学び始めた太郎 ひかれあう二人
ふたたび亀は語りだした。
ふたたび太郎と乙姫様のお話です。
龍宮城に来て、早一週間が過ぎました。
乙姫様が礼の品を考えておけと言われましたのに、太郎は頑なに受けようとは致しませぬ。
困った乙姫様は
「では太郎……、
龍宮城で学問なり習ってみるか?」
と尋ねられました。
あの時の太郎といったら、まるで飼い主から大好物をもらった時の犬のように喜んでおりました。
あまりにもの、はしゃぎっぷりに乙姫様は、ふと愛らしい笑顔をなさったのです。
私……、
この代の乙姫様に300年ほど仕えておりましたが、こんな笑顔をみたのは始めてで、うれしいやら、太郎が憎たらしいやら、複雑な心持ちでした。
乙姫様が承諾された事もありまして、太郎に学問を教えることになったのですが、その頃の龍宮城には、読み書きはできるものはいましたが、教える事のできるものはおらず、仕方なく、乙姫様自らが教える事となりました。
ただ太郎は読み書きも計算もからきし駄目でした。
両親に早くに先立たれ、ずっと漁師をやっておったわけですから、無理もありませんが、乙姫様はずいぶんご苦労されました。
3年かけて、ようやく簡単な文章がかけるようになり、5年で簡単な本が読めるようになりました。
計算は8年ほどかかりました。
あの頃の乙姫様は、太郎のことばかりでした。
太郎が文字をかけるようになったぞとか、太郎がワシの名を書いてくれたのじゃとか……。
まるで親のようで、
乙姫様には両親も家族もおられません。
私達が家族の変わりになれれば良いのですが、やはりあくまで主従関係。
そこにあらわれた太郎は、何年かの間に乙姫様にとって家族のような存在になっておられたのでしょう。
太郎も乙姫様の事を慕っておられました。
始めは身分の高い乙姫様の事を先生のように、そして姉のように慕っていました。
しかし、いつの頃からか……。
想い人のようになっていたのでしょうな。
ただ太郎はやはり自分の身分に引け目を感じておったのだと思います。
いっそ家来にでもなってしまえば、楽だったのでしょうが、客人という立場、しかも乙姫様は身分など気にしない御方……。
その頃の太郎の心境は、複雑だったのでしょう。
乙姫様も、太郎を気にかけておられました。
今までも人間の男子は何人も流されてまいりました。
乙姫様を気に入り、熱心に恋文を贈った者もいました。
ただ乙姫様は何ひとつ関心をお持ちではありませんでした。
あからさまに嫌うわけではございませんよ。ただ乙姫様の視界にどの男子も映らぬのです。
だから私達は驚いたのです。
あの乙姫様がと、
歴代の乙姫様はよくというほどでもありませんが、恋をされました。
しかし今回の乙姫様は違った。
太郎が来るまでは、まったくそう言う気配すらなかったのです。
龍宮城では、定期的な宴などは致しませぬ。
外から来たものに時を感じさせるような事はしないでおこうと、定期的に行う儀式はないのです。
乙姫様の生誕祭すらありません。
ある時、太郎が私に聞いてまいりました。
乙姫様の誕生日は何時なのだと。
私は乙姫様に誕生日はないのです。そして生誕祭のようなものもありませんと、そう答えました。
太郎はそうかわかったと言いました。
それからひと月後の事、やけに乙姫様がご機嫌ですので、どうなされたのかとお伺いすると、木と貝殻でできた見事なかんざしをみせてくださりました。
始めて見るもの、そしてこの龍宮城に入るものは、私が全部確認しております。
しかし見た事はない。
どうされたのですかと聞くと、太郎が作ってくれたのだ。
そうおっしゃったのです。
あの時の表情といったら、忘れられません。
真にかわいらしい。
お顔をされておられました。
風で折れた桃の枝、珊瑚の欠片や貝殻……こういったものを丁寧に磨き器用に組み合わせ。ニカワで貼り付け美しいかんざしに作られていました。
それがまた乙姫様にお似合いで……
乙姫様がおっしゃいました。
「その時。太郎がなにを言ったと思う。
『乙姫様を心に描き似合うだろうと思って作りました』
そう言ったのじゃ」
ずいぶんと紅くなっておられました。
これはもしかしたら、乙姫と太郎はとよく噂したものです。
始めの読み書き計算こそ遅かった太郎ですが、一度その力がつくと、今度は龍宮城中の本を読んで漁るようになりました。
今まで、龍宮城の本を全部読んだのは、乙姫様以外、太郎しかおりません。
乙姫様と太郎は、よく本の知識について語りあっていました。
漢詩を引用し手紙を送りあったり、そう言う事をしだしたのです。
その姿は恋人のようでもあり、よき友のようでもありました。
ただ知識がつくと、いろいろ外にも目が向くようなったのでしょう。
太郎が都に行きたいと申すようになりました。
乙姫様は出ていく時には記憶を消すとは言っておられなかったので、ほとほと困られました。
その時、たまたま龍宮城に、流された剣の達人がおりましたので、そのものと口を合わせ、もし都に登っても剣が使えなければ、士官はできんよと伝え、もし士官する気なら、剣の達人に剣を教わってはどうだろうと乙姫様がご提案されました。
太郎はそれはありがたいと、そこから毎日稽古に励みます。
龍宮城中の本を何度も読み、乙姫様と詩のやりとりをし、毎日稽古に励みました。
1年目くらいは、毎日ヘトヘトでしたよ。まぁ少し可哀想なぐらいしごかれていましたが、そこから徐々に剣の腕も体力もついて、5年目には、達人を一瞬冷やっとさせるような腕前になってきました。
そして10年目……。
達人がもう教えれる事がないと言ったのです。
まぁ教えれる事がないだけで、剣の稽古相手にはなります。
そこから毎日毎日、剣の稽古相手をしていただけました。
それから15年……。
とうとう達人は、もう耐えれない。
剣に飽きた……。
そう言って、龍宮城を去られました。
太郎が龍宮城に来てすでに40年が経ちました。
剣の稽古で身体も逞しくなり、以前のような頼りなさは消え去りました。
そして読み書き計算は完璧にできるようになり、龍宮城の本はすでに何度も読みこみました。
乙姫様との本談義で、議論事も得意になりました。
正直……
どこに士官しても、それ相応の待遇で召し抱えられた事でしょう。




