地獄の釜の蓋を開けた伝説の魔王と3人目の妻。第55話
夜。今日はプララと夕食を共にする日。
「ああ、そうだ。まだ、心音が聞こえてはないんだが、レティに知らせていいか?」
「もちろんですよ」
キョトンとしたプララの顔を見て、心音が聞こえるまではあまり知らせない、というのは前世日本の習慣か、と思う。
「いや、これは前世の記憶に縛られてるのかな。一応、心音が確認されるまでは知らせるのは控えるのが一般的だったんだ」
「そうなんですか。でも、私は構いませんよ」
そう思っている時だった。俺たちの通信機が着信を知らせた。俺はプララに目配せをして通信機を取った。
『お兄ちゃん?』
「ああ、レティか。今、ちょうど連絡しようと思ったところなんだが」
『奇遇ね、私は妊娠したから報告しようと思って』
「あぁ?!そうなのか! いや、こっちもだ。プララが妊娠したんで、報告しようと思ったんだが」
目の前のプララも目を丸くしている。
『ほんと!?偶然にも過ぎるわね――。ちなみに母さんは出産間近よ』
そうだった。すっかり忘れていたが、そんなことを言っていたな。
『ああぁ、そうするとお兄ちゃんに頼むのはまずいかな。ちょっとマルチトークにしてくれない?』
俺は拡声機能を使った。
「ひさしぶり、レティ」
『ひさしぶりね、プララ、元気にしてる?』
2人は挨拶を交わした。もともと気が合う二人ではあるが、レティは最高神サンスースの現世出張所的な存在である。プララはそういう意味では気を使っていたし、レティも皇后であるプララに気を使っていた。
「前話した通りになりましたね。ほぼ同時に子供ができるなんて!」
『そうよ!驚きよね!まぁ、うちもそちらも若いんだからやってりゃできるわよね』
「ストレートすぎますけど、おめでとう」
『ふふ、そっちもおめでとう――でね、ちょっとお願いがあるのよ』
レティのお願いとは、俺を数日貸してほしい、とのお願いだ。
レティはサリス領で出産をすることも考えたが、どうにも不安だ。里帰りすれば、住み慣れたゼナの街で母さんの出産のサポートしたり、弟だか妹の世話をしたりしながら出産まで過ごせる。勉強にもなるし、子供にも悪くない環境だ、と。
だが、領政改革を断行している身。あまりにも敵が多くて、領主の妻が出産で帰省などとなったら、ほぼ必ず襲われて人質になったり、殺されたりするだろう。パリスがともに領を離れるには、あまりにも改革から日が浅く、同様に不安が残る。信頼できる人間も同じだ。
ならば、俺に話が来たわけだ。俺なら、魔導車もあり、人程度に後れは取らない。
『ただ、プララが心細いっていうならいいわ。そちらの方が重要だもの』
「いいえ、レティ。私にはお母様もついているから心細さはあまりないんですよ。それに教皇の妻が襲われるなんて言ことがあったら、聖都はもちません。何より私は強いんです」
『あー、知ってる。そうよね、じゃあ、ちょっとお兄ちゃん貸してよ』
「どうぞ」
という感じで、話がついた。
俺はそうはいってもある事務作業と、施術院での告知のため、一週間後に向かうことにして通話を終えた。
「おどろきですね。同じ時期に妊娠なんて」
「ごめんな、プララも不安な時に」
俺は謝った。小娘先生も言っていた。妻を第一にしておかないと、後々にえらい目にあう、と。
「大丈夫ですよ。送っていく、その後、召喚するでたいてい終わるでしょう。お母様もエミーもイル様もいますから、さほど寂しく感じなくて済みます」
師匠にも後で話を通しておこう
「でも楽しみですねえ。生まれたら、この子を連れてサリス領にはちょくちょく顔を出しましょう。面白くないですか。あの創造神サンスースの子がどんな魂を持っているか――ハードンとかだと面白いですね」
「発想が師匠と一緒だなあ――え?ハードン?なにそれ」
パードゥン?俺は聞き返した。
「ハードンは破壊神ですよ。創造と対を成し、対立する神。イル教の教えでは、破壊神は悪の神ではなく、創造の対を成す神です。もちろん、法や規律の神ロッコンや大地神イーガーなんて魂でも面白いですけど、ここはやはり、ハードンで」
