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教皇になった俺は故郷で演説をさせられる第44話

 教皇です。さすがに自分の立場を忘れると問題があります。


 いやべつに忘れていたわけではないけれど、こっそりとアッティラ帝国に上陸し、陸路をひたすら走らせて横断し、上陸した地点と反対側のゼナの町に入った。


 ここまで定時連絡のように数時間に一度通信が入っており、ゼナの町に向かっていることを話していた。


 帝国内はそこそこ街道が整備されており、大きな街道まで出てしまえば、場所に迷うこともない。さらにはスキル評価を使えば、残りの道のりも見えるので、この世界では考えられないほどの精緻な到着時刻を話してはきた。


「お、見えてきたな」


 俺は御者台から見えるゼナの町に懐かしさを覚えた。繁盛しているが、穏やかな街。武門のマリエント家と商家のサリス家が共栄する街。


 街の表門に差し掛かる。でかい門だが、ここの開門は俺の記憶には一回しかなく、5歳の時にレティと「開くから見に行こう」と、母さんにお願いして連れてってもらったことくらいだ。


 ふつうは脇にある人が通る用の門と、馬車が通る用の門から出入りする。街に入ろうとする人が壁に張り付くように整列している。数人の衛兵が並ばせており、治安力の高さを感じさせる。。


 さて、どうやって入ろうか、と思っていると門番が槍を掲げている。こちらへ来いと言わんばかりだ。


 俺は吸い込まれるようにそちらに向かう。


「開門!」


 俺がそこまで魔道車を進めると、門番が大きな声で叫んだ。


 え? と、俺が思っていると門の上に花火が打ち上げられて、門がゆっくりと開いていく。そして門番が最敬礼をとり、中に入るように促した。


 俺が魔導車を動かして門を進むと、そこから先の道の両脇に人垣ができており、皆が跪いていた。楽隊は盛大にファンファーレを鳴らしつつ、道沿いの家の二階からは、花吹雪が飛ばされている。


 周囲の雰囲気に圧倒されながら街を進んでいくと、マリエントのお爺様とサザーリン辺境伯が出迎えてくれた。


 俺は魔導車を降り、二人のもとに歩み寄った。


「――猊下には、このゼナの町に最初に足をお運び頂いたこと、このサザーリン、深く感謝を申し上げまする」

「ありがとう、ございます――」


 なんですか、この騒ぎ?と聞きたかったが、聞く必要がないほどに俺の歓迎のパレードだった。


「さあ、猊下、この爺に手を取らせてくだされ」


 ……なんかマリエントのお爺様が変な笑顔を張り付けている。しかし、申し出を無視するわけにはいかず、手を取った。そのままパレード用の馬車に乗せられて、パレードが進んでいく。


「お爺様、なんですこれ?」


 俺はお爺様に耳打ちをした。


「お主のための歓迎パレードじゃ。金も宣伝も労力もかなり掛かっとる。なにせこの街は教皇ライト=サリスが生まれ育った街じゃからのう。それを大々的に売り出して、観光客も税収もうなぎ登りなのじゃ。だからお主もこの後、そこをちゃんと理解したスピーチを頼むぞ」

「そりゃいいですけど――」


 なにか話さなければならないとは思っていたから大丈夫だが、ちゃっかりしているなあ。


「マリエント卿、猊下に対して礼を逸した発言は不愉快だ」

「すみません、サザーリン辺境伯、お気遣いありがとうございます。ただ、お爺様にまで遜られたら教皇なんて地位は捨てたくなりますから」

「猊下――わかりました。しかし、マリエント卿、皆の前でその態度を出すなよ。ことはイル教の権威に関わる問題である。これは寄り親としての命令だ」


 お爺様は顔をこわばらせて「はっ」と返事をした。


 俺はパレードに参加している観客に向かって手を振っている。


 んー、あそこでこっちを見ているのは、レティとパリス。俺たちの結婚後に婚約をしたという話を聞いた。俺と目が合ったレティは親指を立てて「いいね」といった表情をしてみせる。


 キミ、神様やんけ。と、あの時(戴冠式)のレティの姿が目に浮かんだ。まぁ、なんにせよ、誰であっても、レティには幸せにのんびりと生きてほしいものだ。


 ゼナの町の広場に演台が作られていた。


 俺はそこに座らされて、この街の領主であるお爺様の話を聞いているが、なにせ爺さんのあいさつは長いとどの世界でも決まっている。


「猊下は私の孫で」から始まり「小さい頃は」となり、「娘のミリィは」となり、「そもそもマリエント家とは」まで始まったところで、サザーリン辺境伯が一つ咳払いをした。


 お爺様がしまった、という顔をして話をやめた。


 サザーリン辺境伯は自己紹介をした後、「あまり長くなると猊下の長旅の疲れもありましょうから」といって早々に切り上げた。1分にも満たない。お爺様の20分に及ぶ演説に比べるとスマートさが際立った。


