子供ができたので、俺は動揺している。第54話
エミーを側室に迎えて落ち着いてきたころ、俺は別段変わったことはせずに、週に5日に施術院で治療に励んだ。まぁ、ハゲの日とした休日前にはハゲの山ができたので、一生懸命にさばいた。
ダリアス村では俺が開拓した俺の土地に、俺が出資して商業施設が作られた。屋台的に食べ物も売られており、村人が運営している。
宿泊施設も作られたが、とりあえず屋根と壁と木床があるだけの簡易施設だ。食事も屋台で提供されるものにならざるを得ないが、ハゲの日の前日は数百人がそこに泊った。この運営も村人だ。
俺は出資者として村人の経営に増長が見られないように気を配った。評判が悪くなっては元も子もない。そのためか施設の出来はともかく、評判は悪くない。お金も村人にしっかり落としてやることができているし、俺の取り分も無事回収できている。
「ライ先生は商売上手ですなあ」
「いや庄屋さん、村の人たちが勤勉ですからね、性方面以外は」
「性方面があるから、まじめにならざるを得ないのですがね」
そういうこともあるのかと思う。
なんにせよ施術院の運営は順調である。
★
第二夫人、という言い方をすると微妙な雰囲気になるが、エミーには後宮差配をお願いした。とはいっても、今はやることがほぼない。側室も彼女一人であるし、予定もまだない。
俺は二日に一回のペースでエミーのもとに通った。ただ、することもあれば、しないこともある。だいたい5回に1回くらいはしない。
夕方には彼女の待つ離れの部屋に出向き、彼女が用意した夕飯を食べる。穏やかに会話をし、ともに風呂に入り、汗を流し、ベッドで話をする。大概エッチの流れになるが、ならないときもある。
先日、彼女の昔の話を聞いたときは、しなかった時の例に挙げられるだろう。
キッキン伯爵に嫁いだ時の自分の惨めな気持ち。エンデが神託の御子に嫁ぐと発表されたときの悔しさまで語った。だが彼女はいつも腐る言葉を言わなかった。
「エンデがジルと不倫関係になかったら、彼女はここに嫁いできて苦労したでしょうね。夢見がちでしたし、独占欲も強かったときいています。プララとの激突も避けられませんでした」
「だろうな。まぁ、俺、普通に賢い女性が好きだからさ。エミーを知った今、あの王女でなくて良かったと思うよ」
「ありがとうございます。たしかに私は分かりのいい女ですけどね」
「あはは、そういう意味じゃないさ、ほんとに頭の良い女性が好きなんだ」
そんな話をしていると、俺はただ彼女の髪を撫でていることしかできなくて、腕の中で彼女が眠りに落ちるのを見届けて、プララの元に戻った。
★
そんな日常を繰り返していると、いつの間にか教皇になって8カ月以上が経過していた。俺はいまだ新しく設立された教皇庁の計らいで大した仕事もなく生活していた。ハゲ治療も順調で、少し落ち着いてきた。残念ながら、近隣のハゲは粗方治療したらしい。
ただ、元手がほとんどかかっていないため、治療費の利益は膨大な金額になってきた。
何かこのお金を使って新しい商売を、などと考えていた時のことだった。
彼女にとっては、待望の、俺にとっては考えているよりもちょっと早く、妊娠が発覚した。そりゃ、ほぼほぼ毎日することをしている。できない方がおかしい。
彼女はいつものように生活していたが、ある日を境に顔を火照らせるようになった。いつも何か暑そうにして「すっごい顔がほてるんですけど」と言っているので、なにごとかと思っていたところ、妊娠が分かった。
師匠のプラローロが俺の教皇執務室に飛び込んできて握手をブンブンしてきたのだ。
「すごいことだよ!さすが!――私はとてもうれしいんだよ!」
「何事です?」
「プララが妊娠しているんだよ!これは素晴らしいことだろ!」
師匠は主治医が診断を下したと同時に部屋を飛び出してきたらしい。一刻も早く俺に伝えたかった、という。
正直に言えば、驚きも、喜びも、焦りも、何もなかった。一言でいえば「へえ、そう」だ。それは喜んでいないわけでも、驚いていないわけでもなく、ただただ、実感がなかったのだ。
