表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

最終話 転落

 ヒース暦1016年。



 ついにこの日が訪れた。今日、私はヒロインになる。



 大教会の広場にて。


 私は純白の花嫁衣裳を身に纏い、同じく花婿衣装を纏うフレッドと見つめ合っている。


 これは特別な儀式。邪神を倒した勇者と聖女の結婚式。

 私とフレッドの婚約は多くの人に知られていたため、邪神討伐が終わった後、私たちのために盛大な式典が執り行われることになった。


 ようやく望みが叶う。


 誓いの口付けを交わせば、私たちは正式な夫婦になる。

 それは、私がヒロインになるという、最大の望みの達成。


 フレッドは緊張しているようだけど、こんなにも大勢の人に見られているから仕方ないよね。


 ゆっくりと、フレッドの顔が近づいてくる。


 あと少しという時、リアの叫び声が響いた。

 「やめて!」

 いったい何?


 勇者と聖女の結婚式という重要な式典だから、王女であるリアも参列していた。

 もはや完全に警戒心は解けていたけど、今更何か起こるというの?


 リアは悲痛な表情で涙を流し、フレッドを真っ直ぐ見つめて呼びかけた。

 「私のお腹の中には……あなたの子供がいるの……」

 一瞬の静寂の後に騒然となる。

 リアの泣き声、誰かの怒声、激しい興奮を帯びた金切り声……修羅場とはこのことだろう。

 私は唖然としながらフレッドの顔を見る。

 フレッドはまるで、決意を固めたような表情を浮かべていた。

 私を見ることもなく、フレッドはリアのもとへ向かう。

 周囲の注目を集める中、フレッドは大きな声ではっきりと言った。


 「結婚しよう! 僕が本当に結婚したい相手は君なんだ!」

 

 私にはフレッドの後姿しか見えず、その表情は窺えない。

 けれどその声から彼の本気が確かに伝わる。


 フレッドはリアを選んだのだと理解して、泣き崩れてしまった。


 悲嘆と敗北感で心が押しつぶされそうになる。


 ――これが運命なの?


 『運命とは、避けることの出来ない都合が悪いもの』

 『努力や知恵では避けることができない受難』


 フレッドとリアの子供が二作目の主人公。

 この二人が結ばれることこそが最適の結末だと知っていた。


 だけど私はヒロインになりたかった。この世界で特別な存在に。


 ――いったい何が悪かったの?


 転生をして、この世界がゲームに似ていることに気が付いて、ヒロインになろうと決めて、ロールプレイし続けて……


 私が『まがいもの』なのがいけなかったの?

 

 私は結局、真のヒロインになることは出来なかった。


 苦しくて、悲しくて、惨めで、落ちぶれたのだと実感する。

 複数の声が私を呼んでいるけれど、顔を上げる気になれない。


 けれど、明らかに周囲の空気が変わり、ハッキリと私の名を呼ばれたことで顔を上げる。


 「ソフィー」

 「アガレス?」


 この場には似つかわしくない、漆黒の魔人が私を見下ろしていた。


 そっか。アガレスを倒すことは結局できていなかったのか。

 だけど、最低でもあと7年は潜伏するはずのアガレスがどうして、堂々と姿を見せるの?


 アガレスは膝を着き、私に手を差し伸べる。


 「我が最愛よ。この手を取り、妻となれ。共に邪神のもとで生きよう」


 プロポーズをされたのだと理解した。


 「……アハッ! アハハハハッ!」


 邪神の(しもべ)から! 四天王最強の魔人から! 世界の敵から!

 『最愛』だって! 『妻となれ』だって! 『邪神のもとで生きよう』だって!


 可笑しくてたまらない!


 それも良いかもしれない。

 この世界を目茶苦茶に出来るのなら、私の心は癒されるのかもしれない。


 ――だけど。


 『聖女』と呼ばれた喜びが胸をよぎった。



 私はとある聖術を組み上げる。

 この術は完成まで少し時間がかかる。


 アガレスが現れたとき以上の、異様でおぞましい空気が私を中心に広がっていくのが分かる。

 私の側にいた人々はいっせいに引き、アガレス以外いなくなる。

 アガレスは立ち上がり、警戒の視線を向けている。

 こいつもさっさとドケばいいのに。


 「ソフィー!」

 ピーターが叫ぶ。

 「地獄への道を開く気か!」

 大正解! さすがは大神官長!


 かつて、地獄へ落ちた母を救おうとした男が編み出した禁断聖術。

 結局、その男は怖気づいて地獄へ入ることが出来なかったけど、私は違う。

 

 「やめるんだ、ソフィー!」

 「イヤ!」


 「だってこのままじゃ、私はアガレスの手を取っちゃうから!」


 「アガレスと結婚して、邪神の(しもべ)になっちゃう!」


 「フレッドとリアが憎い! この世界が憎い! 神が憎い!」


 「だけどイヤ!」


 「世界の敵になるのはイヤ!」


 「このままじゃ発狂しそう! いつまで『私』が保つのか分からない!」


 「神を憎んだまま死ねば地獄行きでしょ! 神に落とされるのもイヤ!」


 そう。私を地獄に落とすのは……

 フレッドでも、リアでも、神でもない。


 「私は私が地獄に落す!」


 地面に丸い穴が開く。これが地獄への入口。

 私は一歩、踏み込んだ。



 入り口からは急斜面になっていて、私は転がり落ちて行く。

 いっそのこと垂直だったら良かったのに。身体が痛い。


 痛くて。辛くて。痛くて。惨めで。痛くて。悲しくて。


 だけど、誰かが私の身体を抱きしめたから、負担がいくらか軽減される。


 ――どうして、アガレスがここにいるの?


 「お前は清いだけの女ではなかったのだな」


 「余計、お前にそそられた」


 「お前とならば、地獄で永劫に過ごすのもいいだろう」


 何、それ?


 あの術は、地獄の入り口が開いた瞬間、直ぐに閉じるものなのに。

 躊躇うことなく追いかけてきたの? そんなに私のことが好きなの?


 「地獄の底へ到着したら、改めて口説こう」


 「我が最愛の女、ソフィーよ」


 そんなことを言われたら、アガレスがすごく良い男のように思えてしまう。




 ……嗚呼。恋に落ちてしまいそう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