 俺は演台に立った。魔道具によって声は拡散されるが、そこはそれ、しっかりと通る声で語らなければならない。


「さて、みなさん、こんにちは。教皇ライト=サリスです。といっても、先程から話にありますように、私はこの街で生まれ、この街で幼少期を過ごしました。幼かったころ、妹のレティと唯一許されていた買い物が、この広場のコロッケでした。懐かしいですねえ。おばちゃん、元気にしてます? ああ、いらっしゃった。お変わりなくうれしく思います。あの頃はレティと半分ずつしか食べられなかったですが、今はこの体です。後で買いに行きますから、ぜひ一つ取っておいてくださいね」


 わはは、と沸き起こる笑い。


 コロッケ屋のおばちゃんがこっちに向かって嬉しそうに手をブンブン振っている。広場に集まった人もいい笑顔だ。


「みなさんは、お爺様や父さんが陞爵や叙爵をしたとき『なぜだ!?』と思われたと思うのですが、もう謎は解けていますよね。そう、私が神託の御子だったからです。なぜ私が御子だったのか、という話はやめましょう。決められていたから、としか言えません」


 俺は軽く流した。


「そうですね、私がなぜ教皇か、ということなら言えます。神の使徒であるからです。私は戴冠式にて、女神サンスースから冠を受け、この世界の守護者であることを命じられました」


 俺は腰に差した刀を抜いて見せる。みんなの目が一様に剣先に集まる。


「私は聖職者ではないのです。聖騎士(パラディン)でもない。普通の若者です。ただ、この刀で魔族の暗殺者を30人ほど斬り殺したこともあります。1対50であったとはいえ、蛮勇をふるったなとも思います。このアッティラ帝国と魔国の境にある大樹海の主、樹海龍ラトーガを屠った時は、オーガの友人が殺されてカっときて殺しました。おそらく皆さんに力があったら、同じように力を振るったことでしょう」


 ざわざわと広場のみんなが引いていくのが分かる。俺は流れるように納刀をした。


「つまり、私は普通の若者ではあるが、とんでもなく力のある若者でもあります。皆さんが考えているよりも、です」


 静まり返る聴衆。もう少し笑顔が欲しい。


「そうですね、現実、世界で私を倒せるのは妻と妹くらいです。ええ、二人とも怖いので。みなさん、笑い事ではありません、本当に怖いのですよ。――と、まぁ、その強さが世界の脅威とならぬように、女神サンスースは私を教皇の地位につけ、守護者たらんとしたのでしょう。戴冠式でもいいましたが、正しきものは恐れなくていい。私は味方です。やましい思いがあるものは、恐れてください。私は敵です」

「なんだと! ほんとにお前ごときがすげえのかよ!」


 1人の若者だった。年のころは俺よりも少し上か。筋肉がついているので鍛えてはいるのだろう。周りのみんなの反応で、彼がいつも煙たがられている存在であることが分かる。


「どういうことでしょう?」

「俺はてめえがすごいとはちっとも思えねえ。戴冠式の奇跡なんて言われてるが、まやかしの類だろうが! 俺にその奇跡をやってみろ!!!」

「ん、お疑いになられるか――じゃあ、そうですね、別にとって食ったり、殺したりしませんので壇上におあがりください」


 俺はその青年を壇上に上がるように促した。青年はおずおずとしながらも、偉そうなことを言った手前、虚勢を張って壇上にあがる。


「神の奇跡というわけではないですが――こんな感じでいかがでしょうか」


 俺は評価で青年の年を40歳ほど取らせる。体のそこかしこに影響が現れ――とくに頭頂部が見事に禿げ上がり――60近いおっさんが現れる。


「ヒッ――」


 おじさんは声を上げた。


「神の御業とは少し違うかもしれません。私の個人的な能力の一つにすぎませんから。ただし、この能力は女神サンスースから与えられたもの。まやかしではない、ことは分かりましたね?」

「も、戻せ!!!」

「え?なんで?」


 俺は聞き返した。


「奇跡は理解した!だが、なんで俺が年を取らなければならないんだ!」

「あなたの希望通り、奇跡を見せた。それで満足してくださいよ。もう一度奇跡を見せろ、だなんて――烏滸がましい」

「そ、それでも聖職者か――」

「話を聞かない類の方ですかね? 先ほど言いました。私は聖職者ではない、と」


 禿たおっさんになった元若者は、そのまま教会の関係者に腕を引かれて退場していく。


「ああ、みなさん、私が血も涙もない人に見えたかもしれませんが、大丈夫。あの方の体の内側はちゃんと若者のままですよ? ただ、表面的に年を取っただけです。私は神の使徒ですから、神の奇跡を否定されるならば、ちゃんとその力を見せなくてはならないという使命があります。そうですね、今の気持ちを一言で申し上げれば『思い知ったか』ですね」


