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19話 負傷

 教会のバイト中、重傷者が担ぎこまれた。

 タイミングの悪いことに神官たちの手が足りず、私が治癒した。

 これまでの修行の成果で、聖力の最大量が増えていたから、結構自信があったんだよね。

 きちんと完治させることが出来て嬉しかった。私すごい!


 この出来事は噂になり、あっという間に見習いたちに知れ渡ったそうだ。

 同室三人娘からも褒められまくり、気分が良くてたまらなかった。



 最近の私はずいぶん上手くいっていると、内心浮かれ気味だ。

 だけどまだ、私は更に上へと行けるはず!




 ある日、クララがぽつりと言った。

 「あのね……」

 その言葉の続きがこない。

 「どうしましたか?」

 「ごめん。やっぱり何でもない」

 ――そんな出来事はすぐに忘れた。




 寮の部屋に戻るため、階段を上っていたら、上からリアが降りてきた。

 初対面以来、リアに対して警戒心や対抗心がわくことは今のところない。

 これって良いことだよね。

 心の平穏って素晴らしいと思っていたら、階段の中ほどですれ違う寸前、リアがバランスを崩した。


 やばっ!


 そう思った瞬間、身体が勝手に動いた。

 素早くリアの身体に腕を回し、二人一緒に落ちそうになる寸前、私が下敷きになるようにした。


 「ソフィー!?」

 「いやぁー!」

 「血がっ、頭から……!」

 「えっ!? 何っ!?」

 「治癒するからっ!」


 混濁していた意識が戻る。

 「目、覚めた!?」

 クララが治癒してくれたらしい。

 「ソフィー、大丈夫!?」

 診断聖術で確認する。

 頭部にまだダメージが残っており、背中も殴打している。

 そしてリアは足に怪我をしている。

 私は先に、リアの足を治癒した。このほうが私らしい。

 そして自分自身を治癒する。頭がすっきりした。

 「私はもう大丈夫です。ありがとうございます」

 微笑みながらクララにそう言って、リアにも話しかける。

 「大丈夫ですか、リアさん?」

 もう大丈夫だと分かっているけど、微笑みながらそう言った。


 それにしても、身を挺して他人を助けるなんて……

 しかも無意識でそれをやるだなんて……私、すごすぎる!



 部屋に戻ると、クララが私に言った。

 「リアって、ソフィーにお礼も言わなかったね」

 そういえば、そうだったな。

 「怖い思いをしたのだから仕方ないですよ」



 それよりも問題なのは、私が意識を保てなければ、自分が負傷しても治癒できないということ。

 これは不味い。どうにかしないと。

 ……そうだ。『あれ』を試せば良いかもしれない。




 【アナザーストーリー】



 リアは疲れていた。


 ソフィーのことを言って以来、寮の部屋は居心地が悪くなった。

 同室のエイダたちから嫌がらせを受けているわけではない。

 ただ、まるで見えない壁があるかのように感じるのだ。

 三人が談笑していても、その輪に入ることが出来ない。

 彼女たちの会話に、時折『あの人』という言葉が出てきて盛り上がっている。

 それがソフィーを指すのだと気付いた時はいたたまれなかった。


 エイダたちにとっては、これでもリアに配慮しているつもりでいた。

 自分たちが慕っているソフィーを悪いように言われて、リアのことを不快に思ったけれど、リアを苛めたり、相部屋から追い出そうとまでは考えない。

 彼女たちも神官を目指す身だ。そんな悪いことは出来ない。

 だからせめて、これ以上自分たちが不快にならないためにリアと距離をとり、リアを不快にさせないために、リアの前ではソフィーの名を出さないことにした。

 修行でグループを組む際はリアをのけ者にすることなく協力している。

 エイダたちとしては十分上手くやっているつもりなのだ。



 ある日、講義が終わった後。

 教わったばかりの知識について見習い仲間たちが話しをしており、リアも席を立たずにいた。

 初めは真剣な話しだったのだが、段々と雑談になっていく。

 そしてソフィーの話題になった。リアは少しだけ身体をこわばらせる。

 エイダたちはリアがソフィーについて言ったことを周囲に洩らさなかったため、リアがソフィーをどう思っているのか知られていない。


 「ソフィー先輩って王の御落胤かもしれないんだって」

 「えぇー?」

 それは、まことしやかに囁かれる噂だった。

 ソフィーが持つ美しさと神秘性、そして親族不明の孤児だということが結びついて生まれた与太話。

 この話を本気で信じる者はさすがにいない。

 それでも、少しだけなら信じてしまうような特別な雰囲気をソフィーは持っている。


 この話は皆にとって、気楽に聞いて場を賑やかせるような、ちょっとした娯楽だった。


 リア以外にとっては。


 「そんなこと、あるわけないでしょ!」

 突然、怒鳴り声を発したリアに注目が集まる。

 「ソフィー先輩が王の子だなんて! そんなことあるわけない!」

 王の実子であるリアにしてみれば、父が不貞を働いたと言われているように聞こえて、酷い侮辱に感じたのだ。


 周囲の者たちにはリアの怒りを理解できない。

 ただ、ソフィーの話しをしていたのだから、ソフィーが王族の血を引いていかもしれないことがリアには許せないのだろうと認識した者が多かった。


 同輩たちの間で『リアがソフィーを嫌っている』という話はあっという間に広がった。



 ソフィーと同室であるクララにもその噂は耳に届いた。

 「あのね……」

 そのことをソフィーに話そうとしたが、すぐに思い留まった。

 こんな話しをして、わざわざソフィーを落ち込ませることはない。

 リアがソフィーを嫌っているのだとしても、危害を加えることはないだろうから。



 リアの心をさいなむ疲労感は積もる一方だった。

 (ここに私の居場所はない)

 そんなことを考えながら階段を下りていくと、ソフィーの姿が目に映った。

 (イヤッ……!)

 思わずバランスを崩してしまう。

 けれど驚くことに、ソフィーがリアをかばって下敷きになった。

 (どうして……?)

 敵だとさえ思っていたソフィーにかばわれ、慈愛に満ちた微笑で身を案じられた。

 今のソフィーからは違和感も警戒心も感じない。

 まるであの日のソフィーとは別人のようだ。


 そのことがショックで、リアは唖然とした。

 お礼を言うという発想も浮かばないほどに。


 一部の者には、ソフィーがリアに治癒聖術を掛けたことが分かった。

 治癒された本人であるリアならば、なおさら分かるはずだった。

 当のリアは心に受けた衝撃から、そのことに気付けなかったけれど。


 謝礼の言葉も言わないリアに対して、周囲から向けられる目は厳しいものとなった。

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