伝説の魔王は、旦那の実家と対峙するようです。第61話
俺達はゼナから帝都に来たときのように、街道を走らせた。途中、昼食と夕食を教会の人間が街道沿いに待ち構えていて差し入れてくれた。もちろん、街道沿いの街では速度を落とし、見物客に手を振りながら通った。だが、普段の道でゆっくり走る意味もなく、そこそこの進行速度で進んだ。
途中の街で一泊して、二日目の夕方、故郷のゼナの街に到着する。今度はパレードや演説の予定はないが、沿道には多くの人が詰め掛けており、俺たちを一目見ようと待ち構えていた。前との違いは、そこかしこに若干、武装兵がいることくらいだ。
とは言っても、表立ったものではなく、表面上はなごやかな雰囲気である。
「ここがお前様とレティの故郷か」
頬にあたる海風が若干肌寒いが心地よい。太陽の光は柔らかく、穏やかな小春日和を演出していた。
「ああ」
「あの大地にも同じような港町があったかもしれんな――」
そういったジャロロの顔に前ほどの陰りはなかった。
「それは間違いなくあっただろうな。だが、それはもう過去のことだ。それをなんとか飲み込んで、俺は新しい街や新しい社会を作っていきたい」
「新しい街に新しい社会?」
「ああ、ここ最近、いろいろな街に触れたり、プララに子供ができたりして考えることがある」
子供ができてから、ダリアスをつい考える。夜這いシステムはクソみたいな慣習だとは思ったが、存外に悪くない。親が死のうが、生きようが子供は必ず村人が面倒を見ている。実のところ女性が村の階級の上位に位置していることもよい。男が働きバチのように村のすべての子供のために働く。外部の人間は入りにくいが、命が軽いこの世界において『子供の命を守る』ということに関しては特化している。
「そうじゃの――わしとお前様の間にも子ができるといいのう」
「そうだな。たくさん作ろう。その生まれてくる子のためにも、俺は子供が生きやすい社会を作りたい。まず第一歩として新しい街づくりをしたい」
自分の力だけで生きていくなら、この社会も悪くない。実力主義なら俺は負けない。
だが子をなし、その子供らが健全に生きる社会とは――と、考えると、少なくとも前世を参考にした社会保障は必要だ。
「ジャロロにも手伝ってもらう。新しい街づくり、新しい社会づくりには、俺の家族の協力が必要だからな」
「う、うむ。我らは、か、家族。任せておけ」
家族と言われて照れている姿がかわいい。
「その実験はうちの領内でやってよ、お兄ちゃん。絶対その政策とったら人増えるからさ」
「お、分かるか?」
「私がパリスのもとを離れてここまで来てるのよ?基本的にこの世は、子供が生きやすい社会じゃないわ。すぐ死ぬ。最も弱いところに最も早くしわ寄せがいく。子供が生きやすい街があったら?母親がみんな移住してくるに決まっているじゃない」
孟母三遷の教えではないけれど、少しでも環境の良いところで子供を育てたいというのはどの世界の親も考えること。子供が過ごしやすい街を作れば、母親たちが移住してくる。人が増えれば仕事ができる。仕事ができれば、さらに家族を連れて引っ越してくる。
この港町ゼナにはサリス商会がもたらしている仕事と金がある。だから活気がある。
人か仕事か、という命題はあるにせよ、やる価値のある仕事だ。
「まずはダリアスでやっている子供の医療費無料政策は何とか組み込みたい」
「お前様は医術を貧民にも無料開放するつもりか――」
「ああ」
「お兄ちゃんのレベルでするとしたら、そこが国になるし、首都になるレベルで人が集まるわよ。イル教国を凌ぐ宗教国家が出来上がるわ。最高じゃない!」
そこまではやるつもりはないけれど、さらに仕事を組み込むとしたら、やはりトンネル工事は必要だな、と思う。
ん、そういえば、ジャロロは魔王時代にかなり良質な内政をやったと聞く。
「ダークマニフェストはともかく、ほかの魔法でトンネル掘れるか?」
「掘れないこともないが、魔力が無尽蔵に――」
「無尽蔵の魔力なら用意できる」
「そうであったな。うむ。わしはもともと土属性の土木系の魔法が得意なのでな」
ナイス。絵図面がもう少しで引けそうだ。
そうこうしているうちに、サリス本家に到着した。俺達は家のみんなの出迎えを受けた。
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「え、この子がジャロロ様?」
腹の大きな母さんの素っ頓狂な声が響いた。
サリス本家の応接間である。ここにいるのは父さん、母さん、俺、ジャロロ、レティ、それからお爺様のドグラン=マリエント男爵とお母さんの兄にあたる現当主タイラント=マリエント伯父さん。ついでにサザーリン辺境伯も駆けつけている。
「いかにも義母上殿、我が名はジャロロ=ジャロじゃ。そして、みなさん、お初にお目にかかる」
ジャロロが頭を下げた。一同声にならないが、あわてて頭を下げる。当たり前である。「ジャロロが来るぞ」のあのジャロロが息子の嫁になってきた。
「かわいい魔王様だったんですね。――というのは、失礼かしら。私の10倍以上生きていらっしゃるのですから」
「いや、義母上殿、わしは嫁に入った身。正直、かわいいと言ってもらえるのはこそばゆいが、嬉しい」
胆力。父さん、お爺様、伯父さん、サザーリン辺境伯の誰もが声を失う中、すでに母さんとジャロロの間では嫁と姑の当たり前の会話がスタートしている。
「じゃ、ジャロロ様、息子が世話になります」