 神の使徒とはそういうもの。別に神が慈悲深いなんて誰が決めたのか。


 これはドン引きか、と思ったら、意外に拍手喝采だった。どうやら、彼は町でもかなり(たち)の悪い男だったらしい。


「地元というのは素晴らしいものです。これほどの歓声、ありがとうございます。皆さんが神とともにあらんことを――あ、そうだ」


 俺は刀をもう一度抜いて、視線を集めた。


「今、足が痛いとか、腰が痛いとか、怪我をしている人、この剣先を見つめてください。皆さんにかかっている状態異常を――解除します」


 俺は剣先から評価を拡散させる。数千人を若返らせることもできたので、これくらいは余裕である。


 広場がさっと静まり返り、次の瞬間、地鳴りのような歓声が広場から沸き起こる。


「じゃぁ、みなさん、教皇ライト=サリスでした。またよろしく」


 そうして俺は演説を終えた。


 誰かが「教皇様ばんざーい」と叫んだ。同時に広がっていく「ばんざーい」の声。はっはっは、苦しゅうない。称えるがよいよ。




 俺はそのまま実家であるサリス家に向かった。お爺様とサザーリン辺境伯は俺を家の前で降ろすと、そのまま馬車でマリエント邸に向かう。


 お爺様はおりたがっていたが、辺境伯が目で制した。俺の疲労に配慮してくれたのだろう。


「最高だったわ!!!」


 家に着くなり、レティが興奮したように駆け寄ってきた。パリスもレティの後ろを歩いてくる。


「世界がお兄ちゃんを讃えている!それが実感できたわ」

「ああ、ありがとう、これもレティのおかげだ」

「は? なにいってんの?」


 いや事実、レティのおかげであろう。だが、今の彼女にはその記憶はないのだから仕方ない。


「いや、ライト――様、すごかったですよ」

「パリス卿、でしたか?」

「よしてくれよ」

「ならお前もよせよ」


 パリスと顔を合わせて2人でへへへっと笑う。年を取ろうが、地位が上がろうが、幼馴染くらい普通に接してほしいものだ。


「ライト、お帰りなさい――」

「母さん、心配かけました」

「心配はしてませんよ。死なない息子のことなんて心配しても仕方ないじゃないですか」


 そういって母さんはころころと笑う。実はザクザクと若返らせているので、父さんと母さんは35歳の表面に20代の中身で固定している。


「父さん、帰りました」

「ああ、お帰り。お前は俺が思うよりもはるかに世界の中心にいるのだな――実感させてもらったぞ。これでいつ死んでも――死ねんのか?」

「ええ、死ねません。俺の一族に連なるものは、どうしても、いやにならない限り死なせませんので」


 不死の一族だな、と父さんは笑う。その通りだけれど。


 実は戴冠式には父さんと母さんも来ていた。しかし、あまりにも賓客が多くて、父さん、母さんとは二言三言しか交わしていない。ただ、女神の実体化した顔は、やはり見えなかったという。


「ああ、なによりもまず、レティとパリス、婚約おめでとう」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「いや、レティ、その前にプララさんとの結婚と戴冠おめでとう」

「ああ、そうね、なんだかもう言った気がするんだけど、おめでとう、お兄ちゃん」


 言ったからねえ。


「ありがとう。まぁ、教皇って言っても仕事がないんだけどね。とりあえず暇すぎたから、一人旅でここまで来たし」

「ヨハン枢機卿、驚くと同時に怒り心頭でしたよ。本部に対して。立場があるのですから無茶はしてはいけません」

「はい、母さん」


 俺は母さんの言葉に素直に頭を下げた。


 パリスとレティはもうすでにここに住んでいる。父さんが叙爵したため、レティがマリエント家に養子に入り、パリスと結婚するという流れではなく、そのまま士爵の彼が養子としてサリス家に入る、というわけだ。


「というわけで俺ニートだから、なんかしたいんだよなぁ」

「お兄ちゃん、面白いことしてみない?」


 レティがニヤッと笑っている。神理解の極みを果たした今ならわかる。こいつ、マジで怖い。


「無茶をいう気か?」

「ぜんぜん! ――あのさ、お兄ちゃん教を作ろうよ」


 うん、まじで、怖い。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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