12 副神官ピエルネの講義
神殿の祭壇正面、ステンドグラスからの光を受けて輝く白い女神像がある。
目鼻立ちはわずかな凹凸があるだけの女神像だが、その細部、しなやかな指先や足元まで流れ落ちる髪、波打って広がるローブの裾、透けるように薄いベールなど、すべて石で出来ているとはとても思えない、名工による至高の彫刻作品だ。
目の前に立てば自然と敬虔な気持ちにさせられる。
――二度目のチャンスを与えて頂き、ありがとうございます女神様。
胸の前で両指を組んで、ミラは女神像へ頭を下げる。
――でも、そもそもなんで私を聖女に選んだんでしょう。それにそんなすごい力があるなら一回目の時も、もう少し手助けしてくれても、いやいや全然文句とかではないんですけどっ……。
女神への問いかけがだんだん不敬なものになりかけるミラに、
「熱心にお祈りされてますねえ」
すぐ背後から声が掛かった。
丸メガネを掛けた、ミントグリーンの瞳の男性。四十歳過ぎということで、小麦色の癖毛にはわずかに白い筋が混ざるが、肌がきれいで顔つきだけ見ると年齢よりも若々しく見えた。
「ピエルネ神官、先程はありがとうございました」
気づかぬうちに後ろに立っていたピエルネに、ドレスをつまんでお辞儀する。
「いえいえ、熱心に講義を聴いていただいて、こちらも嬉しかったですよ」
大神官に次ぐ神聖力を持ち、毎年神殿内で行なわれる語学や数学などを含める総合テストの成績優秀者、そのため宗教学の講義も受け持っている、副神官のうちの一人だ。
「――お祈りする後ろ姿が、エラさんを思い起こさせますねえ。さすが親子といいますか、雰囲気が似ています」
「母を知っているんですか?」
驚くミラにピエルネは穏やか頷く。
「ええ、王都にいた頃は、よく神殿に来ていましたから」
「そんな熱心な信者だったんですか?」
村の教会にはほとんど通っていなかったから意外だった。
「ううーん、熱心な女神信仰者には違いなかったと思いますけど……」
ピエルネは少し困ったように微笑む。
「エラさんは、神殿でパンを売っていたんです」
「パン、ですか?」
神殿と結びつかない単語に、首を捻った。
「彼女は、当時王都に新しく出来た『三毛猫ベーカリー』という店に勤めておりまして。そこのパンの持ち込み販売を」
「……それって、いいんでしたっけ?」
庶民が神殿にかこつけて商売することは原則禁止である。神殿の敷地の前では参拝者を狙ってジュースやお菓子の売り子をする者が時々いるが、あまり目立って商売をしていると神殿から注意が入るし、悪質だと憲兵が呼ばれることもある。
「エラさんの場合は参拝者じゃなくて、神殿内で神官たち相手に商売してたんです」
それならいいの? いやもっと悪いのか?
一瞬わからなくなったミラに、ピエルネが苦笑する。
「禁止行為ですねえ。でもほら、神殿の食事ってあんまり美味しくないでしょう? とくに若い神官なんかはいつでもお腹を空かせてるものですし。エラさんはサンドイッチや菓子パンを入れたバスケット片手に参拝者として神殿に入って、そういう神官たちに隠れて売ってたんですよ」
商魂たくましい。母はいつでもバイタリティーにあふれた人だったと思い出す。
「禁止なんですけれど、上級神官の中でも、こっそり自室にパンを配達してもらってる人がいたようですし、わりとお目こぼしされてた感じですかねえ。ですが当時から規律に厳しかった大神官様に見つかっていたら危なかったと思いますし、他にも……オルガさんなんかには目の敵にされてたような。あの人もそのー融通きかないタイプなので。よく叱責されて追い出されていましたね」
オルガ神官、ピエルネに負けず劣らずの神聖力を持ち、総合テストで常に成績トップを誇るという、もう一人の副神官だ。
「かくいう私は、エラさんにお世話になっていた一人なんですけどね。三毛猫特製フィッシュフライサンドに目がなくって」
メガネの縁を軽く押し上げつつ、ピエルネは片目をつぶってみせる。
「城下町の飯屋で働いていたとだけ聞いていて、パン屋さんだったとは知らなかったです。けどフィッシュフライサンドは家でもよく作ってくれました」
「店内で食事も出来るパン屋なんです。今も営業しているお店で、ランチメニューが豊富なのでお昼時は盛況ですよ。ぜひ一度行ってみたらいい」
「はいっ、必ず行ってみます!」
破顔して大きく頷くミラに、ピエルネも微笑み返す。
「――聖女に選ばれたのが、エラさんの娘だと聞いた時は驚きました。同時にとても納得もしたんです」
しみじみとした口ぶりで腕を組む。
「私は幼い頃から時々精霊の姿が見えたりして、他の子よりも少しばかり神聖力が強かったんですよ。なのでその力を伸ばそうと、早いうちから神殿に入って修行してきました」
そのせいか女神に愛されている人のオーラというものが、たまに見えるようになったという。
「エラさんは身の回りにいつもキラキラとした淡い光をまとっていて、とても清浄な空気を持った方でした。――それによく似たオーラを、あなたにも感じます」
先程、雰囲気が似ている、といわれたのはそういうことらしい。オーラうんぬんは正直よくわからないしミラは感じたことがないが、母に似ていると言われるのは純粋に嬉しかった。
「また講義を聴きに来てください。わからないことがあれば、いつでも質問に来てくださいね」
親切な言葉に送り出されて、ミラは控えている次の講義へと向かった。
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