4.横顔の美女
『横顔の美女』
昭和二十年頃のこと、町の北の川のそばにある家に、年の頃十六、七歳の美しい娘がやってきた。噂によると東京から疎開して来たとも、その家の七十代老夫婦のどちらかの隠し子であるとも噂されていた。
私(語り手)は、娘をひと目見た途端に恋に落ちた。長くつややかな漆黒の髪、花のように香り立つ白い横顔。
娘は私の周りでも話題になり、恋のライバルは日に日に増えていった。
ある初夏の夕刻、私が工場から帰宅する際に、娘が正面からやって来るのが見えた。娘は私に一礼し、「暑いのに、ご苦労さまです」と声をかけてきた。
私も頭を下げながら、「今、お帰りですか?」と勇気を出して聞いてみた。
娘はニッコリと笑うと、「勤労奉仕の帰りです。時々すれ違いますね」と以前から私を知っているというように、親しげな雰囲気で返答してきた。
「勤労奉仕ですか、ご苦労さまです。飛行機の部品を作っているわけではありませんよね?」
「はい。あなたとは違って、私は農作業のお手伝いをしております。今日は稲刈りでした」
なぜ、私が鈴鹿の海軍航空機部品の製造工場に勤めていることを知っているのだろうか。不思議ではあったが、人づてに聞いたのかもしれない。
私が周囲の男友達に、娘と会話したと吹聴したところ、誰もが悔しがり、羨ましがった。
数日後、また娘とすれ違うことがあった。私は、「今日も勤労奉仕ですか?」と声をかけてみた。ところが、娘はこちらを見もせず、一礼だけしてすれ違っていった。
先日の会話が夢だったのではないかと思ってしまうほどの落差に、狐につままれたような気分になった。
そのうち、私は呉の海軍工廠へ転属することになった。これでしばらくは娘とも会うことができなくなる。私は、いつも娘とすれ違う道で娘が来るのを待っていた。だが、その日は会えずじまいであった。翌日も同じ場所で待ったがやはり会えずじまい。その次の日にやっと娘と会うことができた。
「呉に行くことになりました。しばらく顔を合わせることもなくなりますね」
「そうですか……」
娘は、今日は立ち止まって、私を一瞬見据えて、寂しがっているような、心配するような、どちらとも取れる表情をした。
「どうか、ご無事で」
そう言うと、娘は白い横顔を見せながら、通り過ぎていった。
呉から戻ってきたら、勇気を出して求婚しよう。その時の娘の様子から、私はそう決意した。その夏に、呉は大規模な空襲に見舞われ、8月に落とされた原爆によって、直接的な被害こそ受けなかったが、広島から避難してきた人々の受け入れや医療処置などで大混乱となった。
私はなんとか難を逃れ、娘の白い横顔を思い浮かべながら、鈴鹿へ戻って来た。初秋のことだった。
ところが、戦争から戻ってくると娘はどこにもおらず、住んでいた家も無くなっており、そこには一面の白秋桜が咲いていた。
人に聞くと、誰もそこに家があったこと、娘がいた事などを覚えている者はいなかった。私の男友達も、同じように、娘のことを記憶している者はいなかった。
考えると、私も娘の横顔はよく覚えているのだが、正面の顔がどうしても思い出せない。あの娘は花の精だったのだろうか。
(竹内京子)




