宮殿のお嬢様と女王とクズの第27話
さほど難しくない試験が終わった。まあ、これでも前世での高等教育を受けた身である。学問に重きを置かないこの世界の試験なんて大したことはない。
しかしこれで試験休みという名の夏休み。6月の終わりから8月の終わりまで――まるで前世の大学のようなカリキュラムである。
俺は試験が終わって休みに入るので、ギルドに顔を出しがてら留守にすることを報告しにきた。
「おお、英雄! いい仕事があるぞ!」
「ワギュウさん、ありがたいんですけど、実はちょっと実家に帰省しようと思ってまして」
「珍しい商隊護衛任務だぞ?」
商隊護衛任務は信頼が第一である。いくらBランクになったからと言って、駆け出しのペーペーを紹介できるような仕事ではない。
「へえ、無指名で商会の護衛依頼ってずいぶん小さな商会なんですか?」
「いや、大きい。このサスティラのギルドへの直接依頼だ。別に名指しはないが、なるべく若いBランク――つまり、お前たちだろ?」
まあ、そうだな――というか、事実上の指名だ。
「それにな、この指名の主は人族。航路は――」
航路――つまり海上輸送する会社、で人族、このタイミング、そして極めつけは若いBランク。なるほど。俺は仕事の主のことが分かった。ありがたい過保護だ。
「エルフの主座近くの港町ヘムヘースから、東回りで新アッティラ帝国マリエント士爵領ゼナの港、雇い主はシュラウド商会ですね――?」
「お、すごい、ほぼ正解。ただ航路は死海を避けるために西回りだ。さほど距離的なものは変わらん」
シュラウド商会はサリス商会のダミー会社。あまり大っぴらに「サリス」の名前を使わない方がいいということでシュラウド商会と名乗っている。
「でも、あれだな、帰省するなら無理、だな――」
「いえ、すみません。せっかくなので引き受けます。出発は?」
「5日後のヘムヘースの港で。費用は前金でもらっている金貨2枚がギルドの取り分。あとは向こうで雇い主が金貨18枚を直々に払う、と」
金貨20枚は日数的に考えても相場通り。父さんはお小遣い気分で払うつもりだろうが、俺はさすがにBランクとしてのプライドがあるのでしっかり仕事をして報酬も貰うつもりだ。
ただ――俺は依頼主である父さんの過保護な様に、受付カウンターに手をついて息を吐いた。
分かる。父さんにしてみれば、長い間留守にした息子の帰還。魔国での出来事ゆえに、具体的な話は聞いたことがないが、どうやら活躍しているらしい自慢ができない自慢の息子。そのお忍びの帰省である。
万全を期したい、という思いが痛いほど分かる。
そういえば一カ月以上前に「6月末に旅をしながら帰る」みたいな話を通信機でしたら、めっちゃ喜んでいたな。
んで、コレ。きっちり貿易周期を合わせてきている。
港町ヘムヘースはエルフ領の主座の隣に位置し、シュラウド商会ことサリス商会が魔道船を使って、エルフとの貿易に勤しむ港である。
魔道船は一応、エルフの長であるプラローロから借り受けているという体を取っている。まあ、そこら辺は実際どうとでもなる話。
「人族からの依頼をこなしたとなったら、ライトとプララには高いレベルでの信頼評価が付く。そりゃそうだ。魔族の商人を襲うよりもよっぽど簡単な相手を、襲うことなくちゃんと護衛する。それだけで信頼信用に値するだろ?」
「なるほど」
ワギュウの言葉に父さんのドヤ顔が透けて見える。
ありがたい、ありがたいが、俺にもやはり自立心というのがあり、若干面白くない。ただ、プララを連れていくし、船の方が早そうだし、楽だし――で結局受けた。
俺はワギュウに戻るのは8月ごろであることを告げた。
「そうか、8月末まで帰って来れんのか。寂しい気もするが、気を付けて行って来いよ」
「ええ、わかりました。日頃のお礼も兼ねて、お土産期待しててくださいね」
「おお、人族の酒が飲みてえなぁ」
「わかりました、とびっきりのお酒持ってきますよ!」
「期待してる!」
人族の最高級の酒の味を見せてやろう。
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エルフの港町ヘムヘースまでは魔道車で1日と半日。俺とプララは依頼を引き受けてから1日して出発し、ややゆったり走らせながら、3日目にはヘムヘースの町の門番のところまでたどり着いた。
門の前にはヘムヘースに入るために馬車が数珠つなぎになっていた。しかし、ヘムヘースの門番は別に顔見知りではないが、魔道車を見ると最敬礼ノンストップで俺たちを通した。エルフ自治領の主であり、このイル教国の国母プラローロの数台しかない魔道車を乗る人物を検問する必要はない、ということか。
