10話 赤髪の青年
馬車の窓から流れゆく風景を見るのは楽しかった。
そして、とある村で馬車から降りる。
ここから西へ進めばエキナセア・シティ。
南に進めばルピナス・ビレッジ。その途中にはニゲラ・ビレッジがある。
私はここで数時間、ニゲラへ向かう馬車を待つことになった。
暇つぶしに、今後について大雑把なヴィジョンを思い描く。
ニゲラで狩人と知人になりたいけれど、これは無理してまで達成しなくていい。
名目上はルピナスへの寄り道だから、ニゲラに長く留まるわけにはいかない。
もしも会えたら、ほんの少しでも好感度を稼ぎたい。
数年後に仲間として良好な関係を築く土台を作ろう。
とは言っても、狩人は基本的に人懐っこい性格だから、たとえ今の段階で知人になれなくても、将来仲間になったらあっさり仲良くなれるだろうな。
他に仲間になるキャラだと、戦士も最初からフレンドリー。
魔術師は初対面でこそ警戒心を向けてくるけど、主人公たちのおかげでトラブルが解決してからは、あっという間に心を開く。
隠しキャラの槍使いは始終そっけない。
仲間にすれば、実はみんなのことが大好きだという本心が判明するサブイベントが起るけど。
ちなみに、隠しキャラは隣国――デルフデア王国の王子で、未来の国王だ。
隠しキャラを仲間にするには、複数のサブイベントをこなす必要がある。
この異世界で隠しキャラを仲間にするのは諦めたほうがいいな。
強いキャラだから惜しいけど、あちこちに寄り道しないとサブイベントを起こせないのが難点すぎる。
前世のことは隠し通すから、どうしてそんな寄り道をしないといけないのか仲間たちに不審がられそうだ。
まだ次の馬車が来るまで時間があるから、この村の教会へ行くことにした。
寄り道するとはいえ、見習い神官になるための道中だと言えば水くらいは出してもらえるだろう。
教会の周囲は何やら騒がしかった。
「こいつの方が重傷なんだ! 頼む! こいつを助けてくれ!」
その声がしたほうに駆け寄りながら診察聖術を発動する。
……うわっ! 重傷だ!
魔物の爪にやられたのだろう。
レザーアーマー越しに、大傷が身体の深くまで達している。
体力も尽きかけているし、急がないと死ぬ。
私は傷に手をかざし治癒聖術をかける。
「お前は……?」
誰かが何か言ってるけど無視。
こんなに酷い傷を治すのは初めてなんだから。
……よし! ちゃんと治ってきてる。
死の危機からは脱しているけどまだ気は抜けない。
完全に傷が塞がるまで……もう少し……
傷口は一応塞がったものの、まだ完治していない段階で私の聖力は尽きてしまった。
悔しい! ジョゼフ様なら傷どころかレザーアーマーまで治せるのに!
ファンタジーなこの世界では、治癒聖術をかけると衣類や鎧まで治ってしまう。
そこまで出来るのは高い実力を持つ者だけで、私はまだその域に達していないと分かってはいた。
だけど悔しいものは悔しい。
「嬢ちゃん、ありがとな」
俯いていた顔を上げると、赤髪の青年がいた。
さっき、怪我人を助けてほしいと叫んでいた人だ。
「嬢ちゃんのおかげでこいつは助かったんだ。だから、そんな顔するなよ」
悔しさが表情に出ていたなんて……大失態だ。
「君っ! その聖術でこのお方を癒してくれ!」
別の声が私を呼ぶ。
もう聖力が残っていないから出来ることはないけど一応そちらに行く。
神官の男性が、貴族らしき男性の手の甲を私に見せた。
……軽症じゃん。
今は診断聖術が使えないから目視しただけだけど、かすり傷があるだけにしか見えない。
実は服の下にダメージがあるのかと思いもしたけど、それはすぐに違うとわかった。
「早く治せ! 私の高貴な手に傷があるなどあってはならん!」
すごく元気だ。
さっきの悔しさや、それを表情に出してしまったことで落ち込んでいたのもあって、とてもげんなりする。
だけど一応、謝ろう。ロールプレイを貫くために。
「……申し訳ありません。先ほどの治癒で聖力を使い果たしてしまいました」
「何だと!?」
この貴族、うるさいな。絶対に悪い貴族だ。
私は神官に顔を向ける。
「神官様のお力で癒すことはできないのでしょうか?」
どうにかしてよ、神官なんだから。
「私も聖力が尽きているのだ……」
あぁ。かすり傷状態までは治したのか。
「大した傷じゃなかったくせに」
赤髪の青年が、怒りの滲む声を発した。
「それなのに瀕死のこいつを放って、貴族の野郎を優先して……ゲスどもが!」
その言葉を聞いて、私はさりげなく神官を見る。
なるほど。こいつは駄目な神官か。
神官になるのは人格者ばかりというわけではない。
権力者や金持ちに媚り、その他をないがしろにする神官もいる。
今現在、目の前にいるこいつみたいに。
ベルガモットの神官たちやアルヴィンはそういうタイプじゃなかったけど。
アルヴィンはこの手の神官が大嫌いで、ゲームの中でそのことに関する愚痴を言うサブイベントがあったっけ。
ますますげんなりしてしまい、何か言う気も起きない。
……よし。アルヴィンにチクろう。
道中でこういうことがあって辛かったです的に。
アルヴィンの持つ権力が具体的にどれほどのものなのか、はっきり知ってるわけじゃないけど、こいつから神官の地位を剥奪してくれるといいな。
ちなみに、この駄目神官は大神官ではなく普通の神官だ。
大神官と神官の見分け方は、神官服の胸元に刺繍があるかどうか。
正面から見ればすぐに分かる。
「なぁ、嬢ちゃん。頼みがある」
赤髪が私に言った。
「何でしょうか?」
「すまねえが、聖力が戻ったら、またこいつを治してくれねえか?」
うーん……馬車に乗り遅れそうだけど、善行は積んでおくか。
「わかりました」
「ありがとな、嬢ちゃん!」
そういえば名乗ってないな。
「私はソフィーです」
「俺はジェイク。旅の戦士だ。」
ジェイク!?
私は改めてその姿を確認する。
赤色の髪に紫色の目。
そして、旅の戦士という立場にジェイクという名前。
いずれ主人公の仲間になるキャラクターだった。




