない様子だ。思いつきでミラは提案する。
「うちの領地は白ワインも有名なんだけど、いるかしら? 毎年王室にも献上している品よ」
ぱああっとラルフの顔が輝いた。
「ほなバトンタッチや」
ラルフの掌に向けて、レオが自分の掌を振り下ろす。バチンと小気味よい音が鳴った。
「痛いですっ、馬鹿力っ」と文句を残しつつ、ラルフが姿を消す。
夕刻にはまだ時間があったが、貧民街は日当たりが悪い場所にあり薄暗く、灯りも人通りも少ない。
大通りへと続く狭い路地へと入ったとたん、前方をふさぐように、男が三人立ちはだかった。
三人とも身長はキースと同じか低いくらいだが、横幅はキースの倍ある巨漢だった。
それぞれ片手に、長い槍、鋭い鉈、大きな斧を構え、堅気ではないのは明らかだ。
貴族全般を狙った物盗りか、と身構えるが、相手はミラを「聖女様」と呼んだ。
「悪いなあ聖女様、あんたにちょっと用があってね、大人しく俺たちと一緒に来てくれるかい?」
「これが聖女様ねえ、まだガキくさい体つきだが、顔は可愛いじゃねえか。将来イイ女になりそうだ」
子供っぽい身体ってどういうこと? とディスられた前半部分が引っかかる。
「男一人は丸腰で、護衛の剣士は一人だけか、不用心だなあ」
「男二人も珍しい目の色をしてやがる。売り飛ばしたら高くつきそうじゃねえか」
「確かに、金持ちのババア共がこぞって飛びつきそうだな。いや、女みてえな顔してっから、ジジイ連中にでも買い手がつきそうだ!」
下卑た笑い声を立てる三人に、キースとレオが半眼になる。
「うっぜえな」
「きっしょいわー」
しらけた顔の二人は、とくに慌てた様子なく巨漢たちと対峙する。
「おまえはミラから離れんな」
レオに言い置いて、前に出たキースが剣を抜く。
キースが剣を構えたのを見て、三人はそれぞれ形状も間合いも違う得物を手に、一斉に襲いかかってくる。
打ち鳴らされる鈍い金属音に、ビクッと首を竦めたミラを、レオが背に庇ってくれた。
激しい剣戟にヒヤヒヤしていたミラだが、攻防が続くうち、徐々にだがレオの肩越し、四人の動きを目で追う余裕が出てくる。
三対一であっても、キースの方が優勢なのは素人目にも見てとれた。
力任せに振り下ろされる、重量のある斧を危なげなくかわす。
さすがに斧とまともに打ち合うことは避け、うまくいなしながら相手の体にこまかな一撃を確実に与えていく。
右から撃ち込まれる槍先を剣先で受け流しつつ、左から距離を詰めようと向かってくる鉈の男のみぞおちを長い足で蹴りつけて、間合いを取る。
さらに打ち合いながら、滑らかに身をひるがえし、相手に回し蹴りを決める。
剣技も巧みだが、足技も多い。
――騎士の戦いってこんなんだっけ? 士官学校で習うのはもっとこう、正面切って正々堂々、とかじゃないんだっけ?
なぜこうも路地裏の喧嘩が様になるのか、見ていて疑問になるほど、キースは複数人を相手取った立ち回りに慣れていた。
――おまけに、楽しそうだ。
表情こそ真剣だが、その赤い目がイキイキと輝いているのに気づく。
最初に肩で息をし始めたのは斧を持つ男だ。キースはその男の背中に素早く回った瞬間、首の後ろ、まともに柄頭を叩き込む。
男は白目を向いて、顔面から地べたへと倒れた。
「てめえっ!?」
いきり立った残り二人の動きは、ますます単調になった。
キースは振り回される槍を避け、脇を走り抜けながら、横腿へ鋭い一撃を入れる。
体勢を崩し前のめりになったところ、男の膝裏、関節部分を思いっきり踏み抜くように蹴りつける。
バギッと嫌な音が響いた。
男は槍を取り落とし、膝から崩れ落ちる。――骨を折ったらしい。
「腱を切らないでやっただけ、感謝しろ」
真顔で吐き出される重低音の声が怖い。
「ひっ……!」
地面で気を失っている男、片足を押さえて痛みにのたうち回っている男、二人の仲間の惨状に、残りの男の顔も青くなる。
怯んだその隙を逃さずに、一閃したキースの剣が、相手の鉈を弾き飛ばす。
甲高い音とともに、鉈が石畳の上へ跳ねとんだ。
「ひゃああ!」
武器を失った途端、男は踵を返して走り出した。
独り逃げようとした男を、キースが追うより早く、ミラの隣でレオがパチンと親指と人差し指を打ち鳴らした。
途端男の足元、半円状に囲むように立ち上った炎が行く手を阻む。
「うわっなんだこれ! 魔術!? 化け物かっ?」
「バケモンちゃうわボケが」
前方の炎の勢いと、後方に剣を構えて無表情に立つキースを見比べて、震えた男はその場に尻もちをついた。力が抜けた男に剣先を突きつけ、制圧しつつ、キースがぼやく。
「べつに手助けとか頼んでねえんだけどな」
「よう言うわ。逃がしかけたやろがい」
頭の後ろで手を組んだレオが、べっと舌を出して見せる。
「ま、待て! やめろっ、助けてくれ!」
剣を構え直して一歩前へ出ようとしたキースを、男が慌てて手で制して喚く。
「刃物を手に三人がかりで襲ってきておいて、助けてくれ、だってよ」
良く出来た冗談に感心する風に、キースがレオに目配せする。
「ほお、なかなかおもろいこと言うやん。大爆笑だわ」
まったく笑っていない顔でレオも追従する。
この二人はまるで違うタイプだと思っていたが……良くないところが似通っている。
ミラは思わず顔を引き攣らせた。
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