そろそろ入学だ、という第8話
人生においてこうすれば良かったなどということは意味を成さない。たられば、の最たるものだ。
今、こうして所謂恋人であり許嫁でもある彼女――プララから、おそらく致死量のレベルであるライトニングアローを打ち込まれながら、俺は「どこで間違ったのか」を考えざるを得なかった。
ただ、この頃の俺のスキル成長は著しかった。
対象物、この場合、魔法の狙い、威力、避ける場所の評価を一連というよりも同時に行うことで、とりあえず致命傷は免れていた。評価の同時展開である。同時に飛び込んでくる情報を、複眼的に思考し、同時に理解し対策を立てる。
(平原、遮蔽物なし、ライトニングアロー72本 着弾点は8本×9本の面構成、逃げ場所の評価、軽傷ゾーン――相変わらずなし!マジかよ!優しくしてくれ!後遺症が無いレベルで復活できるゾーンは2、最も近い位置は4m後方――ちがう!!左に2m体をずらして半身、その後側方倒立回転で前方移動、ナイス!着弾点の微妙なズレがある。たぶん正解はその一点!)
降り注ぐ稲妻の矢を身をよじって、回転して――やり過ごせないので、左手で払い――当然、激痛。その激痛を評価して――肉体の辛うじて無事を確かめつつ、精神を安定させる。
追撃はなし。どうやら最終課題はクリアしたらしい。
「クリアです!」
嬉しそうにそう叫びながらこちらにかけてくるプララ。
「そうだね!クリアだよ!良く見えたね!後ろ下がってたら、三日は苦しんだよ!」
――まじかよ。
「師匠、マジ勘弁してください。死んじゃいます」
「死なないよ!ここにいるのを誰だと思っているんだい?歩く5賢人、本来なら2賢人分と言われても間違いではないプラローロ様だよ?生き返らすって!」
そういう問題ではない。そういう話でもない。
師匠になにを言っても無駄なので黙った。プララが近くにきて、水系の治療魔法を俺の腕にかけて肩を貸してくれる。
「あれを本当によけられるようになるんですね――ライト」
「……はぁーさんきゅ。まあ、ねえ。プララも正確になったよ。あの微妙なズレを調節できるんだから」
「フフ、これでも12ですから」
肩に捕まりなんとか歩いて、前を行く師匠の後を追いかける。
「しっかし、このエルフ領に居を構えて3年、見違えたんだね!」
俺たちは訓練用の平原の隅にある師匠の別荘に戻ってきた。今は俺の修行のための施設となっている。プララと寝食を共にしている――もちろん、師匠も。
ログハウスだが、部屋数はあるし、ついでにメイドさんもいる。師匠は自治領主というよりも実質この国の王と言ってもよい存在だから、当たり前だ。
「なんだろう、7歳から10歳ってこんな風に過ごすべきものじゃないよな――」
おれは溜息を吐きながら、メイドさんが入れてくれた氷水をぐいっと飲み、テーブルの椅子に腰を下ろした。
「前の世界ではどうやって過ごしていたんです?」
プララが隣の椅子に腰を下ろすと、俺の太ももに手を置いた。俺もその手に上から手を重ねて言った。
「10歳というと20歳で成人だからちょうど半分。なんかまあ、小学生だったしな、みんなでドッジボールとか、サッカー――ボール遊びだな。それを毎日毎日やってたな」
「ボール遊びなんてしてるんですね、あちらの子たちは」
「ああ、教師になってからも、ずーっとドッジボールはやってたな。ああ、だけど、それ以上になかなか勉強するぞ、あっちの子たちは」
俺はプララに算数の基礎を教えてやっている。この世界の児童教育は足し算と引き算、読み書き程度。高度になるとかけ算九九といったレベル。
この世界で生きるものなら薬草学、生物学、各種魔法、作法など、他に学んだ方がいいものがある。護身でも剣術でもいい。この世界は「生き残る」ために必要なレベルが違い過ぎる。
「まあ、でも、これで素地訓練は終了だね!ステータス評価、心理状態評価までできるようになったし、処理も早くなったんだ!ここからは――」
「学校ですか――」
俺は顔をしかめていった。
「そう、学校。プララも12歳。ライト君、キミも10歳になったんだ。人族の学校と違って明確な入学時期というのはないけど、魔国の学校には大体キミらの年になったら入るもんだ」
「師匠の指導の方がより高度でしょうよ」
「もちろん。でもね、学校というのはシステムだよ!そんなこと前世で教師やってたライトくんならわかるでしょ!」
そう、学校とはシステム。教えられることよりも、そのシステム内で育まれるものがある。それは分かっている。
「俺、完全に人族なんですけど――」
「ライト、大丈夫ですよ。禁忌の鬼子と人族の生徒、どちらが注目されると思っているんですか」
プララがげっそりとした顔でこちらを見つめている。
リャララこと前魔王の子でエルフの長老の一人娘――これは確かに周囲が扱いに困る。注目度も桁外れだから、プララが10歳で入学できるのに俺に合わせて引き延ばしてきた。今年はすでに入学する旨を伝えている。
ちなみに俺の未来の義理の父とはすでに出会っている。リャララは魔族の中でも純粋な悪魔族と言われる種族の長だが、娘に対してはまさに溺愛と言っていいほどの可愛がりっぷりである。
「そうだな――まあ、周囲は子どもばかりだろうから、なんとかするしかないな」
「そうなんだよ!分別のない子供を、子供として何とかすることは、めっちゃ成長すると思うよ。ああ――それと」
師匠は細長い包みを出した。
「入学に間に合ったよ!これ。キミは物理攻撃の技術はすごい。だから威力はこいつで補えばいいと思うんだよ!」
