09話 巣立ち
ヒース暦1009年。
アルヴィンが大神官になり、エキナセア・シティの教会を任されることになったと聞いた。
そして、アルヴィンからの手紙がジョゼフ様に届いた。
来年――私が10歳になったら、私を見習い神官としてエキナセアで受け入れることが書かれていた。
やったぁ! すごく嬉しい!
ジョゼフ様も喜んでくれている。
「アルヴィンは立派な神官だ。既にエキナセアで衆望を集めていると聞き及んでいる。これなら私も安心して君を送り出すことができる」
こんなにも順調に物事が進むだなんてラッキーだな。
見習い神官を卒業するには、最低でも3年はかかる。
私の才能と運の良さなら余裕でクリアできるはず。
その後、物語開始まで1年間、エキナセアの教会に留まろう。
1014年5月。
身分を隠して見習い神官をしている王女は、アルヴィンから他所の村にある教会へ届け物をするよう言われる。
そこで主人公と出会い、冒険の旅が始まる。
あの子が実は王女だと、アルヴィンは知らないんだよね。
『世間知らずな貴族の娘』という認識で、もっと市井を見せようとお使いさせたら大冒険になってしまった。
そのことでアルヴィンが貴族から責められるサブイベントがあるんだよね。
かわいそう。
だけど、どうにかして王女について行くことができれば、私も主人公の仲間になれるはず。
よしっ! がんばるぞ!
地図を見て気がついた。
ここからエキナセア・シティへ向かう途中に寄り道すればニゲラ・ビレッジに行くことができる。
そこは主人公の仲間になる狩人の生まれ故郷で、今の時期ならまだそこで暮らしているはず。
そして、更にそこから進むと、母の墓があるルピナス・ビレッジへ行ける。
すごい偶然だ。
いつかは墓参りをしようと思っていたし、ルピナス・ビレッジに寄り道しよう。
それを言い訳にニゲラ・ビレッジにも行けるから、上手くいけば狩人と知り合いになれるかもしれない。
未来の仲間になるんだし、今の内に顔を合わせるのも良いよね。
「ソフィー」
珍しいことに、テオが小さな声で話しかけてきた。
「大事な話しがあるんだ」
私たちはひと気のない場所まで移動した。
「オレ、アスター・ビレッジの戦士に引き取られることになったんだ」
知らない土地だ。多分、エキナセア方面とは別の土地にあるんだろうな。
「普段は畑を耕して、魔物が村に来たら退治してるんだってさ」
兼農戦士というやつかな?
「跡取りを探していて、オレのことを聞いたんだって。剣の腕がいい孤児がいるってさ」
テオ、すごいじゃん。
「おめでとうございます」
そう素直に祝福する。
見習い神官を目指している私と、戦士になることに拘っているテオ以外の同世代の子供たちは、みんな他所に引き取られていった。
アリアさんはテオの将来をすごく心配していたんだよね。
兼農戦士なら生活が安定していそうだし、いいと思うよ。
「ソフィー」
テオは表情を引き締める。
「大人になったらオレと結婚してくれ!」
……驚いた。まだ10歳なのにプロポーズしてくるとは。
「神官になったらアスターに来てくれ。ソフィーも村もオレが守るから!」
ポロポーズされたのは嬉しい。好かれているは気分が良いから。
だけどテオと結婚する気はない。
テオがどうこう以前に、私は勇者の嫁になるのだから。
私が今まで演じてきたキャラなら、どう答えるべきか……?
ちょっと悩んだけどリアクションを起こす。
「……テオと結婚することはできません」
私は真剣な表情で言った。
「何でだよ!?」
私は話を続ける。
「私はテオのことを同じ孤児院で育った家族だと思っています」
「テオは私の愛する家族です」
「私はまだ恋をしたことはありません。ですが、結婚するのなら恋をした相手が良いと思っています」
「例え血の繋がりがなくとも、私は家族に恋することはできません」
「だから、テオと結婚することはできないのです……」
「イヤだ!」
テオは泣き出しそうな表情をした。
「俺はソフィーが好きだ! ソフィーに恋してるんだ!」
まるで縋りつくように、テオは私の肩を掴む。
「お前もオレに恋してくれよ……!」
今のテオはとても可愛いけど、前言撤回する気はない。
ついにテオは泣き出してしまった。
テオが泣き止むまで私はじっとしていた。
ヒース暦1010年。
ついに孤児院を出る日になった。
教会の大人たちや孤児院の子供たちが見送りに来てくれている。
まずは大人たちにお礼を言う。
「育てていただき、ありがとうございます。皆様のおかげで、私はここまで成長することができました」
子供たちにもお姉さんらしいことを言ってく。
「みなさん。これからもアリアさんの言葉をよく聞いて、どうか健やかに育ってください」
子供の内、1人が泣き出してしまった。
「ソフィーおねえちゃん……!」
それにつられたように他の子供たちも泣き出して、私にしがみついてくる。
私は別れを惜しむかのような表情を作りながら、内心では気分が良かった。
だってこの子たちに好かれている証だもんね。
年下の子たちの世話を積極的に行った甲斐があった。
テオはこの場にいない。
孤児院を出る前に挨拶したけど無視された。
馬車に乗り、ついに出発の時になる。
すると私を呼ぶ声が聞こえた。
「ソフィー!」
窓から顔を出すと、テオがこちらに走ってくるのが見えた。
……結局、見送りに来てくれたんだね。ちょっと遅かったけど。
馬車は既に走り出し、その場から離れていった。




