18話 桃髪の少女
キャロルからの手紙を読む。
鍛冶屋がとても丈夫な弓を作ってくれたため、最近は弓で打撃攻撃を行う訓練もしているらしい。
ゲームのキャロルは遠距離攻撃しか出来なかった。
魔術で遠距離攻撃をすることが出来るパメラは、杖での接近攻撃も可能だった。
聖杖術の魔術版があるのだと、以前パメラから聞いたことがある。
遠距離攻撃だけでなく、近距離攻撃も出来るというのは、いざというとき役立ちそうだ。
キャロル、すごいな。
ヒース暦1012年。
今年、新たにやって来る見習いが気になってたまらない。
具体的には王女のことだ。
既に幾人かの新入りがやって来ているけれど、王女はまだいない。
ゲームの進め方により、主人公は結婚することが出来る。
花嫁候補は王女、キャロル、パメラの三人。
私は王女と結婚エンドが一番好きだ。
続編で主人公と王女が夫婦になっていることもあり、主人公と王女が結ばれることこそ最適の結末だと思っている。
けれど、この異世界には私がいる。
ヒロインになることを夢見ている私が。
王女にも、キャロルにも、パメラにも、勇者の花嫁の座は渡さない。
邪神討伐の勇者になる主人公と結婚した者こそ、この世界における真のヒロインだと私は確信している。
だから絶対に主人公と結婚する!
決意だけでなく、自信だってある。
美少女へと成長した私は、これから先もどんどん美しくなるに違いない。
それでいて『清らかで慈愛深く、立派な神官になるために懸命』なのだから、ヒロインとしての格は既に備わっている。
私は心に余裕があった。
彼女と視線が合うまでは。
食堂で桃色の髪の少女を見つけた。きっと彼女が王女だろう。
さりげなく近づいて、王女が私のほうを向いて、視線が合って……
まるで地獄に突き落とされるような感覚がした。
強い警戒心が沸き起こるけれど、それを表に出さないよう押さえ込み、私は王女に微笑みかけた。
大丈夫。ちゃんと『いつもの私』を保っていられる。
私は温かな眼差しを浮かべ、穏やかな声色で話しかける。
「初めまして。私はソフィーです」
偶然視線が合ったから、自然な流れで挨拶をする――たったそれだけのことだ。
王女は私に返事をしない。
……まさか私の気持ちがバレた!?
微笑みを浮かべたまま、返事を待つように少しだけ首を傾げる。
まだ返事はこない。
「ソフィー、もう座ろう」
クララがそう言ったから、私は視線をそらした。
ミーナとリンダも先ほどの光景を見ていたらしい。
「あの子、感じ悪いね」
そう言うミーナにリンダが同意する。
「そうだよね。どうしてだろ?」
私はいつも通りの態度で話した。
「きっと、ここに来たばかりで緊張しているのでしょう」
名乗られることはなかったけれど、私はあの子の名前を知っている。
本名はクーデリア。
リアという名で過ごすことになった、桃色の髪に赤色の目を持つ美少女。
私が前世で『真のヒロイン』だと確信していたキャラクター。
……私が自覚していたよりも、リアに対して対抗心を持っていたのかな?
それが、あれ程のまでの警戒心に繋がったのかもしれない。
まいったな。キャロルやパメラにはこんな思いを持たなかったのに。
やっぱり彼女こそ、ヒロインの座を巡る最大の強敵だからかな?
だけど大丈夫。ヒロインになるのは私。
もう心は落ち着いた。
改めて振り返っても、さっきの私の態度には何の問題もなかった。
周囲が私に疑惑の目が向けることはないはず。
リアに無視されたことは気になるけれど、本人にだけは伝わっちゃったかな?
まぁ、何か酷いことをしたわけじゃないし、後で『気のせいだった』と思ってくれたらいいな。
以前、『世話を焼いて恩を売っておこう』と考えたことがあるけど、止めておいたほうがよさそう。
目の前で何か起こらない限り、わざわざ近づかないほうがいいな。
【アナザーストーリー】
アンゼルク王国の王族には、一部の者しか知らない慣習がある。
王家に生まれた子供は12歳になると身分を隠し、男子は見習い兵士に、女子は見習い神官になる。
この慣習が出来たのは『アンゼルク王国こそが勇者が建国した国』だという理念によるもの。
男子は勇者を模倣し、女子は聖女を模倣する。
この世界には五つの王国があるけれど、伝説の勇者によって建国された国がどこなのかは定かでない。
長い歴史の中、各国の王族同士で政略結婚を重ねたため、どの国の王族も勇者と聖女の血を引いていることになるのだけれど。
それでも『勇者の国』というステータスは特別なものだ。
勇者と聖女の再来がアンゼルクの王族より現れることを期待して、この慣習は今日まで続いている。
リアが食堂で初めて『彼女』と出会った際、感じたのは強い違和感だった。
艶やかな銀色の髪。王妃が持つサファイアよりも美しい青色の目。
清らかさを感じる白い肌。至高の芸術品のように整った顔立ち。
そんな美少女に微笑みかけられ、何故か警戒心を抱いた。
彼女はソフィーと名乗り、慈愛に満ちた眼差しでリアを見つめたけれど、リアは言葉を発することが出来なかった。
他の見習い神官がソフィーに声をかけ、視線がそれた後もしばらく警戒心は抜けなかった。
「ねぇ、リア。さっきのあれ、ソフィー先輩に失礼だったよ」
寮の部屋で、リアのルームメイトであるエイダが言った
他のルームメイトであるケイシーとジェマも話しに加わる。
「そうそう。私も気になった」
「どうしてなの、リア?」
三人はリアより早く入寮しており、ソフィーと既に話しをしたことがあった。
綺麗な上に面倒見の良いソフィーのことを、三人ともすっかり好きになっているのだが、そのことをリアは知らなかった。
「……あのね。ソフィー先輩って何だかおかしいよね」
それはリアの本心だ。
「みんなもそう思わない?」
その本心を洩らすべきではないと、リアは気付くことが出来なかった。
「何言ってるの?」
返ってきたのは冷たい声。
「ソフィー先輩って、すごく優しくて良い人だよ」
リアとルームメイトの間に溝が入った瞬間だった。