「おいおい、ハードンでもハーゴンでもいいけど、俺の甥か姪だからな」
言って俺は笑う。うん、まぁ、ハーゴンの下りでプララが頭に?を浮かべて、曖昧な顔で微笑んでいたので無理して笑った。
ハードンはイル教国の南側、エルフの反対側で細々と信仰されているらしい。サンスースとは同格の神だが、破壊の神ということで人気が低い。
「まぁ、なんにせよ、うちも、あっちも、ついでに父さんたちの子も元気に生まれるように、願いたいね。男でも女でもいいからさ」
俺が口にした言葉にプララは笑った。
「それ、私に言うの昼から23回目ですよ」
そうか、そんなに口にしていたかな。
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次の日、聖都には皇妃プララが懐妊したという噂が広まった。教会の幹部たちは誰が漏らしたのか、必死に探し回ったという。
だが、その犯人はあっさり判明した。
そう、俺である。
教皇が錯乱した様子で、子供は元気がいい、子供は元気がいい、とか言いながら80歳のおばあちゃんを50歳若返らせたり、広場で抱きかかえた子のお母さんの腰を治療しながら子供は愛すべきものである、と叫んだりして明らかにおかしかったらしい。
そのつぶやいていた言葉から、子供ができたに違いないという話になった、という。
これには教会の幹部も苦笑いしかできず、イル様の名のもとに、皇妃プララの懐妊が発表された。
うん、まぁ、仕方ない。
それからの一週間は若干忙しかった。治療院の休診を知らせて回ったり、ほとんどないとはいえ教皇としての執務を前倒したりして行った。かわいい妹のためであるし、そもそもレティはサンスースなのだから、最高神サンスースを中心とした多神教イル教のトップである俺が蔑ろにしていい存在ではない。
そして忙しい時を狙ったかのように、厄介ごとを持ち込む人がその本領を発揮した。
俺とプララ、そしてエミーが3人でお茶をしながら、今後のスケジュールを詰めていた時である。
「やぁ!」
「こんにちは、師匠」「お母様、ごきげんよう」「教母様!ご機嫌は如何ですか?」
俺たちが口々に挨拶をする。
「ご機嫌?最高だね!この子がいるからさ!」
嬉しそうに師匠は後ろにいた女の子を前に引っ張り出した。フードを被っているが、どこかでみたことが――
「ああああああ!」
俺はつい瞬間的に立ち上がりながら、声を上げた。プララを見るがプララも同じように立ち上がって驚いている。
「どちら様ですか?」
事情が分からないエミーが恐る恐る聞いた。
「ふふふ!エミーちゃん、誰だと思う。驚くと思うよ!びっくりすると思うよ!」
「師匠!!まずい!」
俺は静止した。アッティラ帝国の王女にその人はまずい。
地獄の釜の蓋を開いたといわれる伝説の魔王、世界の力学を大きく変えた地獄からの使者、アッティラ帝国ではそんな教え方をされている歴史上の人物。
それがこのフードを被った少女だ。
「お久しぶりです。ジャロロ様」
「久しいな、プララよ。ここ数年、約束を守ってくれたことを礼を言う」
少しこのような場で話すのが恥ずかしいのか、目をそらして話す、ジャロロ。
その正体をあっさりばらしたのはプララだった。
「エミー、こちらは歴史を学んでいれば出てくる、伝説の魔王、ジャロロ=ジャロ様よ」
「……」
エミーは何も言わずに昏倒した。
「……ちょっと考えなしじゃないかな」
俺はエミーを簡易のソファーに横にしながら言った。
「でも、私たちと家族になるということは、そういうことだとエミーにはわかってほしいんです。ジャロロ様はお母様の一番弟子ですし。私にとっては尊敬すべきお方です。」
だが、最もこのことを気にしたのは、ジャロロ=ジャロその人だった。
「いや、御子殿、プララを責めるな、これは私が悪いことじゃ。すまぬ、私が人族に蛇蝎のごとく嫌われていることくらいわかっていたのに――」