ん?と思いながら包みを開ける。そこにあったのは――所謂、日本刀。しかも長い。刃渡り1m以上ある。
「ああ、キミの話にあった、キミの得意武器の一つ、刀を用意させてもらったんだよ」
「ん――でもこれ、ほんとに玉鋼を使っているじゃないですか」
抜いてみる。重いし、しっくりくる。なんだ、この刀。恐ろしいほどにしっくりくる。
「ああ、内緒だけど、ドワーフ大公に打ってもらった一品だよ!!さすが5賢人だよねぇ。鋼の極みだったっけ。軽く説明したら、それができたってさ!」
「誰が説明したんですか?」
「ああ、サリス殿にお願いしてあったんだ。例の『短剣』をドワーフ大公に上納したんでそのお礼にお願いしてもらったんだ。」
父さんと師匠は魔道具でタイムラグなしで手紙のやり取りができる。
自分も使わせてもらっており、サリス家の面々とは俺も頻繁に手紙のやり取りをしている。レティはすでにスクールでは文武ともにトップで、来年からは生徒会長を卒業するまでやらされそうだと嘆く手紙があった。
「サリス殿は、『神代の短剣かっこわらい』を上納して、あの閉鎖的なドワーフの国との通商権を得てるんだよ。それで息子のためになにか武器を、と言われてね。んで、私がドワーフ大公に手紙を書いて渡してもらったのさ」
「かっこわらい、ってなんですか」
「うん、手紙に書いておいたんだ。『あの神代の短剣かっこわらいは、とてもいいものでした。つきましては探し出して発掘した我が愛弟子にして、サリス家の子息、そして次期イル教の主に武器を作ってほしいのです』――とね」
「すごく馬鹿にした響きがあるんですけど」
「黒歴史って素敵だよ!銘が神代の短剣だよ!?恥ずかしい!面白いじゃん。若気の至り!!もうからかっていくしかない!もちろんドワーフ大公のエンリケ君とは旧知の仲でさ!そのあとで手紙が来てたよ。『もちろん打たせていただきます、サリス家の御曹司についても他言いたしません。ですから、我が短剣についても――』ってね」
「脅したんですか!?」
「ううん、からかったんだよ!あいつ、昔ドワーフ大公に就任する前に会って話したときにさ、『アイアンメイデン殿』って言ってきたんだよね!!ずんぐりむっくりのくせに、この私をからかってきたんだよ!超ムカつくから、たまに嫌がらせしてやるんだよ!!」
エルフは長生きである。この世界の長命種の最右翼だ。それに弱みを握られるということはこういうことかもしれない。エンリケ公だってドワーフで、そこそこ長生きのはずだが、エルフとは比べるまでもない。
――敵にしたくないなあ。
「まあ、閉鎖的で人族を下に見がちなドワーフ公国の通商権なんて、そう簡単に取れるもんじゃないからね!サリス殿も大儲けしているみたいだから、最高だね!」
そう、父さんは大儲けしている。ドワーフ公国との通商はもちろんだが、師匠が開発しエルフ領で生産されている魔道具のアッティラでの販売を独占している。
これまで全く入ってこなかったエルフ謹製の魔道具である。貴族中心にとんでもない売れ方をしているらしい。ゼナの町とエルフ領を定期的に運航する魔道交易船もはじまっている。
ちなみに最も売れているのはエルフ謹製アンチエイジング薬。ポーションどころの話ではないらしい。エルフと言えば長命、長命と言えばエルフ。説得力がありすぎる。
しかしこの刀はすごい。玉鋼と――所謂、ミスリル。王道ファンタジー世界では最高級の一品。
幾回前かわすれたが、知的なスライムに転生し、みかわしの服とドロドロに溶けたミスリルをかぶったことがある。とんでもないスピードで動き、物理も魔法もほぼ無効状態になった。残念ながら、突如現れた勇者一行の経験値狩りに会い、会心の一撃を連発するなぞの王女にタコ殴りにされて死んだのだが。
しかし、そのときは防具的だったが、これは武器。評価の値もすごいことになっているが、俺に合わせて作られているというだけあって、魂に寄り添う感じにしっくりくる。
庭に設置された試し切り用のダミー人形を前にし、刀を構えてみると、その剣線がどこを通るかも見えてくるようだ。
呼吸を整えて、踏み込む。刀を抜き放ちながら、そして――
――燕返し。
相手の左肩から袈裟に切り落とし、刀を返して水平に横凪をする。切り上げてもいいが、俺はこちらの方が好きだ。そもそも二ノ太刀は残心に近い。
納刀。ゆっくり刀をしまうと、それに呼応するかのようにダミー人形が崩れ落ちる。
「すごい刀、だ」
俺のつぶやきに、プララが声を上げた。
「――すごい技術、だと思うのですけど、ライト。あの、私、目はいいですが、動き出しと納刀しか見えませんでした」
「そう?三つ子の魂ってやつだよね」
これでも達人だったんだ。実際に見えないんじゃなくて、見せない技術ってやつなんだけどね。
「145センチの身長は、10歳にしては大きいけれど、大人じゃない。それでよくその剣を使えるね!驚きさ!」
「師匠、これは俺の刀の師匠の言ですけれど――使うのではない、刀になるのだ、だそうですよ、だから関係ない」
師匠は頭をポリポリと書きながら、
「これほどまでに完成していると、今年の子たちはかわいそうだね!」
と言った。
「なにがですか?」
「――一応、試験があるんだよ。最低限の資質を見るというか、模擬戦を繰り返して、最後まで入学しようとという思いを持っていたら合格程度なんだけど――」
「ああ、それならなんとか合格できそうですね」
「いや、キミじゃなくて、今年の入学生だよ。可哀想だよ。有能な人材の心が挫けなければいいけどね」
――それは俺が感知することじゃないなあ。