その3 殺伐とした引き渡しの場はほんわりとした春の陽だまりのようなおだやかな雰囲気に包まれた
◆◆◆ その3
こういくやり方をされてはどんな人間でも参ってしまう。寝付けなくて朝方になってようやくうとうとする日々が続く。
睡眠不足から仕事中の集中力欠如が起きることが増え、小さなミスを連発し、園長や主任から怒られることが増える。保育士は子供の命を預かる専門職である。
もう自分には無理だ、取り返しがつかない事故が起こる前に退職しようと日々悩むことになってしまった。
「こんなことになるなんて。」
涼子は後悔したが、すでに遅かった。静奈はそんな涼子の様子をいつもの調子でぼーっとしながら見ていた。が、声をかけるでもなし、相談にのってくれるでもない。
涼子の悩みの種となっている子供、~レン君~を親に渡そうとしたとき、親はちっと舌打ちして涼子に何か言おうとした~ここのところ毎日である~その時、近くで他の子を親に渡そうとしていた静奈がその親と顔を合わせた。
「お大事に。」
静奈は親にそっと言った。その瞬間、文句を言おうと口を尖らせた親が静奈に何かを授けられたような不思議な顔をした。
そして、「いつもありがとうございます。」と涼子に深々と頭を下げて子供と一緒に帰宅した。一瞬のことなので、他の同僚にはわからなかったことであろう。
静奈はあいもかわらずぼーっとした顔をして子供を親に引き渡している。しかし、いつも戦場さながらに殺伐とした引き渡しの場はほんわりとした春の陽だまりのようなおだやかな雰囲気に包まれたのである。
「なるほどねえ。」
静奈の様子を見て涼子は素直に思った。
「静奈先生の直感力はすごいなあ。」
「でしょ。」
静奈はうれしそうな表情を浮かべた。涼子は静奈のほうを見た。それに気が付いた静奈も涼子に視線を合わせる。
涼子がありがとうと目でお礼を言うと、静奈はばれたか、とてへぺろ顔を涼子に送り、いつもの顔に戻った。
「ところで、静奈先生、どうしてそんなに子どもを見るのが得意になったわけ?」
「どうしてですかね?。 なんとなくわかるんです。」
「何となく?。」
「はい。」