そうジャロロが言いかけた時に、師匠は黙って彼女の頭を叩いた。
「相変わらず根暗だよ、キミは。だめだよ、いいかい、ジャロ、キミは300年前のことは何も悪くはないんだ」
「319年前だ」
「知らないよ、どうでもいいんだよ。そんな細かい数字は」
「良くはない、プラローロ。私はあの瞬間のことを覚えている。闇に消えていく人族の怨嗟に満ちた声、魔法に溺れおごり高ぶった私に対する強烈なカウンターパンチだった」
ジャロロ様がボソボソと語るので、師匠がイライラとしているのが伝わってくる。
「ったく、いつまでもウジウジと――もう、絶対にひかないからな!ライト!」
俺は突然呼ばれて驚いた。最近、偉くなったんで、プララ以外になかなか人に呼び捨てにされるということがない。
うん、悪くないな。
「はい、師匠」
「師匠命令だよ!」
「めずらしい!何なりと」
師匠命令でなにかしろと言われたことはあまりない。
「娶れ」
「何を?」
「ジャロロをさ!」
「はい?!」
「やめよ、茶番が過ぎるぞ!プラローロ。御子も困っているではないか!」
「困っているのはキミだろ、ジャロロ! このライトは私の弟子でね、天才なんだよ。性欲もモリモリしているから、今頃キミをどうやってひいひい言わせるか考えているところさ!」
いや、そんなことは考えていません。
「御子はそんなことを考えているのか!?」
「考えてませんって、何を言っているんですか師匠。ほら、プララも言ってやって!」
プララは考え込んでいた。
「悪くありませんね――」
「そうそう悪くない――ってプララ!?」
俺はあまりの反応にノリ突っ込みをしてしまった。あれほど側室を迎えることを嫌がり恐れていた子とは思えない。
「ああ、ライト、側室一人では収まりが悪いのです。そうですね、もう、お相手が二人でも三人でも変わりませんから。ただ、どこぞの馬の骨では困ります。その点ジャロロ様は元魔王。しかも知名度は折り紙付き。ライトの名を上げるには最高の相手です」
「ふふふ、我が娘、すばらしいね!」
プラローロもプララの慧眼に驚いている。
「私はキミにもっと人生を楽しんでもらいたい。あと400年もキミはそうやって一度の魔法にとらわれて生きていくのかい?ありえないだろう」
「それが私の供養だ」
「わかった、じゃあ、キミはなおさらライトの嫁になれ」
師匠は引くつもりはないらしい。
「まったくプラローロよ、相も変わらずわからぬ奴。論理もなくしたか」
師匠はジャロロ=ジャロのその言葉を聞いてにやり、と笑った。
「ここにいるのは、イル教の最大権力者にして最高権威の教皇ライト=サリスさ。人族の英雄にして、アッティラ帝国出身。魂の供養も、帝国民との和解も、すべてこの男が担っているんだよ!キミが彼に嫁いで、真の和解と供養をすべきじゃないか。それ以外は自己満足の逃避行動さ!」
「ぐ――」
「キミの人生を319年前の供養のために捧げるというのなら、教皇ライト=サリスにその身を捧げよ!違うか、ジャロロ」
迫る師匠の声にジャロロはぐうの音も出ない。
「わ、私で、いいのか――御子は」
少し恥ずかし気に、そして願わくば断ってくれと救いを求めるかのようにジャロロは聞いてきた。
俺は間違ってはいけないな、と思いながら慎重に言葉を選んだ。
「ええ、もちろん、私はジャロロ様をかわいいと思っていま――いっえええええッ」
プララが俺の足を思いっきり踏んだ。
理不尽。
だが俺はぐっとこらえた。評価で固定かかっているので足は全く痛くはないんだ。そう心の痛み以外は。
もう一度、慎重に言葉を選ぶ。
プララが理屈無視の嫉妬をしないような言葉を。
「ああ、すみません、もちろん、ジャロロ様を妻に迎えさせていただきます――」
こうして、俺は、伝説の魔王ジャロロ=ジャロを妻に迎えることになったのである。
若干ハーレムっぽくなりましたが、いったん妻はこれ以上増えることはないです。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。