俺たちが港までの大通りをゆっくりと魔道車を走らせていると、街のエルフの子どもたちが――俺たちとさほど変わらない年代ではあるが――珍しそうに近寄ってくる。それに親が気付くと急いで駆け寄ってきて、子供達を取り押さえ、深くお辞儀をする。
まあ、プララはここの王女だからな、当たり前ではある。
勾配のきつい坂道を登りきると突然目の前に海が広がった。
「すごい――」
「ええ、美しい光景ですね。ここにも短い夏がまたやってきますね」
亜寒帯と温帯のヘリにあるヘムヘースは、6月後半ではあるが暑さを感じない。さわやかな海の匂いと海風の若干湿った風が心地よい。
「あそこです」
プララが指を差した。高級、という言葉ではこの佇まいを表現できないだろう。まさに宮殿。この国の国母にして、このエルフ自治領のトップ、プラローロの別荘である。
「うわぁ」
7歳から過ごした修業時代の建物はログハウスである。それでも大きくて高級そうであったが、ここはそういうレベルにない。
魔道車を運転して門につけると、顔パスで大きな門が音もたてずに開いた。
5分くらい走ると宮殿の入り口につく。メイドと執事が一堂にお出迎え。今日はここに泊まって明日雇い主に会いに行くつもりだったが、泊まること自体に若干気が引ける。
「「お帰りなさいませ、お嬢様」」
斉唱だ。プララがお嬢様の顔をし一礼して魔道車を降りる。素早く持ち物をプララから受け取るポーターもいる。
俺がプララを降ろして魔道車を停車場に置きに行こうとすると、素早く察知した執事が駆け寄って耳打ちをする。
「いけません、御子様。そのような雑事は我々の仕事。特にここ数年、お渡りがなかったため、張り切っている若い者もいます」
「ありがとうございます」
「御子様はこの国の、いえ、世界の支柱となられるお方。セロー家の次期党首でもあるわけですから」
窘められて恐縮する。俺は何度も生まれ変わってきたとはいえ、この世界では11歳のガキには変わりない。おそらく数百歳を重ねた人が、丁寧に諭してくれるのだ。そこまで不遜にできていない。
俺はありがたく魔道車を降りる。
そうして使用人の皆さんにおしぼりなどを渡されて、いちいち礼をしながら応接間に通される。広い。そして豪奢。あのシャンデリア的なものだけでどれだけの値段がするのだろう。とかこのソファーいくらよ、とか考えてしまう。
「なあ、プララはお嬢様なんだな――」
「え?」
俺の素直な感想に隣のプララは眉をひそめた。
「ここでの立ち振る舞いがちゃんとお嬢様していて、ついでに偉そうなところもない。みんながちゃんとプララを敬っていて、プララもそれにちゃんと応えている」
プララはすこしため息を吐いた。そんな変なこと言ったかな?
「いいですか、ライト。私は何百年とみんなが待ちに待った国母にして主座『プラローラ』の1人娘です。前魔王リャララ=リャラの娘でもあります。プラローラを継ぐものにして神託の御子の花嫁。2歳の頃から、そんな躾を刷り込まれているんです。お嬢様に決まっているじゃないですか」
「なるほど」
「こんな私はお嫌いですか?」
「まさか。惚れ直したよ」
俺はそう言ってプララを引き寄せ額にキスをする。
「もう――嬉しいですけど!」
「よかった。でも、俺はさすがに慣れないな」
「ライトはいいんです。だって神託の御子じゃないですか。この世界の伝説にして支柱となる人。至高にして唯一無二の存在。お母様もそうです。その存在だけで、みんなが納得し、みんなが敬う。だから、どんな行動をとろうがあまり関係がありません」
プララはちょっと自嘲気味に笑った。
「私にあるのは『プラローロの娘』と『前魔王の娘』『神託の御子の花嫁』ということだけです。つまり七光りというやつです。ですから、私は私の名前に冠している人たちを貶めるわけにはいけない。さすがと言われなくてはいけないんです」
「ああ、わかった。でも一つ間違っているから訂正させて」
プララが眉をひそめた。
「俺がプララを好きなのは、プララがプララだからだよ?誰の名前も冠していないからね――」
ぶわぁぁぁっと、プララの顔が真っ赤に染まる。耳まで赤い。
「――もうっ!なに言っているのかしら!ああ、もう!」
「嫌い?」
「大好きですよ」
言ってへへっと笑うプララ。俺も一緒に笑った。
「あのさ――黙っているけれど、私は居るんだよ!」
「知ってます、師匠」