ただ、そんなことを口に出すほど、人生経験が少ないわけではない。伊達に転生を繰り返していない。もっとも、幾度となく繰り返してきた人生で子供は一度もできていない。その存在世界においてイリーガルな存在であったためか、子供ができる前にいずれも俺が死んだ。スライムだった頃も細胞分裂すらしていない。
「ん?その様子はアレか、実感がないんだね!?」
俺の思いはお見通しだった。
「その通りですけど、よくわかりましたね」
「たいてい若い夫婦の最初の子はそういう感じなんだよ!年のいった人間の夫婦なら、『待望の』という言葉がつくからね!」
「プララにはちゃんと喜んで見せるんだよ!」と師匠は言ったので、俺は親指を立てて返した。
そういって、また、主治医が来ている部屋に戻っていく。
相変わらずあわただしい。
ただ、俺が親になる。
親かぁ。なったことないな、うん。
考えてみると、ちょっとドキドキする話、のような気がする。
ううん、ちょっと待ってくれ。いや、これはあれだな、ドキドキするどころじゃないぞ。
突如訪れた胸の鼓動に俺は戸惑いを隠せない。来たのは鼓動だけじゃない。俺という神々のわけのわからない成れの果てみたいな存在に子供なんかができていいのか。まずくないか。
つまり不安が塊になってきた。
いや、あれ、おかしい。俺は魂の存在としておかしいんじゃないか。大丈夫か? 俺はきっとどこかの次元の何者かで、そんな何者かわからないような男の魂から生まれてくる子供というのは、どのような魂を持っているのだろう。怖い。
遺伝子レベルの話で済んでくれれば、父さんy遺伝子と母さんのx遺伝子だから大丈夫だ。さらにそこにエルフのx遺伝子と魔族のx遺伝子のどちらかが、強烈に個体を左右する。エルフのx遺伝子なら耳が長めで、長寿。魔族ならば耳は普通だが、強烈な魔力を保持することになる。
とりあえず、それなら何とかなる。したがって、生まれてくる子の遺伝子は、人族と魔族か人族とエルフのハイブリッドとなるわけだ。あるある。短命の人族と夫婦になることは少ないにしてもないわけではないので、あるかもしれない話。
問題は魂である。この世界の魂とは何によって作られるのか。俺の魂が外世界産であるのは確定していて、つまり魂とはそういった枠外のものかもしれないということである。新しく作られるものかもしれないし、輪廻していくものかもしれない。輪廻なら大丈夫。ウエルカムマイベイビー! だが俺たちの魂の情報から作られる内国産だとしたら、俺とプララの魂はどうなっていくのだろう。つまり外世界産のいびつな魂と内国産の正規の魂が融合するとチート的な魂になるか、世界の輪からはじかれる魂になるのか、ということだ。こいチート!!世界の輪からはじかれるならば、その魂を守れるのも俺となるのか。誰か魂の結合メカニズムを教えてほしい。だって俺には確実に転生する魂が存在するのだから、子供にはどんな魂が入るかわからないじゃないか。遺伝子に魂が影響受けるといっても、魂に遺伝子が影響を与えるということもあるわけで――
俺はとにかく混乱していた。
「よし、とりあえず、元気な子が生まれてくれればいい」
俺は執務室を飛び出してプララが診察を受けている部屋まで急ぐ。うん、入れてもらえないだろうけれどね。
「元気な子、元気な子だよな」
ふと思い立って普段顔を出さない礼拝室に降りて行ってみた。一般信徒まで立ち入りが許されている場所なので、当然みんなギョッとする。
「教皇様、ご機嫌麗しゅう」
なんだか身なりのいいご婦人が俺に声をかけた。俺は軽く手を振ってそれに応える。
「ごきげんよう、マダム。ところで子供は元気であればいいよな」
「あ、ええ、そうですね。それが一番です」
「ありがとう、私もそう思う、うん、ありがとう、お礼に5歳ぐらい若返ってくれ」
うん、元気な子が生まれればいい。そう、世界がどうこうではなく、とにもかくにも元気な子。あほでもいいけれど、めっちゃ元気が一番だ。なぁ、そう思わないか?
「元気な子、元気な子、たぶんきっと元気な子――元気であればなんでもできる。元気な子、元気な子でいい。男でも女でも、どっちでも――」
俺は至るところで、そう呟いていたようだ。
サンスース大聖堂前の一般広場に来る。子供たちが元気に走り回っている。素晴らしい。そう、結局のところ、元気であってくれればとりあえずよくないか?