「いや、義父上殿、妹背になってここ数日であるが、わしの方が世話になってばかりじゃ」
「そうよ、父さん、恐ろしいことにお兄ちゃんがジャロロ姉さんの処女を――」
「やめいっ」
ジャロロは顔を真っ赤にしている。そりゃする。俺もとめる間もなかった。この小姑は中々陰湿である。
「猊下――帝都の方は如何でしたか」
「大丈夫でしたよ。サザーリン卿。皇帝陛下とジャロロは友誼を結びました」
「そ、そうですか。ありがたい」
そう言って黙るサザーリン卿。父さんも同様にあいまいな微笑みを浮かべている。マリエント家の2人に至っては、ムスッとするでも愛想笑いを浮かべるでもなく、ただただ固まっていた。
「お爺様、それから伯父様、固まりすぎよ」
レティから冷やかしの声が入る。
「い、いいいや、あの、ライトや――あの、ジャロロ=ジャロ、様といえばこう伝説の、あのジャロロ=ジャロ様かのう?」
それ以外のジャロロ=ジャロを知らないが、お爺様が必死に言葉を紡いでいるのは分かった。
「御祖父殿、ご挨拶がおくれたことをお詫び申し上げる。わしが、その伝説の魔王ジャロロ=ジャロじゃ」
「い、いや、魔王様に、我が孫の嫁に来てもらったことをか、感謝するとともに、いや、ありがたく頂戴します」
「お爺様、なにいってんのよ。混乱しすぎてて、言っていることが意味が分かんないわ。もうっ!!」
レティが怒ったように言った。
「――あのね、ここ数日、一緒に暮らしてみて、ジャロロ姉さんは、賢く人生経験が豊富で、粘り強く、誠実で心根の優しい人よ。怖がる必要はないわ」
「レティ――」
ジャロロも思わぬ援護射撃に、少しぐっときているのだろう。言葉に詰まっている。
「いいのよ、姉さん。マリエントの人はね、分かりやすいものに分かりやすく反応する人たちだから、ちゃんと教えてあげなきゃダメなのよ。あと、姉さんは、淫乱処女ビッチ大魔王だったわ」
「ちょ、おまえ」
「処女のくせに、私の目の前で『一大スペクトラルセックスをしようではないか』とお兄ちゃんに、迫ったのよ。ちなみにお兄ちゃんはそれに応えようと、『夢精しそうだ』とか叫びながらやり始めたから、全力でやめてもらったわ」
まだそのネタで引っ張るのかよ。ジャロロが恥ずかしくて泣きそうな顔をしている。
「ほらみて、お爺様に伯父様。こんなかわいい表情するのよ。600歳の魔王でも、かんわいいのよ。優しくしてあげなきゃダメ」
「まて、レティ……優しいのか、いじわるなのかどっちかにしてくれ――」
「どっちもよ、姉さん。私は姉さんが好きだけど、お兄ちゃんはもっと好き。知らないの?私、死ぬほどブラコンなのよ」
俺はジャロロの肩に手をやって首を振った。もっとも強敵はこの妹なのだ。仕方ない。今度、エミーも含めて話してみよう。
「うむ、父上、腹を決めましょう。ライト君は――いや教皇猊下は世界の身柱。我がマリエント家はその親族。プララ皇妃とも家族。エミー様とも家族。むろん、ジャロロ様とも家族になることもある」
タイラント伯父様が、お爺様の肩を抱く。
「ラント、長生きはするもんだな。わしは絵本でよく読んだのだ。魔王ジャロロの話を。歴史でも旧帝国の愚かなふるまいも学んだ。ジャロロ様よ、知っておるか――?」
お爺様は、力がすとんと抜けたように語り始めた。
「なにをじゃ、祖父殿」
「ここアッティラ新帝国では、ジャロロ様は恐怖の象徴であったことと、強大な魔力を持つとんでもない魔王として、男子のごっこ遊びでは人気があったことを」
「――初耳じゃ」
ジャロロは目をまん丸くしている。
「マントを羽織って、その場のガキ大将がその役をやるのだ。強くなくてはその役をやることは許されぬ。数人がかりでなんとか魔王ジャロロを止めるのだ、といってな。わしは子供のころ、2回ほどその役をやったことがある。その時の誇らしかったこと。愚息タイラントも1回だけやったことがある役だったな」
「ありましたな。強烈に覚えていますよ」
「あら、私も覚えていますよ。お兄さま。家に帰って『俺はジャロロだ!』とか言ってましたわ」
母さんも思い出したように話す。
「そう、私の中では、だからジャロロ様って筋骨隆々、ダークヒーローのイメージでしたから、このような可愛いお嬢さんだったなんて、驚きです」
「ああ、そうだ、ミリィ。だから、ジャロロ様、わしは今、畏怖と憧れが入り混じっておる。混乱もしておる。だから、許してほしい。しかし、孫をどうかよろしく頼む」
「こ、こちらこそ、祖父殿、よろしくお願いしたい――」
ジャロロの顔が恥ずかしさではなく、紅潮している。
お爺様にしてみれば、孫の連れてきた嫁は、子供のころの自分の憧れた強さの象徴でした、というわけわからない状況。混乱しているが、その中にある、恐怖だけではない部分がにじみだしてきている。
それがジャロロにとってうれしいことであることは違いあるまい。
「話がまとまってよかったわ。じゃあ、最初から、ジャロロ姉さんが、お兄ちゃんの背中を触っていたところから話を始めましょうか!」
「「やーめーてー!」」
俺とジャロロの声がハモった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
毎日、これくらいのペースで書いていけると、自分的に楽しいです。表記の揺れが多少ありますが、お許しください。お盆休みにでも少しずつ治していく予定です。
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