俺は目の前で苦笑いを浮かべて紅茶を飲んでいる師匠に真顔で返した。
「私の可愛いプララが、こんなにも恥ずかしげもなく、ベタベタしているところを見させられるこの気持ちをなんと評したらいいのかな!」
「慣れてくれればいいですよ」
「あのさ、こんなにキミたちはベタベタしていたかい!?」
「ここ数カ月、愛が深まりまして」
「――間違いだったかな!?」
「まだ子作りはしていません」
「間違いだった!!!!!」
俺と師匠は他愛ないやり取りをしていた――が。
「間違いではありません!」
いきなり真顔でプララが突っ込んだ。
「お母様?私とライトの交際に口を挟む気ですか?いくらお母様といは言え――」
「いやいや、なにを言っているのかな!冗談さ!間違いなわけないんだよ!」
師匠が焦っている。面白い。
「そうそう!今日、私が来たのには話が二つほどあるのさ!」
「え?なんです?」
ピースサインを出して話題を必死に変えてくる師匠が愛らしい。さしもの師匠も娘にはからきしである。
「一つ目はさ、大切な話さ」
師匠は座りを直した。俺もそれに合わせて姿勢をちょっと正してみた。
「いや、前通信機でちょっと話していた話なんだけれど、『話せない』ということが分かったのさ。これはつまり禁忌に触れる話だったということ。なにが禁忌に触れるかも話せないほどに強いのさ」
「――ん、例えばですね。自分が師匠の状態を固定しても無理ですか?」
「――」
師匠が口の前で両手の人差し指で×を作った。無理な理由すら話せないらしい。
「さすがの私でもこの禁忌のダメージは深刻なのさ。で、まあ、それはどうでもいいんだけど」
どうでもよくないんじゃないかな、とは思う。
「本題はこっちなのさ!ようは前はつまらない八つ当たりをキミにしたんで、謝りたかったのさ。ゴメンよ?」
「そんなことですか」
「大事さ。キミはこの世界を確かに導く人だからね。少しでも心象が悪くなってはいけないんだ」
「なりませんよ――」
「でも大事さ。私だって、キミをそんなに低く見ているつもりはないけれど、でも、大事なのさ。なにせ大好きな世界だからね!」
「わかりました。別に怒ってもないですけど、理解しました」
俺は少し考えて師匠の謝罪を受け入れた。そもそも師匠に謝られるなんてどんな罰ゲームだ。
「んで、師匠二つ目は?」
「二人はシュラウド商会の護衛任務でゼナに戻るんだよね!?」
「ええ。父が手配しまして」
「問題はそのシュラウド商会の会頭ゼッターランドくんでね」
ゼッターランド?どこかで聞いたことがある名前だけれど、憶えがない。でも確実にどこかで聞いたことがある。
「そのゼッターランドがどうかしたんですか?」
「いくらお飾りであっても会頭には権限がある。しかも何を勘違いしたのか、とっても横柄でムカつくんだよね。ちょっと締め上げたいんだけど、いいかな!?」
俺はもちろん、と言った。そもそもこの交易は師匠の完全なる好意だ。俺の実家であるサリス商会に対して便宜を図っているに過ぎない。そしてその便宜は、サリス商会が王室御用達になるまでに恩恵を与えている。間違っても偉そうにできる立場ではない。
「師匠、もちろんですよ。だいたい誰だよ、そのゼッターランドって」
「ああ、そうか、あれは母親方の姓だったよ!彼の本当の名前はシン=サリス。キミの従兄さ」
ああ。
そうか。
分かった。
「彼はさ、下品にもマージンを要求してくるし、納入品も港にもっていくと『ああ、載せておけ』とうちの子たちに命じるらしいのさ。許せないよね。さらに許せないのは、言うに事欠いて『エルフなんてこんな風に扱ってやればいいのさ』とか言うんだよ。この私の可愛いエルフたちを指さしながら、そんな口を利くんだよ?もうね、ぶっ殺してやりたいのさ」
俺は師匠に頭を下げた。
「すみません、師匠」
シン=サリスは叔父さんの息子。22歳になる。
「俺が許せませんので、俺もその締め上げに参加させてください――父さんには俺が説明します」
父さんの気持ちを踏みにじる奴は許さん。
許さん。
――絶対に。
平日は中々書き進められません。
1話約5000字書くのに3時間かかりますが、仕事で疲れた後は1日1時間くらいで魂が凍りつく感じです。新年度がもう少し立てば楽になるのですけど。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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