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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
終章  兄妹
90/90

10 - 7

 

「……美沙が、その《絵筆》を手に入れていたら、どうなってたろうな」

 

 陽祐が言うと、女は小首をかしげ、

 

「夢の世界の結末を考えると、美沙さんのためには、そうじゃなくてよかったと思います」

「自分の望み通りに書き換えてから、罪悪感に襲われるってのか。俺たち、小心者の兄妹だな」

 

 陽祐は苦笑いする。

 

「もう一つ、きいてもいいか?」

「なんでもどうぞ。答えられない質問には答えませんけど」

「身も蓋もねーな」

 

 陽祐は笑い、

 

「その《絵筆》、うちの近所に出現したのか? 《アーティファクト》は、お互い引きつけ合うんだろ?」

「必ず近所に出現するわけじゃないですよ。一つの町が《アーティファクト》だらけになっちゃいますから」

 

 女は、にっこりとして、

 

「でも、この《絵筆》に関して言えば、陽祐さんの考えている通りです」

「そっか……」

 

 タクシーが一台、走って来て、駅舎の前で停まった。

 釣り客らしい三人連れを降ろしているのを見て、女は立ち上がり、

 

「あれ、空車になりますね。私、乗って行っちゃいます」

「ああ。それじゃ……」

 

 陽祐は手を上げ、苦笑いして、

 

「できれば、もう会いたくねーな。二度と《アーティファクト》に関わるのはゴメンだ」

「お元気で。美沙さんとのご旅行、楽しんでください」

 

 女は笑みを返し、荷物を抱えて小走りにタクシーのほうへ駆けて行く。

 無事に乗り込んで、タクシーは走り出した。

 ペットボトルのお茶を両手に、美沙が戻って来た。

 

「いまの人、誰?」

「このへんに別荘持ってるんだと。バスがまだ時間があるって教えたら、タクシーで行くとさ」

「別荘持ってるくらいなら、車で来ればいいのに」

「学生っぽかったぞ」

「そっか」

 

 美沙はベンチに腰を下ろし、陽祐はその隣に座った。

 

「はい。お金はあとでいいから」

 

 お茶を差し出されて、

 

「どうも」

 

 陽祐はそれを受けとり、キャップを開けて、一口飲む。

 

「……陽祐」

「ん?」

 

 振り向こうとした陽祐に、

 

「待って、そのまま」

 

 美沙は、陽祐の横顔に顔を近づけると、

 

 ──ちゅっ。

 

 その頬に、キスをした。

 

「……おいっ!」

 

 眼をむいた陽祐に、美沙は「えへへ」と笑って、

 

「ほっぺたなら許されるでしょ? 陽祐も、美沙のほっぺにしてもいいよ?」

「しねーよ」

「しないの? つまんない。してくれないと、今度は寝てる間に唇にしちゃうよ」

「寝てる間なら、夢みてーなもんだ」

「もうっ、陽祐ってば」

 

 美沙はふくれ面をしてみせたけど、すぐに、くすくす笑い出した。

 陽祐の腕に抱きついて、

 

「……美沙、ね」

「ん?」

「お兄ちゃんの妹に生まれて、よかったよ」

「そっか」

「子供の頃からの許婚いいなずけとして生まれていたら、もっとよかったけど」

「なに言ってんだ……」

 

 陽祐は苦笑いして、美沙の髪を、くしゃっと撫でた。

 美沙は、くすくす笑っている。

 

 ──大丈夫だ、俺たちは。

 二人で夢の世界から、ちゃんと帰って来たんだから──

 

 美沙が陽祐の手を握った。

 陽祐は、ほんの少し力を入れてその手を握り返し、空を見上げた。

 八月らしく入道雲が湧いた、青い空。

 海で泳ぐのが待ち遠しかった。

 

 

 

【終】


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