「猊下!この子に祝福をください!」
1人の母親が赤ちゃんを連れて俺のそばにきた。生まれて3カ月、らしい。抱き方を教わって抱っこする。
これが赤ちゃん。なるほど。大切だ。そして愛らしい。
「この子は世界から愛される子になる!そうだ、子供はすべからく世界から愛されるべきだ!」
俺はその赤子に祝福を与えた。愛される子のステータスを評価に刻んでおいたので、きっとあの赤ちゃんは世界から愛される子になるだろう。
「ありがとうございます!」
「いや、お母さん、ありがとう。今、私は世界の真理に出会えた。あなたには、砕けぬ腰を与えよう」
俺はそのお母さんのちょっと弱った腰に、強固な腰という評価を与えておいた。
世界は光に満ちている。子供は愛に満ちる存在。
ふと気づく。
ああ、そうか。
「俺は父になるのだ」
俺はぽつりとつぶやいた。
★
俺はプララがいる部屋にたどり着いた。すごく動揺してしまったが、父になるという思いを得たことにより、ずいぶん落ち着いた。
だが、主治医がいるということでなかなか入れてもらえない。
俺は主治医の助手でゲートキーパーをしている娘に何度も話しかけた。
「俺は夫で教皇なんだが、父になるんだが!!入れてくれ!」
「夫でも教皇でも、男性は入れるわけにはいきません。しきたりです」
ええい小娘め、そこに直れ、天誅じゃ、とかやりたくなったが、仕方ない。近くの椅子に座って待つ。
「なあ、聞いたか?」
「そんなことをこの私程度が聞いていい話ではないので、何も聞いておりませんが」
「俺に子ができたんだ」
その小娘は度肝を抜かれた。
「そんな国家機密を話さないでください!!もしかして私殺されるんですか」
「殺すわけないだろう」
「は、はぁ、とりあえずおめでとうございます」
小娘は少し青くなりながらお祝いの言葉を述べた。そういうことが聞きたいんじゃないんだ。
「どうだ、ほかの出産はみんな大変か?」
「まぁ、一言でいえば大変ですね」
「だが、案ずるより産むがやすし、と俺の国の言葉にあるんだが」
前世の日本のことわざだった。
「そんなものは殿方が作られた言葉でしょう。奥様にとっては産むが易いわけありませんから。大方、心配するのが嫌になった殿方に、周りの男が声をかけた言葉ですよ。間違いありません。女性は絶対に大変です。死ぬこともあるのですから」
「そ、そういうものか」
この小娘、先生と呼ぶに値する博識……!!
「そういうものです。いいですか。猊下。猊下も初めて父親になられるのです。猊下といえども父は初めて。世界の身柱と言われる教皇猊下でも、父親としては初心者。ならば、することは一つです」
小娘先生は全く張れない胸を張った。
「はい、なんでしょうか」
「奥様の様子をつぶさに観察し、適切に声掛けをし、理不尽に耐えることです」
「りふじん、に、たえる?」
なんだ、そんな言葉聞いたことがない。
「奥様はこれから出産という大イベントを控えています。これは野生動物ならば死と向き合う時。つまり、ものすごく気が立ちます。そりゃもう、めっちゃ理不尽です」
「そうなんですか」
「多くの場合ですが。そういう時にはいちいち受け入れてあげましょう。何を言われても、はい、と返事をしてやってあげるのです。この時のことは、どんなことでも覚えていて、一生言われます。特に悪いことはことあるごとに言われますので細心の注意を払ってください」
なにそれ、まじか。でも、分かった。野生動物のたとえすごくわかる。
「これは私が言っていることではありません。世界の常識となりつつあることですから!!」
「ありがとう、これはお礼だ、受け取っておいてくれ」
俺は手持ちの金貨を渡した。こんな金貨一枚でとてもためになる話を聞けた。素晴らしい。うん、問題ない。
「げ、猊下!多すぎです!私まだ、見習助手の15歳ですよ」
関係ないのだ、と握らせた。そんなやり取りをしているとやっと主治医が出てきた。ベテランのエルフの女医さんだ。
「猊下、中まで声が響いています。そんなに動揺なさらずに。奥様、苦笑されてますよ。それからカノコ、あなたは奥様に感謝されていましたから、その銅貨――って金貨ですか!? 猊下、せめて銀貨くらいにしてください!! ――まあ、いいです。頂いておきなさい」
「ありがとうございます!これで卵が買えます!」
「やめてください、私がお給金ケチっているみたいじゃないですか、もう。――それでは、猊下、ごきげんよう」
少し顔を赤らめて、女医さんはカノコと呼ばれた人族の助手を引っ張っていく。
うん、どうでもいい。俺は部屋に駆け込んだ。
苦笑いしている師匠とエミーと、そしてプララ。お付きの者たちは、みんな後ろを向いて笑いをこらえている。
「話は聞いておいたからね!うん、さっき見た時とはずいぶん顔が違うね――なるほど。いい顔だよ!」
師匠は笑って俺の肩をたたいて出ていく。エミーもお付きの者もみんな部屋から出ていった。
部屋に残されたのは、俺とプララだけ。
「ライト、どうしたんですか」
「うん、俺はずいぶん焦っていたみたいだ」
「いや、その涙ですけど」
「知らない。なんだかまだ、子供が生まれてもいないのに、俺は今、なんだか、こう――なんだか、言葉にならないんだ」
言葉にならないし、整理もできない。
「ライト、子供が、できましたよ」
プララが微笑みながら、ゆっくりと言った。
俺は、「ありがとう」としか言えなかった。
子供ができたので動揺している。
まぁ、3人も作ると動揺もなくなるんですけどね。妻の妊娠が最初分かった時はうれしかったなぁ、と思いながら、少し書いてみました。
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